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真夜中の迷い猫ラジオ 番外編  作者: ゆもニャ


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2/5

番外編②:物件、見つけました

 あの日、ラジオの深夜営業が静かに幕を閉じてから、三年の月日が流れた。


 花と蓮が正式にバディとなり、現世に紛れ込む怪異たちのお悩みを一つずつ解決し続けた日々。


 サボリが本当の名前を取り戻し、大好きな人の元へと帰っていったあの奇跡の夜。


 古いラジオが姿を消し、ぽっかりと広く空いてしまった棚。


 そのすべてが愛おしい足跡となって積み重なり、気づけば三年が経っていた。


 そしてその間に――二人は、結婚した。


 プロポーズは、ある穏やかな秋の夜のことだった。


 いつものように二人でこたつに足を入れ、温かいお茶を飲んでいたときだ。みやびはいつものようにロフトにいて、足元では猫たちがにぎやかに部屋を走り回っていた。


 湯呑みを置いた蓮が、ふと「花さん」と呼びかけた。


「なんですか」


 花は画面から目を離さずに応じる。


「結婚してください」


 あまりにも自然なトーンだった。花はお茶をもう一口、ズズッと啜ってから言った。


「いいですよ」

「……相変わらず、あっさりしてますね」


 蓮が苦笑する。


「あっさりしてますか」

「してます。でも、俺は花さんのそういう飾らないところが、たまらなく好きです」


 そのとき、ロフトの上から、鈴を転がしたような澄んだ声が静かに降りてきた。


「おめでとうございます」


 二人はハッとして顔を見合わせた。


「みやびさん、聞こえてましたか」


蓮が照れくさそうに上を仰ぎ見る。


「ふふ、聞こえていましたよ」


 みやびはロフトの手すりから顔を覗かせ、嬉しそうに目を細めた。


「最初から、お二人はこうなると思っていました」


 三毛猫のうにが、みやびがはしごを下りてくるのを察知したように、トコトコとはしごの真下へと移動して座る。


 そんな、どこまでも温かくて、いつも通りの夜の出来事だった。


 入籍してからも、しばらくは花のマンションで一緒に暮らした。


 蓮が元々飼っていた猫たち――ラテとモカとルウの三匹も一緒に引っ越してきたため、花の部屋には、合計六匹の猫たちが一堂に会することになった。


 さすがに1LDKにロフトという間取りで、猫六匹と、座敷童子が一人、そして大人二人が暮らすのは、正直なところ「少し手狭」というレベルを超えていた。


 黒白のラテがのあを熱烈に追いかけて部屋をハイスピードで一周し、


 お転婆なルウがのんびり屋のそらの頭を容赦なく踏んづけていき、


 マイペースなモカがうにのお気に入りのベッドを堂々と占領する。


 みやびがロフトからその大騒ぎを「賑やかですねえ」と静かに見下ろすなか、

 当の蓮はといえば、巨大なキャットタワーの隙間に身体を挟まれて動けなくなっている。


 最高に賑やかで、最高に幸せだった。けれど、物理的に狭いものは狭い。


「……蓮さん、そろそろ本気で、もう少し広いお家に引っ越した方がいいかもしれないですね」


 キャットフードのストックを片付けながら花が言うと、蓮はタワーの隙間から這い出てきてニヤリと笑った。


「ずっと、そうおっしゃるのを待ってました。実は俺、もう裏で探してます」


「いつから?」


「結婚する、ずーっと前から」


 蓮はあっさりと、プロの顔で言ってみせた。花は少しだけ呆れつつも、お腹の底が温かくなるのを感じた。


「ふふ、さすが不動産屋さん。手回しが良いですね」


「ふっ、俺の本領発揮です」


 蓮は胸を張った。


「ただ、今回の物件は条件がとにかく色々ありまして。猫六匹がストレスなく走り回れる広さ、みやびさんの専用部屋になる静かな和室、できれば日当たりのいい縁側と小さくても庭、花さんと俺の職場への通勤圏内、そして現実的な予算内、猫たちの脱走防止柵……」


「条件、多すぎませんか?」


「多いです。でも、絶対に見つけてみせますよ。これが俺の本業、一世一代の仕事ですからね」


 蓮が「これ以上ない最高の物件」を執念で見つけてきたのは、それから二ヶ月後のことだった。


 ある日、仕事から帰ってきた花をお出迎えするなり、蓮は「花さん、ついに見つけました」とだけ言って、興奮を隠せない様子でスマートフォンを差し出してきた。


 画面に映し出されていたのは、見事な間取り図だった。


 それは、広々とした庭付きの一軒家だった。しかもほぼ新築。LDKは開放感たっぷりで広く、独立した美しい和室が一部屋あり、その先には見事な縁側が伸びている。庭の片隅には、一本の立派な木が植わっていた。


「新築一軒家……! よくこんな条件の場所が見つかりましたね」


「本当にたまたま、奇跡のタイミングで市場に出てきたんですよ。最近の新築で、これだけ広い縁側を残してある物件なんてまずないですからね」蓮が熱弁を振るう。


「実はこれ、元の施主さんがこだわって建てた直後に、急遽海外への長期転勤が決まってしまって、住めなくなって売りに出されたものなんです。だから、ほぼ完全な新築未入居状態なんですよ。ここの縁側にDIYで猫たちの脱走対策も作りますから安心してください」


「この縁側、本当に素敵。広いですね」


「そうなんですよ。南向きで、一日中ぽかぽかと日当たりが良いんです。俺が初めて内見したとき、ここに誰かがちょこんと座って、のんびり日向ぼっこをしている姿が、あまりにも簡単に想像できて……」


 花は、背後にそっと佇んでいたみやびを見た。

 みやびは小さな身体を乗り出すようにして、花の持つ画面をじっと覗き込んでいた。特に、その陽だまりの縁側の写真を、吸い込まれるように見つめている。


「蓮さん、みやびの部屋、ちゃんと作れそうですか」


 花が訊ねる。


「もちろんです」


 蓮は力強く頷いた。


「独立した和室が一部屋あります。そこを純和風の最高のお部屋に整えれば、完璧なみやびさんの特等席になります。俺、前に約束しましたよね。みやびさん専用のお部屋を作るって」


 みやびが、ハッとしたように顔を上げた。

 大きな瞳が小刻みに揺れている。


「……そんな昔の約束、まだ覚えていてくれたのですか……?」


「忘れるわけないですよ」


 蓮は優しく微笑んだ。


「みやびさんとの約束であると同時に、俺をバディに選んでくれた花さんとの、大切な約束でもあるんですから」


 みやびは、もう一度画面の写真を見つめた。和室、縁側、そして青々とした庭。


 それから、小さな胸をときめかせるようにして、静かに、けれど確信を込めて言った。


「……私、ここが良いです。ここに行きたいです」


「よし、決まりですね!」


 蓮が嬉しそうにガッツポーズをする。


「決まりだね」花も深く頷いた。


 すると、二人の間に茶トラのそらが強引に割り込んできて、肉球でスマートフォンの画面をべちっと踏んづけた。


「あはは、そら、画面が見えないよ。こっちおいで」


 花が抱き上げると、そらは満足そうに花の膝の上で丸くなり、喉を鳴らし始めた。


 それからトントン拍子に契約が進み、新しい家の引き渡し日が決まった。


 段ボールに囲まれながら荷造りをするなか、花はふと手を止めて、長年暮らしたこの1LDKの部屋を見回した。


 このマンションに一人で引っ越してきてから、本当に色々なことがあった。


 頭の中がうるさくて眠れなかった夜。

 みやびが初めてこの部屋に現れた、驚きの日。


 古いラジオに、悪戯好きで可愛い付喪神が移ってきた夜。


 蓮と出会い、初めて一緒に怪異の謎を解いたあの緊張感。


 雨の夜、ベランダでずぶ濡れになっていた子猫たちを六匹一気に保護した、あの大騒動。


 そして――サボリが「コテツ」になって、おばあちゃんの元へ帰っていった、あの愛おしい別れの夜。


 部屋の隅の棚は、あの日から今も少しだけ、広く空いたままだ。


 花は、段ボールを組み立てているみやびの小さな背中を呼んだ。


「みやび。新しいお家に行っても、そらたちのこと、変わらずよろしくお願いしますね」


「もちろんです」


 みやびは振り返り、凛とした顔で頷いた。


「家がどれだけ広くなろうとも、私がこの家の座敷童子であることは、何一つ変わりません」

「それからね」


 花はしゃがみ込んで、みやびと目線を合わせた。


「新しいお家に荷物を運び込むとき、まず真っ先に、みやびのお部屋から整えましょう。引っ越しの初日に、まずあの和室を完成させるの」


 みやびは驚いたように、丸い目をさらに丸くした。


「私の部屋を、一番先に、ですか……?」

「うん、先に」


 花は優しく微笑んだ。


「まずは神様であるみやびが新しい家にしっかり馴染んで、そこを『我が家』として落ち着かせてから、猫たちを順番に入れた方が、きっとみんなも安心すると思うから。それに、みやびを待たせたくないしね」


 みやびはしばらくの間、こぼれ落ちそうなほど優しい瞳で花をじっと見つめていた。


 それから、胸元で小さなおててをぎゅっと握りしめ、嬉しさを噛み締めるように深く、深く頭を下げた。


「……ありがとうございます。花さん、蓮さん」


 足元では、いつの間にかうにが近寄ってきて、みやびの着物の裾に「おめでとう」と言うように何度も頭を押し付けていた。みやびはその愛おしい塊をそっと抱き上げる。


「うに、もうすぐ新しい、とっても広いお家ですよ」


 みやびの腕の中で、うには幸せそうに、ゴロゴロ、ゴロゴロと深く喉を鳴らし続けた。

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