4-2-16 仲間と未来
小桜はベッドに腰を下ろし、窓の外へ広がる星空をぼんやりと眺めていた。
リビングで美夜子から聞いた話が、頭の中で何度も反芻される。
秘密結社。
AIによる世論操作。
そして、オラクルコードという聞き慣れない名前。
都市伝説として片づけるには、どこか現実味を帯びすぎていた。
(最近の魔導AI事件も、偶然にしては出来すぎてる……)
一件ごとに見れば、単なる暴走事件だったのかもしれない。
しかし、それらを一本の線で結んだとき、そこには誰かの意思が介在しているようにしか思えなかった。
そのとき、不意にスマホの画面が淡く明るくなる。
見慣れたアイコンが静かに浮かび上がり、グラビティウムの落ち着いた声が部屋に響いた。
「サーラ」
その声音には、ただのAIとは思えない重みが宿っている。
「我には、おぬしが何かに囚われているように見える。この”秘密結社”という話に、おぬしは何を見出したのだ?」
小桜は少し考えてから、静かに答えた。
「囚われてるってほどじゃないよ。ただ……最近の魔導AI事件が、偶然にしてはタイミングが良すぎる気がしてる」
グラビティウムは短く沈黙した。
「つまり、それが誰かの意思によって引き起こされた可能性を考えているのだな」
「うん」
小桜は真剣な表情で頷く。
「もし伝説のデバイスが勝手に暴走してるだけなら、こんなに同じような事件が続くのは不自然だよ。何かが裏で誘導してるんじゃないかって……」
「その推測には十分な根拠がある」
グラビティウムは静かに応じた。
「伝説のデバイスが一様の振る舞いを見せるためには、何らかの媒介──触媒となる存在が必要になる。外部からの干渉がなければ、あれほど統一された現象は説明し難い」
小桜はゆっくりと息を吐いた。
「それに……《毒蛇の仮面》の動きが見えないのも気になる」
前世で世界を混乱へ導いた闇のデバイス。
その存在を思い出すだけで、胸の奥がざわつく。
「アーゼラが持っていたあのデバイスが、新しい宿主を見つけて動き出しているとしたら……今起きてることと無関係とは思えない」
グラビティウムの声が、さらに低く響く。
「《毒蛇の仮面》か。あれは宿主の心へ静かに入り込み、破滅を増幅させる存在だ。その影響が再び現れているのだとすれば、大きな災厄へ発展しても何ら不思議ではない」
小桜はスマホを握りしめた。
「だから止めないと」
その瞳には迷いがない。
「私たちで、この状況を止めなくちゃ」
グラビティウムは短く頷くように答えた。
「承知した。我も調査を試みよう。この状況の裏側に何があるのかを探る。ただし、人間社会の情報網へ深く踏み込む以上、完全に合法の範囲だけで済む保証はない」
小桜は一瞬だけ驚いたものの、静かに頷いた。
「危険なことは避けてほしい。でも……今は、どんな小さな手掛かりでも欲しい」
「ならば任せるがよい」
グラビティウムのアイコンは静かに画面から消えた。
部屋には再び夜の静けさだけが戻る。
小桜は枕へ身を預けながら天井を見上げた。
(もし、本当に誰かが全部仕組んでるんだとしたら……)
その答えを考え続けるうち、いつしか意識は静かに眠りへと沈んでいった。
—-
翌朝。
目を覚ました小桜がスマホへ手を伸ばすと、画面にはすでにグラビティウムのアイコンが浮かんでいた。
「調査は終わったの?」
「うむ」
その声には、いつになく厳しさが滲んでいる。
「結論から言おう。一連の世論操作へ直接関与していると断定できる組織は発見できなかった」
小桜は少し肩を落とした。
「やっぱり空振りだった?」
「いや」
グラビティウムは静かに否定する。
「問題はそこではない」
一拍置き、低く続けた。
「これほど大規模な情報操作が行われているにもかかわらず、何一つ痕跡が残されていない。それ自体が極めて異常なのだ」
小桜は眉をひそめた。
「痕跡がないこと自体が手掛かりってこと?」
「その通り」
グラビティウムは迷いなく答える。
「通常の組織であれば、資金、人員、通信記録、何らかの痕跡が必ず残る。しかし今回は、それらが驚くほど見当たらない」
静かな声のまま分析を続ける。
「最も可能性が高いのは、明確な組織構造を持たぬ集団だ」
「組織じゃない……?」
「例えば、SNSを介して緩やかに繋がった共同体だ」
小桜は思わず聞き返した。
「そんな曖昧な形で、人を動かせるの?」
「現代の情報社会を侮るな」
グラビティウムの声に警告の色が混じる。
「共通の思想や目的だけを共有し、互いの素性すら知らぬまま活動する者たち。それでも十分に大きな流れは生まれる」
小桜は思わず息を呑んだ。
「しかも、その中心で誰かが方向だけ示していたら……」
「そうだ」
グラビティウムは短く応じる。
「明確な命令系統を持たぬが故に、外部からは組織として認識されない。だが、その中心に強い影響力を持つ統率者が存在するならば──極めて厄介な存在となる」
小桜はしばらく黙り込んだ。
窓から差し込む朝日が、静かに部屋を照らしている。
「そんな相手……どうやって見つければいいの?」
「容易ではない」
グラビティウムは落ち着いた口調で答える。
「まずは彼らが残した、わずかな痕跡を見つけることだ。そして、その中枢にいる者が何を目指しているのかを突き止めることだ」
小桜は静かに頷いた。
「でも、私たちだけじゃ限界があるよ」
グラビティウムの声音が少しだけ柔らかくなる。
「その通りだ」
一拍置いて続けた。
「おぬしが、あの頃のように信頼できる仲間と巡り会えれば、この困難を乗り越えることも不可能ではあるまい」
その言葉に、小桜は前世の仲間たちの姿を思い浮かべる。
苦しい戦いも、一人ではなかった。だからこそ、最後まで歩き続けることができたのだ。
「仲間、か……」
小さく呟きながら、スマホを握り直す。
「仲間を集め、真実を知れば、おのずと未来も見えてくる」
その未来を守るために、自分もまた動き出さなければならない。
小桜はグラビティウムの言葉を胸の中で何度も反芻した。
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