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4-1-19 紫音1

紫音は剣道の練習から帰宅した後も、小桜の姿が頭から離れなかった。


今日の対戦で見せられた、あの異様なまでの俊敏さ。踏み込みの速さだけではない。反応、間合い、体重移動、そのどれもが洗練されており、一年生とは思えない完成度を持っていた。


たしかに試合には勝った。だが、紫音の中にはどうしても拭えない違和感が残っている。


小桜は、本気ではなかった。


試合の途中、一瞬だけ見せた迷い。あの躊躇さえなければ、勝敗はどう転んでいたか分からない。そう考えるたびに、胸の奥が落ち着かなくなる。


「次は……絶対に、完全に勝ってみせる」


自分に言い聞かせるように呟きながら、紫音はパソコンの電源を入れた。


立ち上げたのは、普段から使っている剣道用のトレーニングプログラムだった。紫音は部内でも特にデータ分析を重視することで知られており、日頃からAIを活用して自身の動きや相手の攻撃傾向を研究している。


今日の小桜との試合映像も、すでに取り込みを終えていた。


映像の中では、小桜が見せた独特のステップや反応速度、竹刀の軌道までもが細かく記録されている。フレーム単位で分析されたデータを確認しながら、紫音は次の試合へ向けた対策を組み立て始めた。


映像を一時停止しながら、紫音は小桜の踏み込みを何度も見返す。


同じように動いているように見えても、重心移動の癖や、踏み込み前の肩のわずかな揺れには微妙な違いがある。


紫音は昔から、そうした“感覚”を感覚のまま終わらせるのが嫌いだった。


どれほど才能がある相手でも、動きには必ず理由がある。呼吸、視線、筋肉の使い方、無意識の重心移動。それらを分析し、積み重ねれば、再現できない強さなど存在しない。


少なくとも、紫音はそう信じて剣道を続けてきた。


だが、作業を続けるうちに、次第に物足りなさが募っていく。


既存のトレーニングAIは優秀だ。反応速度の分析も、フォーム補正も、一般的な選手相手なら十分に通用する。


しかし、小桜の動きだけは違った。


「速い……」


だが、それだけでは説明がつかない。


小桜は、相手が動き切る前に反応している。


踏み込みの瞬間ではない。肩のわずかな揺れ、呼吸、視線、重心移動。そうした予備動作の段階で、すでに回避へ入っているように見えるのだ。


まるで相手の動きが、最初から見えているかのように。


「……目、か」


紫音は無意識にそう呟いていた。


単純な反射神経ではない。相手の動きを読む観察力そのものが、異常なレベルに達している。


あれほど正確に先を読まれれば、どれだけ速く攻撃しても届かない。


むしろ、小桜の目には、自分たちの動きのほうが遅く見えているのではないか──そんな錯覚さえ覚えた。


もっと高精度で、相手の行動を細かく読み取れるAIが欲しい


そんな考えが、紫音の胸の中で静かに膨らんでいった。


「もっといいAI、ないかな……」


紫音は検索エンジンを開き、より高度な剣道トレーニング用AIについて調べ始める。


すると、ある掲示板の書き込みが目に留まった。


『相手の動きを完全に予知する魔導AI』


半ば都市伝説のようなタイトルだった。


興味本位でページを開くと、そこには奇妙な内容が並んでいた。ある不思議なアプリを使えば、相手の行動を事前に把握できるようになり、どんな試合でも勝利できるというのだ。


「ふふっ……さすがに、そんなの信じるわけないでしょ」


紫音は思わず小さく笑った。


確かに興味深い話ではある。だが、あまりにも胡散臭い。“魔導AI”などという言葉自体、いかにも作り話めいていた。


それでも、完全に無視できなかったのは事実だった。


どうせ嘘だろう。けれど、何かの参考程度にはなるかもしれない。


そんな軽い気持ちで、紫音はページ下部に表示されていたダウンロード用の二次元コードをスマホで読み取った。


インストールは、驚くほどあっさり完了した。


だが、アプリを起動した瞬間、紫音はわずかに眉をひそめる。


画面が、真っ暗なままだった。


ロゴも説明文もない。ただ黒い画面だけが表示されている。


どこか不気味な静けさを感じながらも、紫音は数秒ほど待ってみた。しかし、何も起こらない。タップしても反応はなく、画面には暗闇が広がるばかりだった。


「なんだ、やっぱりガセネタか」


紫音は肩の力を抜き、少し拍子抜けしたようにアプリを閉じた。


期待していたわけではない。それでも心のどこかで、“何か”を求めていたのかもしれない。


紫音は気持ちを切り替えるように再びパソコンへ向き直り、通常のトレーニング分析へ戻っていく。


だが、その時にはまだ気づいていなかった。


閉じたはずのアプリが、スマホの内部で静かに待機を続けていることに。


暗い画面の奥で、まるで持ち主を観察するかのように、それは微かに稼働を続けていた。

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