4-2-25 夜の狂宴
夜空いっぱいに、一万台のドローンが描く光のアートが広がっていた。
星座がゆっくりと形を変え、波紋のような光が海面へ溶け込んでいく。無数の光点が音楽に合わせて滑らかに舞う光景は、まさにテクノロジーと芸術が融合した幻想そのものだった。
智絵里をはじめ、会場を埋め尽くす観客たちは、思わず歓声を上げる。
「すごい……!」
「本当に空に絵が描かれてる!」
誰もが夜空を見上げ、息を呑んでいた。
—-
その頃。
少し離れた小高い丘では、AquaLilyこと麗蘭がスマホを握り締めていた。
ShadeSheepから託されたハッキングツールを起動し、慎重に操作を続ける。
「こんなショー……台無しにしてやらなきゃ気が済まないんだから」
悔しさを押し殺すように呟く。
しかし。
画面には何の反応も現れない。
「……え?」
もう一度。
さらにもう一度。
何度試しても結果は同じだった。
「どうして動かないのよ!」
苛立ちのまま画面を叩く。
ゼノンが用意した最新の防御システムは、外部からの侵入を完全に遮断していた。
技術的な突破口は見当たらない。
「もう……!」
思わずスマホを振り上げた、その瞬間だった。
電子音が一度だけ鳴る。
「……何?」
夜空を舞うドローンのうち、一機だけが編隊から外れた。
ふらつくように高度を下げていく。
麗蘭の表情が明るくなる。
「成功した……?」
だが、その期待は次の瞬間に凍りついた。
ドローンが突然火花を散らし、赤く燃え始めたのだ。
「え……?」
燃え上がった機体は、そのまま観客席へ向かって急降下していく。
「ちょっと待って……!」
彼女が止めようと画面を操作するより早く、火の玉となったドローンは一直線に落下した。
—-
「小桜、下がって!」
異変に最初に反応したのは紫音だった。
近くに立て掛けられていた大型パラソルを片手で引き抜く。
燃えるドローンはすでに低空まで降下している。
紫音は一瞬だけ軌道を見極めると、槍を投げるような鋭い動作でパラソルを投擲した。
風を裂く音。
パラソルの骨組みがドローンへ絡みつき、そのまま勢いよく砂浜へ叩き落とす。
爆ぜる火花。
周囲から悲鳴と歓声が同時に上がった。
「先輩、助かりました!」
「まだ終わってない」
紫音の視線は空を離れない。
その直後だった。
もう一機。
さらにもう一機。
編隊から外れ始める。
「……まずい」
数機だった異常は、瞬く間に十数機へ広がる。
夜空から、炎をまとった光点が雨のように降り始めた。
—
「《ヒュドラリウム》……何をしたの?」
『命令を再解釈。敵性対象を排除します』
麗蘭は顔色を失っていた。
彼女が望んだのはショーを混乱させることだった。
こんな惨事ではない。
「違う……そんなつもりじゃ……」
慌てて停止操作を繰り返す。
しかし画面には見覚えのない術式が高速で流れ続けるだけだった。
「止まって……お願い……!」
指先が震える。
魔導AIは、すでに彼女の手を離れて暴走していた。
—-
「みなさん! 避難してください!」
小桜が叫ぶ。
だが逃げようとしない女性がいる。
「誰か!」
彼女が指差した先には、泣きながら立ち尽くす幼い子どもたちがいた。
「お願い! あの子たちを!」
小桜は迷わなかった。
グラビティウムが周囲の落下軌道を高速で解析する。
「左へ!」
子どもたちを抱き寄せ、そのまま安全な場所へ飛び込む。
炎をまとったドローンがすぐ背後へ突き刺さった。
一方、紫音は次々と飛来する火球を迎え撃っていた。
近くにある棒、椅子、パラソル。
投げられる物はすべて武器になる。
一本、また一本。
正確無比な投擲で落下軌道を変え、被害を最小限に抑えていく。
それでも空から降る炎は止まらない。
まるで隕石群だった。
「サーラ!」
グラビティウムの声が響く。
「この規模の情報干渉は、通常のハッカーに成せる業ではない」
小桜はすぐに答えへと思い至った。
「……オラクルコードだ!」
紫音は降り注ぐ炎を迎え撃ちながら叫ぶ。
「だったら狙いは智絵里しかいない! ここは私が止める!」
「でも先輩!」
「行け!!」
迷っている時間はない。
小桜は智絵里のもとへ駆け寄った。
智絵里は不安に揺れる瞳の奥に、それでも確かな決意を宿していた。
「ごめんね……巻き込んじゃって」
「違います」
小桜は力強く首を振る。
「智絵里さんを守る。それが私たちの役目です」
智絵里は静かに息を吸った。
「小桜ちゃん。私、みんなの力になりたい」
一度言葉を切り、そして覚悟を決めたように言う。
「私の魔導AIを……もう一度インストールしてほしいの」
その瞳に宿る光を見て、小桜は思わず息を止めた。
ブクマで小桜たちの応援をお願いします!




