4-2-22 ネットの情報戦2
炎上を受けて発売日を延期したことが功を奏したのか、ZPG対応デバイスは発売後、ゼノン・サイエンス社の予想を上回る売上を記録した。
社内に安堵が広がる一方で、SNSでは新たな火種が静かに生まれようとしていた。
これまでゼノン社の取り組みに中立的な立場を保っていた人気インフルエンサー・智絵里が、ZPG対応デバイスの使い心地を配信で「いい感じ」と軽く紹介したことで、突如として批判の矛先が彼女へ向けられたのだ。
智絵里はいつもの軽いテンションでライブ配信を始める。
「いやー、これマジで便利なんだけど! だって、エネルギー管理とか全部勝手にやってくれるんでしょ? これからもっと楽になっちゃうじゃん!」
明るい声にチャット欄は一瞬盛り上がる。
しかし、その空気は長く続かなかった。
「こんな企業の広告塔になるなんて失望した」
「金もらってヨイショしてんのか?」
「智絵里ちゃん、考え甘すぎ! この技術の問題点わかってる?」
否定的なコメントが一気に流れ込み、画面は瞬く間に炎上の様相を呈していく。
最初は笑って受け流していた智絵里も、次第に表情を曇らせ始めた。
その様子を見守っていた小桜は、隣で静かに口を開く。
「智絵里さん、一度配信を切ったほうがいいわ」
しかし智絵里は首を横に振った。
「だって……今やめたら、余計に逃げたって思われそうだし……」
その瞬間だった。
グラビティウムが低く告げる。
「来たぞ。オラクルコードだ」
小桜は静かにスマホを開いた。
魔導バッテリーの表示には、
《魔力蓄積完了》
の文字が浮かんでいる。
「……どうやら、使えそうね」
前世の世界で培った魔法を、この世界の魔導技術へ応用する。
そのために積み重ねてきた試行錯誤が、ようやく形になろうとしていた。
「グラビティウム。この魔力で可能な限り情報干渉を行うわ。昔やった王国歴二〇〇〇年問題の魔法を改良する形でいく」
威厳ある声が静かに返る。
「ふむ。大時計ではなく情報そのものへ干渉するか。大胆な発想だ。実現は可能だろう。ただし、結果は保証できぬ」
小桜は小さく息を吸い込んだ。
「やるしかない。ここで止めないと、智絵里さんの炎上はもっと大きくなる」
智絵里へ「少し静かにして」と伝えると、小桜はスマホを操作し始めた。
画面には幾重もの魔法陣が重なり合うインターフェースが展開され、指先に合わせて複雑な術式が組み上がっていく。
「刻を合わせ、記録を過去へ──クロノ・シンクロニシティ!」
スマホが眩い光を放つ。
世界そのものがわずかに軋んだような錯覚が、小桜の全身を駆け抜けた。
「小桜ちゃん……何してるの?」
智絵里が不安そうに尋ねる。
「炎上を鎮める」
その直後だった。
SNS上で異変が起こる。
智絵里を非難する投稿が、まるで最初から存在しなかったかのように、タイムラインから次々と姿を消し始めた。
「え……?」
智絵里は目を丸くしてスマホを見つめる。
「消えた……?」
—-
その頃。
オラクルコードの仮想空間では、幹部たちが一斉に混乱していた。
「なにこれ!? さっき更新したはずの投稿が全部『二〇〇〇年』扱いになってる!」
AquaLilyが声を上げる。
「検索にも出てこない!」
ArrowVioletが素早くキーボードを叩く。
ShadeSheepはモニターを睨みつけたまま呟いた。
「システム障害じゃない……誰かが干渉してる」
その言葉に、OracleLionの表情がわずかに険しくなる。
「……相手は、やり手だ」
—-
「やった……! 小桜ちゃん、どうやったの?」
小桜はスマホをポケットへしまい、疲れたように小さく息をついた。
「ちょっとした魔法よ。実際には、投稿そのものを消したわけじゃないの」
グラビティウムが静かに説明を引き継ぐ。
「奴らの投稿に記録された更新日時を、すべて西暦二〇〇〇年へ書き換えた」
威厳ある声は、淡々と続く。
「その結果、検索アルゴリズムは投稿を過去の情報と判断し、人目につかぬ場所へ追いやったのだ」
わずかに間を置き、締めくくる。
「情報そのものは残っている。ただ、誰も容易には辿り着けなくなった。それだけのことだ」
智絵里は驚いたままスマホを見つめていた。
「そんなことまでできるんだ……」
小桜は少し照れくさそうに笑う。
「応急処置だけどね。でも、これで智絵里さんは少しだけ守られた」
チャット欄には、いつの間にか応援のコメントだけが残っていた。
智絵里はようやく安堵したように肩の力を抜く。
しかし、小桜の表情は晴れなかった。
今回の一手は、あくまで相手の裏をかいただけ。
オラクルコードほどの相手なら、この敗北から必ず何かを学ぶ。
(次は、同じ手は通じない……)
そんな確信が、小桜の胸には静かに芽生えていた。
—-
オラクルコードの拠点は、敗北の重みを抱えた静寂に包まれていた。
情報戦では、完全な敗北だった。
誰も軽口を叩こうとはしない。
重苦しい空気の中、不意にArrowVioletの通信へ車の走行音と駅のアナウンスが微かに混じった
OracleLionがゆっくりと口を開いた。
「……ArrowViolet。今、どこにいる?」
モニター越しのArrowVioletは、一瞬だけ視線を伏せる。
「もうすぐ智絵里のマンションが見えてくるところ」
その一言に、空気が凍りついた。
「えっ、まさか直接行く気?」
AquaLilyが思わず身を乗り出す。
ShadeSheepも珍しく声を強めた。
「やめるんだ、ArrowViolet。今は動くべきじゃない」
しかしArrowVioletは振り向かない。
静かな、それでいて揺るぎない声だった。
「黙って見ていることはできない」
OracleLionが身を乗り出す。
その声に怒気はないが、命令としての重みがあった。
「勝手な行動は許さない。慎重に動け」
ArrowVioletはわずかに立ち止まる。
短く息を吐き、静かに答えた。
「……わかってる」
一瞬の沈黙。
そして、その瞳は再び前を向く。
「でも、待っているだけでは未来は守れない」
通信はそこで途切れた。
誰も引き止めることはできなかった。
マンションが視界へ入る頃には、ArrowVioletの決意はすでに固まっていた。




