4-2-5 尾行調査
ここ数日、杏子は失踪した経済評論家・笹木一郎の足取りを追っていた。
だが、ネット上を探しても有力な情報はほとんど見つからず、調べるほどに手がかりは途切れていく。
実際に街へ出て関係先を訪ね歩いてみても状況は変わらず、調査は完全に行き詰まっていた。
そんな折、小桜が「手伝う」と言って調査に加わる。そして間もなく、不意にスマホの画面を杏子へ差し出した。
「杏子お姉ちゃん、これ見て」
画面を覗き込んだ杏子は目を見開く。
「えっ……これ、自宅の住所? なんで分かったの?」
小桜は一瞬だけ言葉を詰まらせたが、すぐに笑顔を作った。
「あー、ほら。写真に映ってたコンビニの看板とか、背景のアパートとか。地図で検索してみたら、それっぽい場所が見つかったの」
「そんな短時間で?」
杏子は感心したように微笑む。
「ふーん。私も同じ投稿を見てたのに、不思議なものね」
そう言いながらも、小桜から視線を外さない。
小桜は曖昧に肩をすくめ、わずかに目を逸らした。
「……まあね」
どこか歯切れの悪い返事をすると、すぐに話題を切り替える。
「行ってみようよ。何か分かるかもしれないし」
二人が辿り着いたのは、庶民的な住宅が並ぶ静かな住宅街だった。
笹木の家から少し離れた公園のベンチへ腰を下ろし、周囲の様子を窺う。
「ここなら出入りが見えるね」
杏子は家を見据えたまま呟く。
小桜も隣に腰掛けるが、やがて小さく伸びをした。
「張り込みって、もっと事件らしいものかと思ってた」
「現実は地味なものよ」
杏子は即座に返した。
「だからこそ、見落とした方が負ける」
その言葉には、妙な重みがあった。
しばらくして、一人の女性が笹木の家の前で足を止めた。
薄手のジャケットを羽織り、周囲を気にするように視線を巡らせながら、家を静かに見つめている。
杏子はその姿をじっと観察した。
「あの人……」
「知り合い?」
「分からない。でも、普通の通行人には見えない」
女性はしばらく家を見つめたあと、何事もなかったように歩き始めた。
杏子は迷わず立ち上がる。
「追うわ」
「えっ?」
「ここで見失ったら終わり」
小桜は戸惑った表情を浮かべる。
「私たち、探偵じゃないんだよ?」
「だからって見送る理由にはならない」
杏子はそう言って歩き始めた。
小桜は小さく息をつくと、その後を追う。
女性は何度か後ろを振り返りながら歩き、やがて近くのファミリーレストランへ入っていった。
杏子は店の前で立ち止まる。
「中に入る」
「本当に?」
「他に方法がある?」
その返事を待つことなく、杏子は入口へ向かった。
そのとき、小桜が不意に立ち止まる。
「ねぇ、杏子お姉ちゃん」
「今度は何?」
「手持ち、いくらある?」
杏子は思わず振り返った。
「……今?」
「今月ちょっとピンチなんだよね。奢ってくれたら嬉しいな」
緊張感のない笑顔だった。
杏子は呆れたようにため息をつきながら財布を開く。
「はいはい。これだけあれば十分でしょ」
そう言って紙幣を渡す。
「でも、後でちゃんと返しなさいよ」
「善処しまーす」
小桜は満面の笑みを浮かべた。
二人は女性から数席離れた場所へ腰を下ろし、メニューを開きながら様子を窺う。
女性は時折スマートフォンを確認し、何かを書き込んでは店の入口へ視線を向けていた。
誰かを待っているようにも見える。
「……何者なんだろう」
杏子は小さく呟いた。
「私はハンバーグ定食にしようかな」
「聞いてる?」
「聞いてるよ。でも腹が減っては調査もできないでしょ?」
杏子は呆れたように苦笑した。
小桜は料理を選びながらも、ときおりさりげなく女性へ視線を向けている。
杏子もまた、ゆっくりとコップへ手を伸ばしつつ、女性の動きを目で追う。
その瞳は、視界の隅に映る小桜の反応までも、静かに拾い続けていた。
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