4-1-15 襲いかかる未来視
智絵里の手には、巨大な大鎌が構えられていた。
鈍く黒光りする刃は、街灯の光を受けるたび、水面のようにゆらりと歪む。その姿は現実の武器というより、悪夢から切り取られた幻そのものだった。
智絵里は冷たい微笑を浮かべ、小桜をじっと見つめている。
その瞳には、これまでの彼女にはなかった鋭さが宿っていた。人気インフルエンサーとして人前に立っていた頃の柔らかな表情は消え、代わりに、誰か別の存在に心を覗き込まれているような不気味さが滲んでいる。
「逃げられると思っているの?」
智絵里が静かに言い放った瞬間、大鎌が横薙ぎに振るわれた。
小桜は咄嗟に軌道を見極め、横へ飛ぶ。
だが、回避したはずの次の瞬間、今度は逆方向から刃が迫ってきた。
「うわっ!」
小桜は体勢を崩しながらも、紙一重で身を捻る。
風を裂く音が耳元をかすめ、髪が数本宙を舞った。
智絵里の大鎌は、未来視と連動しているのか、攻撃の軌道そのものが常識から外れていた。一度避けたと思わせた瞬間に刃が反転し、視界の錯覚まで伴って襲いかかってくる。
まるで、相手が“避けた未来”すら先回りして斬り込んでくるようだった。
「何て厄介な攻撃……未来視が、ここまで恐ろしいなんて……!」
小桜は汗を滲ませながら距離を取る。
グラビティウムも、その動きを見ながら低く唸った。
「まさか……おぬし、未来視の攻撃をかわせるのか? 紙の装甲しか持たぬウィザードは、回避も一流だな」
「褒めてる場合じゃないって……!」
小桜は苦笑混じりに返したが、余裕などほとんど無かった。
一撃でも受ければ終わる。
そう本能で理解していたからこそ、彼女は全身の感覚を極限まで研ぎ澄ませ、智絵里の視線、呼吸、足運び、そのすべてを読もうとしていた。
智絵里は何度も刃を振るう。
しかし、そのすべてが紙一重でかわされるたび、彼女の表情から徐々に余裕が消えていった。
やがて智絵里は、苛立ったように大鎌の動きを止めた。
未来視で先回りしているはずなのに、何度斬り込んでも、小桜には届かない。その理由が、彼女には理解できない。
智絵里はわずかに息を乱しながら、小桜を警戒するように見据える。
「どうして……?」
その声には、これまでの余裕とは違う、はっきりとした動揺が滲んでいた。
「未来は見えてるのに……何で当たらないの?」
やがて、智絵里は探るような視線を向ける。
「あなた、一体……何者なの?」
その問いには、初めて明確な戸惑いと警戒が混じっていた。
「何者って……あなたのファンの一人だよ」
智絵里は小さく舌打ちをした。
小桜は呼吸を整えながら、静かに間合いを測る。
その最中、ふと別の疑問が頭をよぎった。
スマホ越しに戦況を見守るグラビティウムは、なぜここまで安定して活動できているのか。
魔力は限られているはずだ。
にもかかわらず、彼はまるで息切れした様子もない。
「グラビティウム、ちょっと不思議なんだけど……あなたって、どうしてそんな少ない魔力で普通に動けるの?」
小桜が問いかけると、グラビティウムは少し意外そうに沈黙した後、淡々と答えた。
「大半の情報は文字列として転送しているだけだからな。実際に演算しているのは、この世界のAI群だ。我はそれらを借りているに過ぎん」
その言葉を聞いた瞬間、小桜の目がわずかに見開かれる。
「……この世界のAIを、借りてる?」
そして次の瞬間、不敵な笑みが浮かんだ。
「なるほどね……そういうことか」
小桜は智絵里の方へ向き直ると、わざと挑発するように声を張り上げた。
「ふふ、どうしたの智絵里? 未来視を使っても、全然当たらないじゃない」
智絵里の眉がぴくりと動く。
「……何を言ってるの?」
「未来が見えても、当てられないなら意味ないよね?」
小桜はあえて背を向けると、無防備な姿勢のまま駆け出した。
「待ちなさい!」
智絵里が即座に追う。
「無駄よ! 未来視がある限り、あなたの行き先なんて全部見えてる!」
その声を背後に聞きながら、小桜は細い路地へ飛び込んだ。
入り組んだ裏道。
看板の影。
室外機の並ぶ狭い通路。
視界を遮る障害物の多い場所へ、あえて誘い込むように進んでいく。
グラビティウムが低く笑った。
「……なるほど。真正面から打ち合う気は無いか」
「当然でしょ。あんな未来視チート、正面から付き合う方が無茶だって」
小桜は走りながら、小さく息を吐く。
だが、その目には恐怖だけではない、冷静な光が戻り始めていた。
「でも──仕組みが分かれば、対策はできる」
智絵里の足音が、すぐ背後まで迫ってくる。
小桜は振り返らないまま、わずかに口元を吊り上げた。
「さて……次の手、試してみようかな」
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