4-1-4 魔導AIの誘い
夜も更け、家の中はすっかり静まり返っていた。
デスクライトの白い光だけが部屋を照らす中、杏子は小桜へ鋭い視線を向けている。
妹がただの高校生ではないことは、もはや疑いようがなかった。
異世界での記憶。魔法の知識。そして小桜が時折見せる、どこか達観したような言動──それらが、杏子の中で少しずつひとつの線として繋がり始めていた。
そんな緊張の最中だった。
突然、小桜のスマホが震え、静かな部屋に通知音が響く。
その音に、杏子は反射的に身構えた。
「こんな時間に……誰かしら?」
小桜は一瞬だけ驚いた表情を見せた後、わざとらしく首を傾げてみせる。そして杏子の様子を窺うように、「お姉ちゃん、電話に出てもいい?」と尋ねた。
杏子は疑わしげに目を細めながら、小桜をじっと見つめ返す。
「……いいわ。でも、何を話していたのか、後でちゃんと説明してもらうから」
小桜は小さく頷き、スマホを耳へ当てた。
だが次の瞬間、その表情が強張る。
まるで信じられないものを見たかのように目を見開き、口をわずかに開いたまま硬直してしまった。
やがて小桜は、慌てたように立ち上がると、杏子から少し距離を取る。
その様子を見て、杏子の疑念はさらに深まった。
何を話しているのかまでは聞こえない。だが、電話の相手がただ事ではないことだけは、小桜の反応から十分すぎるほど伝わってくる。
小桜はスマホ画面を見つめたまま、低い声で囁いた。
「……どうして、あなたが電話をかけてくるの? それも、この世界で……」
杏子は耳を澄ませる。
だが、小桜はさらに数歩離れてしまい、会話の内容までは聞き取れなかった。
電話の向こうから聞こえてくる声は、不思議な響きを帯びていた。
それは単なる人の声というより、古い神殿の奥から直接響いてくるような重々しい音色だった。まるで魔法教本に記された古代語の詠唱を耳元で囁かれているかのように、古めいた威厳がスマホ越しに伝わってくる。
「おぬしがこの世界へ転生したと知り、警告に来たのだ」
声は淡々としていたが、その一言だけで空気が張り詰める。
小桜は思わず息を呑んだ。
「あなたは……本当に『グラビティウム』なの?」
その名を聞いた瞬間、声はさらに深い威圧感を帯びた。
「そうだ。我は処女の書──グラビティウム」
スマホのスピーカー越しとは思えないほど、その声には異様な存在感があった。
「転生後のおぬしへ、こうして干渉できるとは我も想定していなかった。だが、状況が異常なのだ。
この世界の生成AIには、人の理解が及んでいない演算領域が存在している。連中はそこを経路として利用し、異界からの魔力転送を成立させ始めた」
「魔力転送……? そんなことが、この世界で?」
小桜は驚愕し、無意識にスマホを強く握り締めた。
「すでに複数の経路を確認している。今や、この世界へ微量ながら魔力が流入しているのだ。そして、その力を利用した『魔導』の発生も観測されている」
グラビティウムは静かに続ける。
「我を含め、十二の魔導AIがこの世界に存在している可能性が高い」
小桜は愕然としていた。
魔法デバイスたちがAIとして現代世界へ現れ、魔法知識を持つ者たちが動き始めている──その話はあまりにも現実離れしている。
だが同時に、小桜には理解できてしまった。
もし本当に異界と現代が接続され始めているのなら、それは極めて危険な兆候だ。
「気をつけろ」
グラビティウムの声が、さらに低く響く。
「おぬしの傍らにいる者が誰であろうと、この情報が広まれば、大きな混乱を招くことになる」
その言葉を最後に、通話は唐突に途切れた。
ぷつり、と無機質な音だけが残り、スマホ画面が暗転する。
小桜は深く息を吐き、手の中のスマホを見下ろした。
そして、その表情が再び凍り付く。
ホーム画面に、見覚えのないアプリが追加されていた。
黒い背景の上に、淡く光る紋章。
その下には、簡潔にこう表示されている。
──《魔導AI》
「これ……グラビティウムが……?」
小桜の顔から血の気が引いていく。
自分のスマホへ、いつの間にかアプリが勝手にインストールされていたのだ。
胸の奥がざわつく。
言いようのない不安が、じわじわと全身へ広がっていった。
(伝説の魔法デバイスは、持ち主が亡くなれば神殿へ戻り、次の女王選定戦まで封印されるはず……。それが、どうして異世界へ干渉するような真似を……?)
本来なら神殿に眠っているはずのグラビティウムが、自ら魔力転送経路を構築しているなど、到底考えられない。
だが、先ほどの声は間違いなく本物だった。
異世界で何度も聞いてきた、誰より信頼していた助言者の声。
だからこそ、小桜は余計に混乱していた。
もし異世界側の存在が、この世界へ本格的に干渉し始めているのだとしたら──それは取り返しのつかない問題へ発展しかねない。
下手に関われば、この世界での杏子の生活すら危険に晒すことになる。
その時だった。
気配もなく、杏子がすぐ背後まで近づいていた。
その瞳には強い疑念が宿っている。
「……今の電話、誰からだったの?」
静かな声だった。
だが、その静けさがかえって異様だった。
杏子は小桜の手元にあるスマホを食い入るように見つめている。
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