4-2-12 鎖鎌の女
ブルヴィータの力が全身を巡る。
生命力、マスターウィザードとしての魔力、研ぎ澄まされた身体能力。そのすべてが噛み合い、小桜の防御力はかつてないほど高まっていた。
どれほど攻撃を受けても、そう簡単には倒れない。
だが、その堅牢さとは裏腹に、一つだけ決定的な弱点があった。
攻め手がない。
守り切ることはできても、相手を倒す術がないのだ。
恵麻は静かにスマホを掲げた。
画面が淡く輝いた次の瞬間、空間から一本の鎖鎌が姿を現す。
「──アエクティウム」
低く真名が響く。
恵麻は柄を握ると、先端の分銅を頭上で軽やかに振り回した。
ヒュン、ヒュン、と空気を裂く鋭い音が路地に響く。
その軌道に呼応するように鎖が滑らかにほどけ、円を描きながらみるみる長さを増していく。
次の瞬間、分銅は弾かれるように飛び出し、生き物のようなしなやかさで小桜の周囲を縦横無尽に駆け巡った。
「そう来るんだ……」
小桜は思わず目を見開く。
「天秤の鎖を……鎖鎌として使うなんて!」
かつて共に戦ったエヴァが扱っていた《天秤の鎖》は、仲間を守り、敵を拘束する支援向きのデバイスだった。
だが恵麻は違う。
その特性を利用し、完全に武器として昇華している。
無限に伸びる鎖。
自在に軌道を変える分銅。
そして一撃必殺の鎌。
支援用だったはずの魔法のデバイスは、今や中距離戦を支配する凶器へと姿を変えていた。
「別人だぞ、油断するな!」
グラビティウムの叱責が響く。
「分かってる!」
小桜が応じた、その直後だった。
軌道を読んで身をかわしたはずの分銅が、不自然な角度で軌道を変える。
「えっ!?」
気付いた時には遅かった。
分銅に繋がる鎖が小桜の腕へ巻き付き、一気に締め上げる。
「くっ!」
振り払おうとしても外れない。
鎖は意思を持つように腕へ絡み付き、そのまま恵麻のもとへ引き寄せ始めた。
「観念しなさい、小桜ちゃん」
恵麻はゆっくり歩み寄る。
片手では鎖を巻き取り、もう片方には鋭い鎌が握られていた。
「その鎧、守ることしかできないんでしょう?」
「どうかな」
平静を装って答える。
しかし、小桜の内心は穏やかではなかった。
(まずい……)
踏み込むことも、逃げることも許されない。
恵麻の鎌が幾度となく閃く。
刃が肩を裂き、脇腹を掠め、腕へ浅い傷を刻んでいく。
だが次の瞬間には、ブルヴィータが莫大な生命力を流し込み、裂けた傷は瞬く間に塞がっていた。
「本当に不死身なのね」
恵麻が小さく舌打ちする。
「でも、いつまで耐えられるかしら?」
「そっちこそ」
小桜は笑みを浮かべた。
「ずっと引っ張り続けられるわけじゃないでしょ?」
「そうかしら?」
恵麻は余裕を崩さない。
鎖を操る手にも、一切の迷いがなかった。
「どうする?」
さらに鎖を引く。
「腕ごと引きちぎって逃げる?」
「試してみる?」
強気に返したものの、小桜にも分かっていた。
(守りは万全。でも……)
勝てない。
近づこうとすれば鎖が引き戻し、距離を取れば分銅が追いすがる。どちらが優位に立とうとしても、その差を鎖が埋めてしまう。
まるで両者の間に見えない天秤が置かれ、均衡を保つように。
これこそが、《天秤の鎖》──アエクティウムの力。
相手との間合いそのものを支配し、一方的な優位を決して許さない。
攻め込む隙が、一度も生まれない。
グラビティウムが静かに告げる。
「サーラ、上だ」
小桜は気付かれないよう視線だけを動かす。
ビルの上階。窓際から、こちらを見下ろす人影。
「……杏子」
小さく息を呑む。
「ふん、やはりな」
グラビティウムの声は落ち着いていた。
「おぬしの力を見極めようとしている」
「サイアク」
思わず苦笑が漏れる。
ここで大きな魔法を使えば、杏子にすべてを見られる。
だからといって、このまま押し切られるわけにもいかない。
「派手な魔法は使えない、か」
小桜は鎖へ視線を落とす。
恵麻はなおも一歩ずつ距離を詰めてくる。
その笑みは、自分の勝利を疑っていなかった。
一方、小桜は静かに息を整える。
追い詰められている。
それでも、まだ諦めるつもりはなかった。
ブクマで小桜たちの応援をお願いします!




