4-2-21 ネットの情報戦1
ゼノン・サイエンス社が発表した次世代パワーグリッドシステム「ZPG」。
その革新性は瞬く間に話題を呼び、エネルギー業界を揺るがす革命だと高く評価されていた。このシステムはゼノン独自のプロトコルによって、電力を効率的かつ適切に分配する技術を実現している。
ただし、利用にはゼノン製の専用デバイスが必要となるため、その点を巡っては早くも賛否が分かれ始めていた。
「ZPG対応デバイスは来週から販売開始です。この新しい未来を、ぜひ一緒に創りましょう!」
ハーウィックCEOがライブ配信で発表すると、視聴者数は瞬く間に膨れ上がった。コメント欄には期待の声が相次ぎ、新時代の幕開けを歓迎する投稿が並ぶ。
しかし、その熱気は長く続かなかった。
「これ、富裕層だけの特権システムじゃないの?」
「ゼノンが電力を支配する未来なんてごめんだ!」
配信終了から間もなく、SNSには批判的な投稿が雪崩のように現れ始める。
匿名アカウントが投稿した分析動画は、「ZPGは一部の企業や個人を優遇するだけの仕組みだ」と指摘し、さらに「独自プロトコルは競合を排除するための囲い込み戦略だ」と論じていた。
その動画は短時間で拡散され、切り抜き動画や要約投稿、まとめ記事が次々と派生していく。事実と憶測が入り混じった情報は、人々の不安を刺激しながら急速に広まり、ゼノン公式アカウントのリプライ欄にはハーウィックCEOを非難する言葉が溢れていった。
「何これ……完全に計画的な攻撃ね」
小桜はSNS上で広がる投稿を見つめながら、魔導AIグラビティウムに問いかけた。
「これってオラクルコードの仕業よね?」
「然り。拡散元のネットワーク分析により、奴ら特有の動きが確認できた。流石に今回は痕跡を隠し切れなかったようだ」
「やっぱり……」
小桜は小さく息を吐く。
「ゼノンに直接手を貸すのは目立ちすぎるけど、何かできることはない?」
表向きは何の関係もない一般人。その立場を崩さないまま、小桜は間接的にゼノンを支援する方法を探り始めた。
ZPGの技術的な意義を解説する投稿を書き、コメント欄では冷静な意見を発信する。動画投稿サイトにも仕組みを分かりやすく紹介する短い解説動画を投稿した。
しかし──。
「グラビティウム、再生数が全然伸びない! 相手の動画は何十万回も再生されてるのに!」
「当然だ」
グラビティウムは静かに答えた。
「人は希望よりも不安を共有する。不安は人の判断を鈍らせ、理性より先に広がる」
「それじゃあ、正しいことを言っても意味がないってこと?」
「意味はある。しかし、届くとは限らぬ」
グラビティウムの声は冷静だった。
「オラクルコードの拡散網は極めて洗練されている。奴らが操っているのは情報ではない。情報に揺れる人の心なのだ」
「くっ……これじゃ太刀打ちできないわ」
正論を積み重ねても、刺激的な見出しに埋もれていく。
小桜はゼノン側に間接的な支援を送り続けたが、その効果はほとんど波紋すら生まなかった。
一方、オラクルコードは着々と炎上を操り続けていた。
「次はハーウィックの過去のスキャンダルを掘り返す動画を作る。これでさらに反感が高まるはず!」
AquaLilyは楽しそうに編集作業を進めている。
匿名アカウントから次々と投稿される批判的な情報。それは事実だけではなく、推測や印象を巧みに織り交ぜた内容で、見る者に「何か裏があるのでは」と思わせるには十分だった。
「今夜中にこれを出す。議論をさらに広げる」
OracleLionは落ち着いた声で言う。
「ただし、勝ったと思わないこと。世論ほど移ろいやすいものはない。最後まで気を抜かないで」
「はーい」
AquaLilyは軽く返事をしながらも、作業の手を止めなかった。
ゼノン公式アカウントも、スタッフ総出で声明や反論を投稿していた。しかし、その発信は膨大な批判の波に飲み込まれ、届く前に埋もれていく。
「凡庸な策を積み重ねたところで、この嵐を覆すには力不足だ。この場は一時退くべきだ」
グラビティウムの冷徹な分析に、小桜は悔しそうに歯を食いしばった。
「分かってる……けど、このまま引き下がったら、ただの敗北じゃない?」
「勝利は時を操る者に微笑む。焦るな、サーラ。風はいつも、その向きを変えるものだ」
「……分かった。でも、この借りは絶対返すからね」
小桜は最後にゼノンのスタッフへ励ましのメッセージを送り、静かに画面を閉じた。
返信を待つことはなかった。
今の自分には、それ以上できることがないと分かっていたからだ。
「オラクルコード……次は絶対に負けない」
静かな部屋に、小さな誓いだけが響く。
情報も、人も、未来も、一人では守れない。
その現実を胸に刻みながら、小桜は次の戦いへ向けて静かに歩き始めるのだった。
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