本編回収編:女性の霊③
問題は、形見がマンションの地下に埋まっているということだった。
その夜、三人は車の中で頭を突き合わせた。
「建物の地下となると、勝手に掘るわけにはいかないですね」
蓮が腕を組んで言った。
「管理会社に話をするしかないですが……信じてもらえるかどうか」
「どう説明するんですか」
花が訊ねた。
「建設前にその土地に住んでいた方の遺品が、地下に埋まっている可能性がある、と言います」
蓮は真面目な顔で続けた。
「嘘じゃないですし、遺品となれば管理会社も無視はできないはずです。あとは俺が粘り強く交渉します」
「任せてもいいですか」
「それが得意なので」蓮は静かに笑った。
それから数日後、蓮は管理会社との交渉を終えて花に報告した。
「許可が出ました。来週、一緒に立ち会ってもらえますか」
「交渉、大変じゃなかったですか」
「まあ、三回くらい押し問答しましたけど」
蓮はあっさりと言った。
「でも、遺品の可能性があるとなれば、放置するわけにもいかないですから。最終的には分かってもらえました」
花はその言葉を聞いて、胸の奥がじんわりと温かくなった。霊感もなく、怪異の世界とは無縁なはずの蓮が、それでも諦めずに交渉し続けてくれた。それだけで十分すぎるほどだった。
当日、作業員が丁寧に床下を掘り起こしていくのを、三人は固唾を呑んで見守った。
土を一層ずつ、慎重に取り除いていく。
深さ三十センチほどのところで、作業員のスコップが何かに触れた。
「……あります」
作業員が静かに言った。
出てきたのは、小さな金属の箱だった。長年土の中にいたせいで表面は錆びていたが、蓋はしっかりと閉まっていた。
蓮が手袋をはめて、作業員から箱を受け取った。
花の隣で、みやびが息を詰めた。
「気配が、強くなっています」
みやびが小さく言った。
「近くにいます。ずっと、この瞬間を待っていたんだと思います」
花は胸の奥がぎゅっと締め付けられるのを感じた。
蓮が、慎重に蓋を開けた。
中には、二つのものが入っていた。
一枚の写真と、金色の指輪だった。
蓮がそっと写真を取り出した。
少し色褪せてはいたが、二人の女性の顔は、はっきりと見て取れた。
年配の女性と、その隣で微笑む中年の女性。肩を寄せ合って、どこか楽しそうに笑っていた。
母と娘だと、一目で分かった。
「……仲良さそうですね」蓮が静かに言った。
「はい」
花は写真をじっと見つめた。
「きっと、仲の良い親子だったんですね」
次に、蓮が指輪を取り出した。
長年土の中にいたとは思えないほど、美しい輝きを保っていた。柔らかな金色が、作業灯の光を受けてしっとりと輝いている。
「24Kですね」
蓮が静かに言った。
「純金は錆びないから、こうして残るんです。ずっと、ここで待っていたんですね」
その言葉が、花の胸に深く刺さった。
指輪も、写真も、ずっとここで待っていた。掘り出しに来るはずだった人を、何年も、何年も待ち続けていた。
花は蓮から箱をそっと受け取り、両手で包むように抱きしめた。
「……長い間、待たせてしまってごめんなさい」
花は箱に向かって、静かに言った。
「ちゃんと、ラキのところへ届けますよ。お母さんの写真も、指輪も、全部一緒に」
その瞬間、みやびが静かに目を閉じた。
しばらくの間、誰も言葉を発しなかった。
やがて、みやびがゆっくりと目を開けた。その瞳が、うっすらと潤んでいた。
「……ありがとう、と言っています」
みやびは静かに言った。
「やっと、と。本当に、やっと、と言っています」
それから、少しの間を置いて、みやびは続けた。
「ラキに、会いに行きます、と」
部屋の空気が、ふっと軽くなった。
凍りついていた冷気が、嘘のように消え去った。
代わりに、どこからともなく、温かい風が吹き抜けた気がした。
蓮が、視線を落としたまま、掠れた小さな声で言った。
「……良かったですね」
「うん」
花は箱を胸に抱いたまま、目元をそっと拭った。
「本当に、良かったです」
みやびは何も言わなかった。ただその大きな瞳が、静かにきらきらと光っていた。




