4-2-1 ゼノン・サイエンス
第二章は杏子視点から始まります。
杏子が「ゼノン・サイエンス」のセミナーに興味を持ったのは、SNSで「魔法のような超自然エネルギーを研究している」と評判になっていたからだ。
本物の魔法だと信じているわけではない。
それでも、科学がどこまで未知の領域へ踏み込めるのか。その片鱗くらいは見られるかもしれないという期待があった。
ゼミ仲間の恵麻を誘い、二人でセミナー会場へ向かう。
会場に着くと、想像以上の人の多さに圧倒された。
ゼノン・サイエンスは新興企業でありながら注目度が高く、最先端の自然エネルギー技術で脚光を浴びているらしい。学生だけでなく、企業関係者や研究者らしき人々の姿も多く見られた。
「すごい人気だね」
杏子が感心すると、恵麻は目を輝かせながら頷いた。
だが、プレゼンテーションが始まると、杏子は少し拍子抜けした。
技術そのものは確かに先進的だった。
しかし、それは既存の自然エネルギー技術を発展させたものであり、杏子が期待していたような「魔法のような何か」ではない。
未知ではあるが、ちゃんと科学だった。
一方、恵麻は最初から最後まで真剣な表情で聞き入り、熱心にメモを取っていた。
セミナー終了後には真っ先に社員のもとへ向かう。
「研究職を目指しているんです! ぜひこちらで働きたいんですが!」
普段は控えめな恵麻にしては珍しいほど積極的だった。
対応した社員はアラン・ヒューストンと名乗った。
年齢は四十代後半だろうか。
紺色のスーツを着こなし、話し方も慣れている。
だが杏子は、会話を見ているうちに何となく居心地の悪さを覚えた。
アランは研究内容よりも恵麻自身に興味を持っているように見えたからだ。
「君みたいな学生は珍しい」
「将来有望だね」
「もっと詳しく話を聞いてみたいな」
そんな言葉を、必要以上に親しげな口調で繰り返している。
恵麻は素直に喜んでいた。
だが杏子には、それが学生を持ち上げて気分良くさせる営業トークにしか見えなかった。
「恵麻、そろそろ帰ろうよ」
杏子は一度声をかけた。
しかし恵麻は振り返りもせず、
「あと少しだけ」
と答える。
アランはそんな二人の様子を見て、穏やかな笑みを浮かべた。
「君のような才能ある若い人には、ぜひ我々の未来を一緒に作ってもらいたいね」
そう言いながら名刺を差し出す。
恵麻は嬉しそうに受け取った。
だが杏子は、その瞬間さらに眉をひそめた。
名刺の裏に個人の電話番号が書かれていたからだ。
学生向けセミナーで渡す名刺としては、どうにも距離が近すぎる。
「本当ですか!? ありがとうございます!」
恵麻はまるで疑う様子もなく頭を下げた。
その姿を見て、杏子の胸に不安が広がる。
恵麻は厳格な家庭で育った箱入り娘だ。
真面目で、人を疑うことをほとんど知らない。
だからこそ、こういう相手には気を付けてほしかった。
帰り道になっても、恵麻の興奮は冷めていなかった。
「すごい人に出会えたね!」
名刺を大事そうに握りしめながら、何度もそう繰り返す。
杏子はしばらく迷った末、率直に尋ねた。
「恵麻、その人、本当に信用できるのかな?」
恵麻は不思議そうに首を傾げた。
「杏子って心配性だよね!」
そして、いつものように笑う。
その無邪気な笑顔を見ていると、それ以上強くは言えなかった。
杏子は小さく息を吐く。
自分の考えすぎかもしれない。
だが、どうしても胸騒ぎが消えない。
夜の街を歩きながら、名刺を大事そうに握る恵麻の横顔を見つめる。
その横顔が、なぜだか少しだけ遠く感じられた。
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