本編回収編:女性の霊④
その夜、三人は車の中でラキの場所をどうやって探すか話し合った。
するとみやびが静かに言った。
「聞いてみます」
みやびは目を閉じた。しばらくの間、静かに何かに耳を澄ませるように、微動だにしなかった。
やがて目を開けて、「案内してもらえるそうです」と言った。
翌日、三人は再びマンションへと向かった。
女性の霊は、エントランスの前で待っていた。
花にははっきりと見えた。
いや、見えただけではなかった。昨日よりも、さらにはっきりと。輪郭も、表情も、仕草も、すべてが鮮明だった。
花は思わず、隣のみやびをそっと見た。
みやびが、小さく微笑んだ。
「……見えますか」
「見える」
花は静かに答えた。
「はっきり、見えます」
最近、なんとなく見えやすくなってきていた。気のせいかもしれないと思っていた。でも今、花は確信した。
これは、気のせいじゃない。
女性の霊は、花とみやびを見てから、ふと遠くを見るような目をした。
それから、ゆっくりと両腕を丸めた。
小さな命を抱きしめるような仕草だった。
何も言わなかった。けれど、その腕の形が、その表情が、すべてを語っていた。白くて、小さくて、甘えん坊な犬。どこへ行ってもついてきた、大切な存在。
女性の霊の顔は、その瞬間だけ、ひどく穏やかだった。愛おしさで、くしゃりと崩れそうなほど、柔らかかった。
「ラキ、可愛かったんですね」
花は静かに言った。
女性の霊は答えなかった。
ただ、丸めた腕を、もう一度だけ、そっと抱きしめるように動かした。
それで十分だった。
女性の霊は、静かに歩き始めた。
「ついてきて」
三人で女性の霊の後を追った。
女性の霊は、マンションを出て、静かな住宅街を進んでいった。
花にははっきりと見えた。
みやびにも見えていた。
蓮には見えなかったが、花が「右です」「次の角を左です」と静かに伝えると、黙って従った。
十分ほど歩いたところで、女性の霊が足を止めた。
そこには、こぢんまりとした霊園があった。
花が看板を見ると、「永代供養墓 自動搬送式」と書かれていた。
「ここに、ラキが」
花が訊ねると、女性の霊は静かに頷いた。
蓮がすぐに管理事務所へ向かい、手続きを進めた。不動産屋として書類仕事には慣れていたし、細かいことは何とかなった。
担当者が丁寧に対応してくれて、写真と指輪を小さな布に包んで、ラキの骨壷と一緒に納めてくれた。
花は、その一部始終を静かに見守った。
女性の霊も、花のすぐ隣で、じっとその様子を見つめていた。両腕をまた静かに丸めて、今度はその腕の中に、見えない何かをそっと抱きしめるように。
担当者が「納骨が完了しました」と告げた瞬間、女性の霊が、ふっと息を吐いた。
長い、長い息だった。
何年分もの、緊張と不安と孤独が、一度に溶け出していくような。
花はその横顔を見つめた。
女性の霊の輪郭が、少しずつ、柔らかくなっていくのが分かった。
怒りも、拒絶も、途方に暮れた表情も、すべてが溶けて、ただ穏やかな顔だけが残っていた。
それから、ゆっくりと、その輪郭が光を帯び始めた。
夜の闇に溶けるのではなかった。
温かい、柔らかい光だった。まるで長い間凍りついていたものが、ようやく春の日差しに当たって溶けていくような、そんな光だった。
女性の霊は最後に、花を見た。
言葉はなかった。
ただ、その目が、すべてを語っていた。
ありがとう、と。
やっと、ラキに会いに行けます、と。
光は、静かに、静かに広がって——そして、消えた。
後には、穏やかな空気だけが残った。
花は、しばらくの間、その場所をじっと見つめていて、蓮が、そっと花の隣に並んだ。
「……成仏しましたか」
「はい」
花は微笑んだ。
「ラキのところへ、行きました」
「そうですか」
蓮は静かに頷いた。それから、霊園の空を見上げた。
「……良かったですね。三人一緒に、やっと」
「うん」
花も空を見上げた。
青く、どこまでも澄んだ空だった。
みやびが、花と蓮の間にそっと立った。
その大きな瞳が、柔らかく細められていた。
「お母さんと、ラキと、三人で、ようやく一緒になれましたね」
風が、優しく吹き抜けた。
まるで、返事をするように。
おわり




