4-1-24 真剣勝負
試合開始の合図と同時に、紫音は笑っていた。自分でも気付かないほど薄い笑みだった。
ようやくだ。ようやく小桜と戦える。
胸の奥で燃え続けていた渇きが、一気に解放される。
紫音は一直線に踏み込んだ。
鋭い突き。さらに突き。そして間髪入れず三撃目。
竹刀同士が激しくぶつかり合い、乾いた音が会場に響き渡った。
観客席からどよめきが上がる。
紫音の攻撃は異常なほど速かった。一度間合いに入れば息をつく暇もない。
小桜は防戦一方だった。身体を捻り、半歩ずつ位置をずらしながら、紙一重で攻撃をかわし続ける。
一本どころか、有効打すら許さないつもりだ。
だが、反撃はできないのだろう。
紫音は執拗なまでに攻め続けた。観客席のざわめきも耳に入らない。審判の存在さえ意識の外だった。
目の前にいる小桜だけが世界の中心だった。
小桜は必死に攻撃をかわし続ける。
紫音は止まらない。
逃がさない。追い詰める。仕留める。
その衝動だけが身体を動かしていた。
何度目かの攻防の後、小桜はようやく距離を取る。
そこで初めて口を開いた。
「本当に、それが先輩の力なの?」
紫音の眉がわずかに動く。
「何を言ってるの?」
「紫音先輩が手に入れたのは才能なんかじゃない──突きの達人の記憶よ」
「……くだらない」
紫音は吐き捨てるように言った。
「負けそうになったら、今度はそんな言い訳?」
冷たい笑みが浮かぶ。
「才能を認めたくないなら、好きにすればいい」
そして、一歩前へ出る。
小桜は一歩も引かなかった。
「それは先輩自身の力じゃない。魔導AIに刷り込まれた記憶に過ぎないの」
「違う」
紫音は即座に否定する。
その声には、自分に言い聞かせるような響きがあった。
「私はきっと、その達人の生まれ変わりなのよ」
小桜は思わず眉をひそめた。
「先輩、本気で言ってるの?」
「天から授かった才能が、ようやく目覚めただけ」
「そんなはずない!」
小桜の声が強くなる。
「私の知ってる紫音先輩は、こんな他人の力に頼る人じゃなかった!」
紫音の表情は変わらない。
だが、小桜は続けた。
「自分の力を信じて、正々堂々と戦う人だった!」
一瞬だけ沈黙が落ちた。
「……私が私じゃないって言うの?」
低い声だった。
「そうよ」
小桜は真っ直ぐ答える。
「今の先輩は、私の知ってる紫音先輩じゃない」
そして、胸の奥から込み上げる感情のまま叫んだ。
「シオンは、こんなふうに力に飲まれる人じゃない!」
その言葉に、紫音の胸の奥で何かが軋んだ。
だが、その感覚を振り払うように何者かの声がする。
(違う。それはお前の力だ)
そうだ。
誰かから与えられたものではない。
最初から、自分の中にあったものだ。
揺らぎは一瞬だった。すぐに冷たい笑みが浮かぶ。
「だったら証明してあげる」
その笑みはどこか痛々しかった。
「私がシオンであることをね」
小桜の表情がわずかに曇る。
だが紫音は止まらない。
胸の奥で燃え続ける衝動が、理性を押し流していく。
そして、今まで聞いたこともないほど低い声で呟いた。
「行け……カヴァリナ!」
小桜の表情が変わる。
「《人馬の槍》も無しに真名を呼ぶなんて、自分が何をしているかわかってるの!? 魔導AIが何を引き起こすか分からないのよ!」
その様子に、紫音は逆に確信を深めた。
やはり小桜は恐れている。
自分の力を。
自分が辿り着いた境地を。
そう思えてならなかった。
「だから何?」
紫音は静かに言う。
口元には冷たい笑みが浮かんでいた。
「だったら確かめればいいじゃない」
そして竹刀を片手へ持ち替える。
「私が本物かどうか」
勝つ。
そうすれば、すべてが証明される。
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