4-1-21 刺突の剣士
それからというもの、紫音は「突き」の技術に異常なほどの執着を見せるようになった。
練習中、他の部員たちが面を着けて構えるたびに、彼女は鋭く突き出した竹刀を何度も喉元へ送り込み、容赦のない正確さで突きを繰り返していく。もともと精度の高かった剣先は、以前とは比較にならないほど鋭さを増していた。
一歩踏み込むだけで、まるで一直線に急所を射抜かれるような圧力がある。
その速度と勢いに、部員たちは次第に怖気づき始めた。
「紫音先輩、最近ちょっと怖くない……?」
「いや、あの突き、本当に危ないって……」
そんな声が陰で囁かれるようになり、稽古で紫音と向き合うことを避ける部員まで現れ始めていた。
ある日、顧問がついに紫音へ声をかけた。
「紫音、最近ずいぶんと突きばかりを使っているな。いいか、スタイルを極端に変えると、今までのバランスが崩れる。特に突きは危険な技だ。怪我にも繋がる」
顧問は穏やかに忠告したが、紫音の目には静かな熱が宿っていた。
「先生、これが私の一番の強みだって、ようやく気づいたんです」
紫音は迷いなく答える。
「今までずっと、無意識に抑えていたのかもしれません。でも、もう迷いません。相手より先に、一撃で制する。それが一番合理的ですから」
その言葉に、顧問は一瞬だけ眉をひそめた。
勝利への考え方としては間違っていない。だが、その口調には、どこか剣道本来の“競技”から外れた冷たさが混じっていた。
しかし紫音は構わず突きの鍛錬を続け、ついには彼女の練習相手を務める部員が誰もいなくなってしまった。
そんな中、顧問はふと思案したように、小桜へ視線を向ける。
「小桜、お前が紫音の相手をしてやってくれないか?」
その言葉に、小桜の表情がわずかに引きつった。
紫音の異様な執着を見ていた彼女には、何となく嫌な予感があった。
まるで、誰かに急かされるように強さを求め続けている。
そんな危うさを、最近の紫音から感じていたのだ。
「じゃあ、準備しますね……」
小桜は小さく呟き、ポケットからスマホを取り出して録画モードに設定すると、壁際へそっと置いた。
「撮影用なんで、気にしないでください」
紫音はその様子を見て、小さく笑う。
「心配するなって、小桜。ちゃんと練習試合として手加減するよ」
そう言いながらも、その目には並々ならぬ闘志が宿っていた。
小桜も覚悟を決め、竹刀を構える。
開始の合図と同時に、紫音が鋭い突きを放ってきた。
その速度は小桜の予想を上回っており、反射的に体を引かなければ、正確に喉に打ち込まれてていた。
だが、紫音は止まらない。
間合いを詰めると同時に、二撃、三撃と連続して突きを繰り出し、小桜に回避の余地を与えない。まるで最初から“避ける先”まで読んでいるかのような攻めだった。
(これは……! 以前の紫音じゃない……)
小桜は驚きを隠せなかった。
以前の紫音は、多彩な技を織り交ぜる完成度の高いオールラウンダーだった。しかし今の彼女は違う。
突きだけで相手を制圧する、極端な一点特化型へと変わっている。
しかも、その突きには奇妙な迫力があった。
ただ速いだけではない。
“そこを突けば倒せる”と確信している者の迷いのなさがある。
小桜も本気で集中せざるを得なかった。
互いの息遣いが聞こえるほどの距離で続く攻防は、もはや練習試合とは思えない激しさを帯びていく。
紫音の突きはさらに加速し、小桜は紙一重でかわし続けるが、その鋭さはむしろ増していった。
そのとき、不意に紫音が一歩引く。
そして再び竹刀を構え直すと、今度は片手へ持ち替えた。
その瞬間、小桜の背筋にぞくりと悪寒が走る。
(まさか……!)
次の瞬間、片手で放たれた竹刀が一直線に突き出され、小桜の喉を鋭く貫いた。
「っ……!」
もろに突きを受けた小桜は、その場に崩れ落ちかけながらも、辛うじて踏みとどまる。
首に激痛が走り、激しく咳き込みながら視線を上げると、紫音は静かに竹刀を下ろしていた。
「ふふ……やっぱり小桜でも、この片手突きは避けられないか」
その口調は淡々としていたが、どこか勝利を確信した冷たさが滲んでいる。
「紫音!練習中の片手突きは禁止だと言ったはずだな。忘れたのか?」
呆然としていた顧問が、ようやく厳しい声を上げた。
すると紫音は表情を変えないまま、淡々と答える。
「ああ、そうでしたね。最初に聞いただけなので、忘れていました」
その返答には悪びれる様子すらなかった。
そう言うと、紫音は竹刀を肩に担ぎ、そのまま部室の方へ歩き去っていく。
その背中を見つめながら、小桜はしばらく動けなかった。
かつての紫音が持っていた穏やかさや親しみやすさは、今や薄れつつある。
そこにあったのは、ただ純粋に“貫くこと”だけを追い求める、鋭く危うい気配だった。
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