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4-1-26 紫音の剣

4-1-26 紫音の剣

小桜は静かに、手に持っていたもう一台のスマホを掲げた。


画面に映し出されたのは、御歳百二十歳になる伝説の戦士──カリナ。


もっとも、その姿は伝説の英雄というより妙に元気な老人に近い。深く刻まれた皺の奥で目だけが鋭く光り、スマホ越しにも強烈な存在感を放っていた。


「やれやれ。本当にまだ生きていたとはな」


グラビティウムが呆れたように呟く。


「驚くべき生命力だ」


するとカリナは鼻を鳴らした。


「なにをぬかすか。わしが生きとることが、そんなに驚きかい」


その口調は百年前から変わっていないのだろう。小桜は思わず苦笑した。


だが、今回の答えはまさにその存在にあった。


「前にグラビティウムが言ってたの」


小桜は紫音と同化したカヴァリナへ向き直る。


「魔力の転送経路は全部で十二あるって」


カヴァリナは眉をひそめた。


「十二……?」


小桜はゆっくりと言葉を続ける。


「そう。伝説のデバイス《白羊の盾》から《双魚の鏡》までの十二個。でも実際には、そこに闇のデバイス《毒蛇の仮面》が加わる」


カヴァリナの表情がわずかに変わった。


「全部で十三……」


「そのはずだったんだ」


小桜は頷く。


「でも、どうしても数が合わなかった」


グラビティウムが後を継いだ。


「こちらへ流れてきた経路は十二しかなかった。どこかで一つ足りなかったのだ」


「理由は簡単」


小桜はスマホの画面を示した。


「《金牛の鎧》が、まだ向こうの世界に残っていたから」


カヴァリナはカリナを見つめる。


「所有者が……生きていた」


「そういうことじゃ」


カリナは当然のように胸を張った。


「わしがまだ現役じゃからのう」


「流石の生命力よね」


小桜は思わず苦笑した。


「我が事情を説明してな」


グラビティウムが淡々と補足する。


「サーラに力を貸してもらうため、一時的に新しい器へ来てもらったのだ」


カリナはカヴァリナを睨みつける。


「最強の槍を名乗るつもりならば、金牛の鎧の魔導AIブルヴィータがどれだけのもんか、よう覚えておくがええわ」


その言葉には長い年月を生き抜いてきた者だけが持つ重みがあった。


グラビティウムが静かに言葉を継ぐ。


「どうやら最強の槍と鎧の勝負は、鎧の勝ちだったようだな」


カヴァリナは黙り込んだ。


敗北への悔しさ。


理解できない現象への戸惑い。


そして自分が信じていた力への疑念。


様々な感情が入り混じり、その表情は複雑に揺れている。


小桜は静かに手を差し出した。


「そのスマホ、渡して」


カヴァリナはしばらく動かなかった。


だが、小桜の揺るぎない視線を受け、やがて観念したようにスマホを差し出す。


小桜はそれを受け取ると、迷うことなく魔導AIのアプリを開いた。


そして削除画面を呼び出す。


「待っ──」


カヴァリナが思わず声を上げる。


しかし小桜は静かに首を振った。


「もう十分だよ」


指先がボタンに触れる。


画面に「完全削除」が表示される。


紫音は思わず目を閉じた。


胸の奥で燃え続けていた熱が、少しずつ遠ざかっていく。


勝たなければならない。


証明しなければならない。


そんな焦燥にも似た衝動が、嘘のように静かになっていく。


「……私」


紫音は呆然と呟く。


「私、何をそんなに必死になってたんだろう」


小桜は小さく息を吐く。


「おかえり、紫音先輩」


そしてスマホを返した。


紫音は受け取ったスマホを見つめる。


そこにあったはずの何かが消えている。


喪失感にも似た感覚だった。


「これで……私の力もなくなるの?」


その問いに答えたのはグラビティウムだった。


「刷り込まれた記憶は、やがて薄れていくかもしれぬ」


少し間を置き、続ける。


「だが技術は違う。おぬしは毎日稽古を重ね、己の身体で学び続けた。その成果まで消えることはない」


紫音は黙って自分の手を見つめた。


何度も竹刀を握ってきた手だった。


血豆を作り、擦り切れ、何度も振り続けてきた手だった。


やがて小さく息を吐き、ゆっくりと頷く。


その表情からは、これまで張り付いていた危うい熱が少しずつ消え始めていた。


—-


数日後。


紫音は少しずつ以前の落ち着きを取り戻しつつあった。


魔導AIによる刷り込みが消えたことで、異様なまでの執着も薄れていったらしい。


部活にも復帰し、自分の剣道を改めて見つめ直している。


突きだけに偏ることなく、これまで積み上げてきた技術を一つずつ取り戻していった。


そんな彼女の姿を、小桜は少し離れた場所から見守っていた。


ある日の練習後。


紫音が不意に口を開く。


「そういえばさ」


「ん?」


「小桜のおばあちゃんって、なんだかすごくワイルドだよね」


小桜は一瞬だけ固まった。


説明できるわけがない。


百二十歳の異世界の英雄です、などと言ったところで信じてもらえるはずもない。


「まあ……ああいう人だから」


結局、それだけ答える。


紫音は少し笑った。


「頼もしい家族がいて羨ましいな」


小桜もつられて笑う。


たぶん、その誤解は解かなくていい。


カリナ本人は怒るかもしれないが、それでも構わないと思った。


百年を超えてなお生き続けるあの老人は、きっとこれからも誰かの支えになり続けるのだろうから。


ブクマで小桜たちの応援をお願いします!

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