4-2-4 素人探偵
「ゼノン・サイエンスの株価は、またしても急上昇です。特に先日の新技術発表会以降、投資家の期待は高まり続けています。まさに時代を動かす企業として注目を集め──」
テレビニュースのリポーターが朗々と伝える声を、杏子はどこか興味なさそうに眺めていた。
だが、その後の経済特集で流れた一人の評論家の言葉に、ふと耳が止まる。
「しかしながら、この急激な株価上昇は、市場実態と乖離しているという指摘もあります。こちらは経済評論家の笹木一郎氏です」
画面に映った中年の男性が、落ち着いた口調で語り始めた。
「ゼノンの発表した新技術は確かに革新的と言われています。しかし、詳細な実験データの開示は十分とは言えません。現時点では、企業価値が実態以上に評価されている可能性もあります。投資家は慎重に判断すべきでしょう」
杏子は、何気なくテレビを見つめたまま、その名前だけを記憶に留めた。
それから数日後の朝。
朝食を取りながら流し見していたニュースに、再びその名前が現れる。
「経済評論家の笹木一郎氏が昨日から消息を絶っており、警察が行方を追っています。笹木氏は経済番組でゼノン・サイエンスの株価について発言しており──」
杏子の手が止まった。
「……またあそこか」
杏子はニュースを漫然と眺めていたわけではない。
ゼノン・サイエンスの動向は、あれ以来ずっと気に掛けていた。
あの発表会で感じた違和感。
証拠はない。だが、あの会社は何かを隠している。だから関連するニュースだけは見逃さないよう、自然と耳を傾けるようになっていた。
そして、その企業を公然と疑問視した人物の失踪。
もちろん偶然かもしれない。
だが、偶然にしては出来すぎている。
「……気になるな」
考えるより先に、杏子は立ち上がっていた。
—-
休日の昼下がり。
杏子は駅前の繁華街へ足を運んだ。
普段なら何気なく通り過ぎる景色も、今日は違って見える。
笹木一郎について何か知る人はいないか。事件につながる痕跡は残っていないか。
そんなことばかり考えながら歩いていた。
SNSで見つけた情報を頼りに、笹木がよく利用していたというカフェへ向かう。
店内は昼時を過ぎても賑わっていた。
杏子は店員を呼び止める。
「すみません。笹木一郎さんって、このお店によく来られていましたよね?」
「ええ、何度かお見かけしました。でも最近は、あまり来られてませんね」
返ってきたのは、それだけだった。
店内を見渡しても、事件につながりそうなものは何一つ見当たらない。
(……まあ、そう簡単にはいかないか)
頭では分かっていた。
ドラマの探偵みたいに、聞き込みだけで新しい情報が転がっているわけではない。
それでも、少しくらいは何か見つかると思っていた自分がいた。
続いて笹木の事務所があるというオフィス街へ向かう。
ビルの前まで行ってみたものの、外から見える景色はごく普通だった。
受付で話を聞く勇気までは湧かず、結局そのまま引き返す。
「ああ……もう、何やってるんだろ」
夕暮れの商店街。
杏子は立ち止まり、大きく息を吐いた。
勢いだけで探偵の真似事を始めてみたものの、現実は甘くない。
疑うことには慣れていても、証拠を集めることにはまるで慣れていなかった。
自分一人では、何も掴めない。
そんな当たり前の事実が、少し悔しかった。
「私、柄じゃないことしてるな……」
苦笑が漏れた、そのときだった。
「杏子、何してるの?」
聞き慣れた声に振り返る。
そこには、小桜が立っていた。
「え、小桜? なんでここに?」
「なんでって、杏子のあと付いてきた。」
悪びれもせず、小桜は笑う。
「最近ずっとソワソワしてたから、気になっちゃって」
杏子は目を丸くした。
尾行されていたことにも気付かなかった自分に、少なからず動揺する。
「別に、大したことじゃない。ちょっと気になることがあって」
誤魔化すように答えると、小桜は小さく肩をすくめた。
「でも、一人じゃ無理だったでしょ?」
図星だった。
「こういうの、私ちょっと得意かもしれないし」
その軽い言い方が、杏子には少し癪に障る。
確かに小桜は器用だ。
人との距離を縮めるのも早いし、発想も柔軟だ。
だからといって、簡単に頼る気にはなれない。
「……別に、一人で大丈夫だから」
ぶっきらぼうに返す。
だが、小桜は引き下がらなかった。
「そんなに意地張らなくてもいいじゃん」
そう言って、少し照れくさそうに笑う。
「困ったときくらい助け合おうよ。姉妹なんだからさ」
その一言だけは、不思議と胸に残った。
軽口のようでいて、そこには飾らない本心があった。
杏子はしばらく黙っていたが、やがて小さく息を吐く。
「……分かった」
少しだけ照れ隠しをするように付け加える。
「でも、私の言うことはちゃんと聞いてよね。一応、姉なんだから」
「もちろん!」
小桜は満面の笑みを浮かべた。
その屈託のない笑顔を見ていると、不思議と張り詰めていた気持ちが少しだけ緩む。
杏子は小さく息をつき、苦笑を浮かべた。
「……仕方ないか」
そう呟くと、これまで集めた情報を一つずつ、小桜へ話し始めた。
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