4-1-5 姉の執着
杏子は、小桜のいつもと違う様子をじっと見つめていた。
夜も遅いこの時間に、突然電話を受け、顔色を変えながら慌てふためいている。その反応だけでも、ただ事ではないことは明らかだった。
妹は何かを隠している。
そして、その秘密はもしかすると、自分が追い求め続けてきた“魔法”へ繋がっているのではないか――杏子は胸の高鳴りを抑え切れず、小桜へ問いかけた。
「小桜、何があったの? 教えてほしいの、お願いだから」
その声は、普段の杏子からは想像できないほど切実だった。
冷静で理知的な態度が崩れていることに、小桜も気付いたらしい。わずかに眉をひそめ、視線を伏せる。
だが、杏子の真剣な眼差しから目を逸らすことはできなかった。
「お姉ちゃんには……関係ないことだよ、たぶん」
そう答えながらも、小桜は自分の言葉に違和感を覚えていた。
関係ないはずがない。
少なくとも、目の前の杏子にとっては。
小桜は思わず唇を噛む。
杏子の瞳には、何かを渇望するような熱が宿っていた。まるで、自分が知っている事実こそが、長いあいだ探し続けてきた答えであるかのように。
その期待を、小桜は簡単に切り捨てることができなかった。
「お願い、小桜」
杏子はもう一度、静かに言った。
「私はずっと魔法を追い求めてきたの。だから、もし何か知っているなら……話してほしい」
その言葉に、小桜の胸が揺れる。
伝説の魔法デバイスのこと。
封印されているはずの存在が、異世界から現代へ干渉しているという事実。
そして、魔導AIという異常な存在。
もしこれらを話してしまえば、杏子の執着をさらに強めることになるかもしれない。
だが同時に、小桜自身も確かめなければならないと思っていた。
もし本当に魔導AIが存在するのなら、このまま見なかったことにはできない。
それに、未知のものへ触れる以上、自分ひとりで抱え込むべきではない気もしていた。
知識を隠し続けることが、本当に正しいのか──小桜の迷いは尽きなかった。
「小桜……」
杏子は祈るような目で妹を見つめている。
やがて小桜は、観念したように小さく息を吐いた。
「……わかったわ。でも、これを聞いたら、もう後戻りはできないかもしれない。それでも知りたいの?」
杏子は迷うことなく頷いた。
「もちろんよ。私は、その覚悟でずっと探してきたもの」
小桜は、揺るがない姉の表情を見つめ返す。
そして静かに、先ほどの通話内容を語り始めた。
「さっき電話をかけてきたのは、異世界に存在するはずのデバイス、『グラビティウム』だったの」
杏子の表情が強張る。
小桜は慎重に言葉を選びながら続けた。
「信じられない話かもしれないけど……彼の話では、異世界から現代へ干渉して、魔力を転送している経路がいくつも存在しているらしいの」
「異世界から干渉……?」
杏子は息を呑んだ。
「それって、この世界にも魔法の痕跡を残せるってこと?」
「たぶん、そういうことになると思う」
小桜は不安げに視線を落とす。
「ただ、詳しい仕組みまでは分からないわ。生成AIの、人間にも理解できていない領域を利用して、異世界からの魔力転送を成立させている存在がいるらしいの」
その説明を口にしている小桜自身も、まだ現実感を持てていなかった。
「そして……魔導AIが、この世界に存在している可能性があるって」
杏子の瞳が大きく見開かれる。
「魔導AIが……この世界に?」
その声には、抑え切れない高揚が滲んでいた。
「それを起動すれば、本当に魔法を使えるの?」
小桜は眉をひそめる。
「まだ分からない。でも、もしかしたら……」
そう言いながらも、小桜の表情から不安は消えない。
「ただ、やっぱりおかしいの。伝説のデバイスが、こんな形で封印を破って現代へ干渉するなんて、本来ならあり得ないことだから」
杏子はその戸惑いを理解するように頷いた。
だが、その瞳の奥では、別の感情が強く燃え始めていた。
「だったら、確かめればいいじゃない」
杏子は低い声で言った。
「もし本当なら……私たちの手で、新しい魔法の扉を開けられるかもしれない」
小桜は息を呑んだ。
その言葉に宿る熱量が、想像以上だったからだ。
杏子にとって魔法は、ただ懐かしい過去ではない。
今なお、人生そのものなのだ。
その想いの深さに圧倒されながらも、小桜の胸には拭い切れない不安が残っていた。
魔法への執着が、杏子自身を再び危険な場所へ連れていくのではないか──そんな予感が消えなかったのだ。
小桜は静かにスマホを確認した。
画面の中では、先ほど現れたアイコンが淡く光っている。
──《魔導AI》
「これが……魔導AIのアプリ」
小桜は小さく呟いた。
「これを起動すれば、たぶん全てが分かるわ」
杏子はその画面へ視線を釘付けにした。
まるで長年探し続けた宝物を目の前にしたような目だった。
「お願い、小桜」
杏子は唇を引き結びながら言う。
「やらせて。私は、知るべきだと思うの」
小桜はしばらく黙り込んでいた。
やがて観念したように目を伏せ、静かに頷く。
「……わかった。でも、これを開いた先で何が起きるのか、私にも分からない。だから、覚悟だけはしておいて」
杏子はゆっくり頷いた。
その瞳は、不安よりも期待に強く輝いていた。
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