4-1-22 剣士の謎
夕食の席で、小桜は痛みに顔をしかめながら、そっと首筋をさすっていた。
首から肩にかけて湿布が貼られ、紫音との練習試合で受けた片手突きの衝撃が、まだ鈍く尾を引いている。冷やしているはずなのに、奥の方でじくじくと熱を持ったような痛みが残っており、少し動かすだけでも首筋に鋭い違和感が走った。
「痛ったぁ……」
思わず小さく漏れた声に、向かい側に座っていた杏子がちらりと視線を向け、不機嫌そうに眉をひそめる。
「ねえ、小桜。食事中にいちいち痛がるのやめてよ。地味に気になるんだけど」
「あ……ごめん」
小桜は気まずそうに謝りながら、そっと肩をすくめた。
姉が心配してくれる様子はまるでなく、むしろ騒がしいものを見るような反応である。内心では「ちょっとくらい優しくしてくれてもいいのに……」とぼやきつつも、小桜はそれ以上何も言わず、黙って食事を続けた。
夕食を終えると、小桜は逃げるように自室へ戻った。
湿布の位置を確かめながら、鏡越しに首元を見る。うっすら赤くなった痕を見て、改めて紫音の片手突きの威力を思い出し、小さく息を吐いた。
「やっぱり紫音先輩の突き、あれ本当にヤバいよ……」
独り言のように呟いた瞬間、机の上に置かれていたスマホの画面が淡く発光し、グラビティウムの刻印が映し出される。
「よくあの打突を受けて、その程度で済んだな。おぬしもなかなか大したものだ」
落ち着いた声が部屋に響き、小桜は苦笑しながらスマホを手に取った。
「いや、実はバレないように、こっそり魔法で防御してたんだよね。それでも、コツコツ二週間ためてた魔力が一瞬で吹き飛んじゃったけど」
「つまり、あの威力に対抗するため、それほどの魔力を消耗したということか」
グラビティウムの声音がわずかに低くなる。
小桜はため息混じりに頷いた。
「うん。だから同じ手はもう使えない。次に紫音先輩とやり合うなら、別の対策を考えないとまずいかも」
その言葉を境に、二人はしばらく黙り込んだ。
そもそも、なぜ紫音は急に突きへ異常な執着を見せ始めたのか。
以前とはまるで別人のような戦い方。しかも、単なる技術向上では説明できないほど、短期間で完成されすぎている。
小桜が考え込んでいると、不意にグラビティウムが問いかけた。
「それにしても、サーラ。彼女の戦い方の変化、おぬしには何か心当たりはないのか?」
「ううん、全然」
小桜は首を横に振る。
「紫音先輩のあんな戦い方、今まで見たことなかったし……正直、なんで急にあんなに強くなったのかも分からない」
そう答えながらも、小桜の脳裏には、紫音の突きが何度もよみがえっていた。
迷いのない踏み込み。
一直線に急所だけを貫こうとする鋭さ。
あれは単なる“上達”ではない。
まるで、最初からその技だけに最適化されたような異様さがあった。
そのとき、ふと小桜の視線が、先ほど撮影していた練習試合の動画へ向かう。
「……ちょっと、さっきの動画、もう一回見てみる」
小桜は録画データを再生し、紫音との攻防を繰り返し確認し始めた。
踏み込みの速度、呼吸のタイミング、視線の動き、突きを放つ瞬間の重心移動──。
細かい部分まで注意深く観察していくが、特別不審な点は見当たらない。
むしろ恐ろしいのは、その完成度だった。
紫音の動きには無駄がなく、まるで長年その型だけを磨き続けてきた達人のような鋭さがある。
「本当に、急に達人みたいになってる……どうしてこんな短期間で……?」
小桜は呆然と呟いた。
するとグラビティウムが静かに言葉を返す。
「普通、剣術というものは年月をかけて積み重ねるものだ。数ヶ月程度で、ここまで極端な変化を見せるなど尋常ではない」
そして少し間を置き、低い声で続けた。
「何か外部からの影響を受けた、と考える方が自然だろう」
「外部の影響……か」
小桜は眉を寄せた。
だが、思い当たるものがない。
紫音が突きにこだわり始めた理由も、突然ここまで変化したきっかけも、何一つ分からなかった。
その反面、動画の中で突きを放つ紫音の姿は、どうしてもある存在を連想させる。
一直線に敵を穿つことだけを求める、鋭く危険な“槍”。
「……これは、ちゃんと調べた方がいいかもしれない」
小桜はスマホを見つめながら、小さく呟いた。
「どうにかして、紫音先輩のことをもっと詳しく調べてみる。きっと、何か原因があるはずだから」
グラビティウムも静かに同意する。
「おぬしがそう考えるなら、我も力を貸そう」
小桜はスマホを握りしめ、静かに決意を固めた。
紫音の身に、一体何が起きているのか。
動画の中で鋭く突きを放つその姿は、どこか人間離れした完成度を帯びていた。
もしこれが単なる才能や努力ではないのだとしたら──。
小桜は首筋の痛みを押さえながら、胸の奥に広がる得体の知れない不安を振り払えずにいた。
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