4-2-9 女の正体
黄金の光をまとったまま、小桜は謎の女と適度な間合いを保ち、静かに口を開いた。
「さっきから質問には何一つ答えてくれないよね」
穏やかな口調のまま視線を外さない。
「そろそろ正体くらい教えてくれないかな?」
女は何も答えなかった。
ただ口元へ薄い笑みを浮かべ、小桜をじっと見つめ返している。
その笑みは余裕にも見え、逆に不用意な言葉を漏らすまいと警戒しているようにも見えた。
小桜は肩をすくめる。
「黙秘か。それなら、私の方で勝手に推理をしようか」
一歩だけ距離を詰める。
その動きにも女は応じない。
「まず一つ」
小桜は相手の全身へゆっくり視線を巡らせた。
「あなたは、ゼノンの研究者じゃない」
女の眉が、ごくわずかに動く。
「どうしてそう思うの?」
「若すぎるからね。ゼノンほどの企業で重要な研究を任される年齢には見えない。せいぜいインターン中の女子大生ってところかな」
小桜はさらに笑みを深める。
「それとも、ゼノンに近づくために偉い人へ取り入ったパパ活女子、とか?」
女の口元がぴくりと引きつる。
「……失礼ね」
初めて女の声へ苛立ちが混じった。
「失礼な姉がいるからね。似てきたかも」
「そうみたいね」
その返答はあまりにも自然だった。
普通なら聞き流すような軽口だ。
だが小桜は、そこに小さな違和感を覚える。
(今の言い方……)
まるで杏子のことを知っているみたいだった。
相手は気付いていない。だが小桜の中では、一つの仮説が静かに形を取り始めていた。
「つまりあなたは、ゼノンの外部の人間。でも普通の人より事情は知っている」
女は無言で続きを促す。
小桜は静かに息を吐く。
「そうなると、一人だけ思い当たる人物がいる」
わざと考えるように視線を逸らす。
そして再び女を見据えた。
「杏子お姉ちゃんが、あれだけ心配してた理由も分かった」
一歩だけ前へ出る。
「なるほどね」
杏子は交友関係が広い方じゃない。
それでも家で友人の話をするときは、決まって同じ名前が出てきた。
「あなたが、“友達の恵麻”さんだったんだね」
その瞬間。
恵麻の瞳がわずかに見開かれる。
だが次の瞬間には、その驚きを飲み込み、ゆっくりと口角を吊り上げた。
「ふふ……」
乾いた笑いが漏れる。
「やるじゃない、小桜ちゃん」
軽く拍手を打つ。
その笑みに、小桜は確信した。
「やっぱり。私のことも聞いてたんだね」
恵麻は肩をすくめる。
「ええ。とっても理屈っぽい妹だって」
「褒め言葉だよね、それ」
恵麻は小さく舌打ちする。
「他にも分かったことがあるよ」
小桜は落ち着いた声で続けた。
「……何を?」
恵麻は笑みを崩さない。
その様子を見ながら、小桜は静かに言葉を重ねる。
「あなたが笹木さんへ渡そうとしていた”内部情報”」
少しだけ間を置く。
「あれ、本当は最初から存在してなかったんじゃない?」
その瞬間。
恵麻の表情から笑みがわずかに消えた。
「どういう意味?」
「もし本当にゼノンの内部資料を持っていたなら、あなた自身が危険を冒して直接会う必要なんてない」
小桜は冷静に説明する。
「匿名で送る方法なんていくらでもある。第三者を経由することだってできる。それなのに、あなたはわざわざ本人を呼び出した」
小さく首を傾ける。
「つまり目的は、資料を渡すことじゃない」
視線を真っ直ぐ恵麻へ向けた。
「笹木さんを、その場所へ呼び出すこと」
恵麻は黙って聞いている。否定もしない。
その沈黙が、何より雄弁だった。
「内部資料なんて最初から餌だった」
小桜はゆっくりと言葉を結ぶ。
「ゼノンにとって邪魔な人をおびき寄せるためのね」
そのまま路地の奥へ視線を向ける。
鎖に拘束された笹木が苦しそうに身を預けていた。
「笹木さんだけじゃない。今日の私も、同じ。情報を追ってここまで来て、気付いたら罠の中。最初から全部仕組まれてた」
恵麻は静かに息を吐いた。
「想像力が豊かね」
その声音には皮肉が混じっていた。
小桜は足元へ落ちていたスマホを拾い上げる。
画面を軽く拭くと、グラビティウムの低く荘厳な声が響いた。
「杏子もまた、この者の計画に加担していたな」
「うん。ファミレスで他人のふりをしてたね」
小桜は小さく頷く。
「今思えば私に追わせたのも怪しいし。最初に街を歩いてたのも、私を誘い出すためだったんでしょ」
「全部、計算だったのかもしれぬな。ゼノンを探って何か見つかれば良し。何も出ずとも、おぬしの力を暴ければ損はない」
小桜は眉をひそめた。
そういえば杏子は以前から、自分が隠している魔法について異様な執着を見せていた。
「……やっぱり、そういうことか」
恵麻の笑みが完全に消えた。
「……随分、自信満々なのね。証拠もないのに」
「証拠?」
小桜は肩をすくめる。
「そんなもの、今ここでは必要ないよ」
その瞳は、恵麻の指先──スマホの動きだけを見据えていた。
恵麻は何も答えない。
代わりに静かにスマホを握り直した。
その瞳には、先ほどまでの動揺はもう残っていない。
ただ一つ。
揺るぎない信念だけが宿っていた。
「ゼノンを守る」
小さく呟く。
「それが私の使命」
ゆっくりと顔を上げる。
「──邪魔をする者は、誰であろうと排除する」
その静かな宣言には、狂気と呼ぶしかない覚悟が滲んでいた。
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