4-1-18 部活のエース
小桜は、自分の俊敏さを生かせる場所を探すように、入学して間もない頃からいくつかの部活動を見て回っていた。そんな中で、特に強く惹かれたのが剣道部だった。
剣道は単なる運動ではない。相手との間合いを測り、一瞬の気配を読み取り、精神を研ぎ澄ませて打ち込む競技だ。小桜は、普段から鍛えてきた身のこなしや集中力が自然と役立つことに、不思議な心地よさを覚えていた。
魔法とは違う。けれど、どこか通じるものがある。
そう感じながら、小桜は毎日の稽古に打ち込んでいた。
入部から数ヶ月が経つ頃には、彼女の素早さと反射神経は部内でもかなり知られるようになっていた。
「あの一年生、反応すごくない?」
「小桜って、まだ始めたばっかりだよね?」
「今の避け方、見えなかったんだけど……」
そんな声が聞こえてくることも増え、小桜自身も少しだけ居心地の悪さを感じ始めていた。
だが剣道は、単純な身体能力だけでは通用しない。技術だけでなく、心の在り方までも試される。
だからこそ小桜は、もっと強くなりたいと思っていた。ただ速いだけではなく、迷いなく踏み込める強さを手に入れたいと、少しずつ考えるようになっていた。
そんな小桜の前に、ある日現れたのが、剣道部のエースである紫音だった。
紫音は小桜より少し背が高く、凛とした立ち姿が印象的な少女だった。鋭い眼差しと隙のない所作には、自然と周囲を圧倒する空気がある。全国大会でも名を知られる実力者であり、その冷静な観察力と正確な剣さばきは、部内でも群を抜いていた。
だが、小桜が紫音に強く惹かれた理由は、その実力だけではない。
紫音には、どこか昔の友人の面影があった。
共に剣を交え、何度も背中を預け合った大切な仲間。もう二度と会えないはずのその存在が、紫音のふとした表情や声音と重なる瞬間がある。
もちろん別人だ。
分かっている。分かっているはずなのに、紫音を見ていると、胸の奥に置き去りにしていた記憶が静かに揺さぶられるのだった。
ある日の放課後。
稽古が終わりかけた頃、不意に紫音が小桜へ声をかけた。
「小桜、一度勝負してみない?」
真っ直ぐ向けられた視線に、小桜は思わず息を呑む。
そこには試すような軽さはなく、純粋に剣を交えたいという強い意思だけがあった。
小桜も静かに頷き、竹刀を握り直す。
「……はい」
道場の空気が静かに張り詰める。
向かい合った瞬間、小桜は改めて理解した。紫音の纏う気配は、今まで戦ってきた部員たちとは明らかに違う。
「いくよ、小桜」
その声と同時に、紫音が踏み込んだ。
最初の一歩が、異様に速い。
小桜は反射的に身体を流し、その一撃をかわす。しかし紫音の攻撃は止まらない。まるでこちらの反応を先読みしているかのように、次の太刀が正確に迫ってくる。
鋭く、無駄がない。
小桜も全力で応戦するが、どこかで踏み込み切れない自分がいた。
避けられる。
動ける。
それなのに、反撃へ移ろうとするたび、紫音の姿に重なる“あの人”の面影が、小桜の心に迷いを生んでしまう。
打ち込みきれない。
本気でぶつかることを、どこか無意識に恐れている。
そして、そのわずかな躊躇を、紫音は見逃さなかった。
一瞬、防御が遅れる。
次の瞬間、鋭い一撃が小桜の胴を正確に捉えていた。
乾いた打突音が、静かな道場に響く。
勝負は、あっけないほど一瞬で終わった。
小桜は息を整えながら竹刀を下ろす。悔しさはある。だがそれ以上に、自分の迷いを見抜かれたかもしれないことへの居心地の悪さが残る。
紫音はそんな小桜をじっと見つめ、やがて静かに笑った。
「……なんだ、小桜。今のが君の本気なの?」
その言葉に、小桜は返答に詰まる。
視線を落とし、唇を小さく噛む。
「ごめんなさい、シオン……先輩。ちょっと、迷いがあって……」
言いかけてから、小桜は自分でも驚いていた。
今、自分は確かに「シオン」と呼びそうになった。
紫音はその戸惑いを見透かしたように、ふっと柔らかく笑った。
そして竹刀を下ろすと、静かな声で言った。
「試合ってね、本当の強さを知るためのものなんだよ」
その声音は、叱るでもなく、ただ真っ直ぐだった。
「迷いがあるなら、なおさら本気でぶつかってみるといい。そうしないと、自分が何を怖がってるのかも分からないままだから」
小桜は顔を上げる。
紫音の瞳は、不思議なくらい穏やかだった。
「きっと君も、何か見つけられるはずだよ」
そう言って、紫音は軽く小桜の肩に触れ、そのまま道場の出口へ向かって歩いていく。
その背中は堂々としていて、けれどどこか懐かしい温かさも感じさせた。
小桜はしばらく、その背中を黙って見つめ続けていた。
胸の奥で、長い間止まっていた何かが、ほんの少しだけ動き始めたような気がしていた。
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