4-2-3 ゼノンの魔法
プレゼンテーションが始まると、スクリーンにはゼノン・サイエンスが新たに開発した高出力エネルギーデバイスが映し出された。
従来技術を大きく上回る変換効率。
革新的なエネルギー制御システム。
次々と示される実験結果に、会場からは感嘆の声が上がる。
「すごいね! これ、本当に魔法みたい!」
隣で恵麻が目を輝かせながら小声でつぶやく。
「……そうだね」
杏子は苦笑しながら答えた。
「確かに、魔法みたいだ」
だが、その笑みはすぐに消えた。
説明が進むにつれ、胸の奥に言いようのない違和感が広がっていく。
理論に穴はない。
計算式も整っている。
だから会場の技術者たちも誰一人として疑わない。
だが杏子は最後に示された実験結果を見た瞬間、眉をひそめた。
──伸びすぎている。
数式が間違っているわけではない。
実験方法も不自然ではない。
それでも、この出力を得るために必要な”重さ”が、どこか足りない。
具体的に説明できるわけではない。
だが、杏子は前世で、大規模な魔法を幾度となく扱ってきた。
膨大な魔力がどれほどの現象を生み、その代償としてどれほどの力を必要とするのかは、理屈ではなく感覚として身体に刻み込まれている。
だからこそ分かる。
あの出力を、この程度の入力で維持できるはずがない。
まるで、どこかから都合よくエネルギーが湧き出しているかのような説明だった。
もちろん、そんなことはあり得ない。
魔法ですら、そんな理屈は存在しないのだから。
やがて発表が終わり、来場者たちは思い思いに歓談を始めた。
「ねぇ、杏子。どう思った? すごかったよね?」
恵麻が期待に満ちた表情で尋ねる。
杏子は少し考え込んでから答えた。
「……正直に言うと、引っかかる」
「引っかかる?」
「うん。あのデバイスの効率」
杏子は展示パネルへ視線を向けた。
「あの数値が本当なら、今までのエネルギー工学そのものがひっくり返る」
「それだけ画期的ってことじゃないの?」
恵麻は素直に聞き返す。
「そういう話じゃない」
杏子はゆっくり首を振った。
「技術が進歩することと、理屈が消えることは別なの」
そこまで口にしてから、しまったと思う。
今の言い方では説明になっていない。
恵麻は案の定、不思議そうな顔をしていた。
「たとえばファンタジーでもさ」
杏子は慌てて言葉を探す。
「魔法だから何でもできる、なんて世界は少ないでしょ? ちゃんとルールがある。
現実だって同じ。便利になることはあっても、急に法則そのものが消えたりはしない」
恵麻はしばらく考え込み、それから首をかしげた。
「うーん……難しいなぁ」
「私も専門家じゃないから」
杏子は肩をすくめて笑う。
「ただ、何となく変だと思っただけ」
その”何となく”の正体を、自分だけは知っていた。
魔法を知っているからこそ、おかしい。
それだけは確信できる。
—-
その後、二人は展示ブースを一通り見て回り、再びアラン・ヒューストンと顔を合わせた。
「お二人とも、今日は楽しんでいただけましたか」
アランは人当たりのいい笑顔を浮かべる。
「はい!」
恵麻は嬉しそうに頷いた。
「プレゼン、本当に感動しました!」
「ありがとうございます」
アランは満足そうに微笑む。
「あれは我々の技術の結晶です。近い将来、もっと皆さんを驚かせられるでしょう」
その言葉を聞き終えると、杏子は静かに口を開いた。
「あの、一つだけ聞いてもいいですか」
「もちろん」
「プレゼンで示されていたエネルギー効率なんですが……あれ、本当に実測値なんですか?」
アランの目がわずかに細くなった。
しかし、その表情はすぐに営業用の笑みに戻る。
「ええ。厳密な検証を経たデータです。安心していただいて結構ですよ」
「そうですか」
杏子は淡々と続けた。
「でも、実験条件や誤差まで考えると、あの数値は少し出来過ぎているように思えたんですが」
一瞬だけ沈黙が落ちる。
アランは笑みを崩さない。
「鋭い視点ですね。ですが、そこから先は企業秘密です。申し訳ありません」
丁寧な受け答えだった。
何一つ不自然な言葉はない。
それなのに杏子は、胸の奥で警鐘が強く鳴るのを感じていた。
この男は答えていない。
質問をかわしただけだ。
—-
帰り道。
恵麻はパンフレットを嬉しそうに抱えながら歩いていた。
「やっぱりすごい会社だったね!」
その笑顔を見て、杏子は小さくため息をつく。
「……あの男、やっぱり信用できない」
「またそんなこと言う」
恵麻は苦笑する。
「科学って奥が深いし、私たちには分からないこともあるんじゃない?」
杏子は答えなかった。
分からないから疑っているのではない。
分かるから、おかしいと思っている。
だが、その理由だけは口にできなかった。
恵麻は人を疑うことを知らない。
だからこそ、狙われる。
その予感は、セミナーの日よりもはるかに強くなっていた。
もし自分の考えが当たっているなら、ゼノン・サイエンスはまだ何かを隠している。
そして、その中心に恵麻が巻き込まれるようなことだけは、絶対に避けなければならない。
杏子は静かに決意する。
次に動きがあれば、自分の目で確かめる。
あの”魔法のような技術”が何なのか、その正体を暴くために。
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