第9話 翼が、ボクの隣で戦い始めた
空港を出た瞬間、世界の壊れ方が変わった。
信号が全部消えていた。幹線道路のど真ん中で車が止まっている。ドアが開いたまま、運転席は空っぽだ。コンビニのガラスが割れて、棚が空になっていた。電柱が一本、根元から倒れて道を塞いでいる。
でも——人がいた。
逃げる人。泣いている人。そして——戦っている人。
交差点の先で、作業着を着た男が魔物と向き合っていた。素手で。ATKがどれほどあるのか知らないが、男の拳が魔物に命中するたびに光が散った。男は一般人だ。でも自衛隊より強い。
(これが——能力覚醒した世界だ)
颯太の後ろで陰山が「やばい」と呟いた。磐は黙って歩いていた。さっきから黙ったままだ。
◆
大通りを北東に進んで10分ほどで、索敵スキルが反応した。
(前方50m——大型、2体)
「止まれ」
颯太が低く言った。全員が止まった。
路地の角から、黒い影が這い出てきた。空港で見たものより一回り大きい。足が六本ある。頭がない。光を吸い込む黒い表面が、ゆっくりとこちらに向かってきた。
小鳥遊めいが悲鳴を上げかけた。橋本七虹が口を塞いだ。
「翼」
颯太は翼だけに聞こえる声で言った。
「右の角から2体目が来る。あと3秒。まず左を頼む」
翼が一瞬颯太を見た。
「……わかった」
翼が前に出た。
魔物との距離が10メートルを切った瞬間、翼が地を蹴った。SPD72——颯太より速い。翼の右拳が魔物の側面に叩き込まれた。
その瞬間、翼の拳から光が散った。
青白い光の粒が飛び散り——魔物の体に亀裂が入った。
「……っ!」
翼が自分の手を見た。指先が青く光っている。UIに新しいスキルが表示されていた。
蒼井翼 STATUS(スキル覚醒)
Lv5
HP:195
ATK:150
DEF:88
SPD:72
スキル:体力強化Lv3 / 打撃強化Lv1【NEW】
「これが……スキルか」
翼が呟いた。
(ATK150。打撃強化込みで——魔物に通る)
颯太は前を見た。右の角から2体目が出てきた。
「翼、右!」
翼が振り返らずに右に踏み込んだ。2体目の魔物の首元に拳を叩き込んだ。また光が散った。魔物が動きを止めた。
颯太は1体目に近づいた。亀裂が入った魔物は動きが鈍っている。ATK22——普段は効かないが、亀裂に叩き込めば違う。颯太はその亀裂に手を当て、全力で押した。
魔物が崩れた。
2体目も翼の連打で動かなくなった。
静寂。
クラスメイトたちが固まって見ていた。誰も声を出さなかった。
「……すげえ」
誰かが呟いた。
翼が颯太の隣に戻ってきた。息が少し乱れていた。
「俺たち、結構いいコンビだな」
「……そうだな」
(そうだ。翼がいれば——詩を守れる確率が上がる)
◆
少し歩いたところで、翼が颯太に並んだ。
「なあ、夜刻」
「なんだ」
「お前、魔物の動きが見えてるよな。索敵スキルだけじゃないだろ」
颯太は少し間を置いた。
「索敵スキルだ」
「……2体目が角から来ること、わかってたろ。索敵で出るのか、そういうの」
「出る」
翼はしばらく黙って歩いた。それから言った。
「……お前、なんか変なんだよな。最初から」
「そうか」
「悪い意味じゃない。ただ——お前だけが、最初から落ち着いてた。空が割れた瞬間から」
颯太は何も言わなかった。
(18回目だから落ち着いてた。でもそれは言えない)
「まあ、どうでもいい。お前が落ち着いてるなら、俺も落ち着いてられる」
それだけ言って、翼は前を向いた。
(こいつは——本当に信頼できる)
◆
休憩のために路地に入った時、詩が颯太の隣に来た。
「さっき、怖かった」
「……ごめん」
「謝らなくていい。守ってくれたんだから」
詩がUIを開いた。颯太は横から覗いた。
日向詩 STATUS
Lv3
HP:45
ATK:8
DEF:10
SPD:15
スキル:共鳴感知Lv1
「「共鳴感知」って何なのか、よくわからないんだけど」
颯太は目を細めた。
(共鳴感知——守護共鳴と関係があるのか。詩のスキルが「感知」系なのは……偶然じゃないかもしれない)
「……詩のスキルは、たぶん重要だ」
「え? なんで?」
「まだわからない。でも——絶対に重要だと思う」
詩が「そっか」と言って、UIを閉じた。それからまた颯太を見た。
「颯太くん、さっきより顔色良くなったね」
「……翼がいると、心強い」
「そうだね」
詩が少し笑った。颯太も、少しだけ笑った。
(一人じゃない。翼がいる。詩がいる。——ボクは、帰れる)
大阪の空はまだ割れている。でも颯太のUIには、東京への道が光り続けていた。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます!
詩のスキル「共鳴感知」。颯太が「絶対に重要だ」と感じた理由は、まだ先の話です。
次話もよろしくお願いします!




