第10話 詩が、なぜかボクのそばにいようとする
2025年6月21日(土)夜 大阪市街・廃墟
廃墟になったビルの一角に、クラスメイトたちが固まっていた。
1階の元オフィス。窓ガラスが割れていたので段ボールで塞いだ。電気はない。蒼井翼が入口の見張りをしてくれている。
颯太はUIを開いて、今日一日のデータを整理していた。
【MEMO(本日更新)】
大阪市街の魔物密度:中〜高
移動速度:徒歩で東京まで推定14日以上
課題:移動手段の確保・食料・負傷者
颯太 Lv12 / 経験値:積み上げ継続中
(14日。長い。でも——詩が生きていれば、時間はかけられる)
ぼんやり考えていると、隣に誰かが座った。
颯太が顔を上げると、詩だった。
部屋の反対側には磐たちがいる。橋本七虹たちも別の隅にまとまっている。颯太がいる場所は端の方で、一番人が少ない。
詩はそこを選んだ。
「ここ、いい?」
「……どうぞ」
詩が颯太の隣に膝を抱えて座った。しばらく黙っていた。それから言った。
「なんか颯太くんのそばだと、落ち着くんだよね」
颯太は固まった。
「なんでだろ。不思議だな」
詩は自分で不思議そうに言って、膝に顎を乗せた。颯太は何も言えなかった。
UIの端に、小さな表示が出た。
【NOTICE】
守護共鳴:Phase 1(初期段階)
対象者が保護者の近傍を自然に選択し始めています
(守護共鳴——始まった。詩は気づいていない。でもループを重ねるごとに、ボクたちの間に何かが積み上がっている)
◆
しばらく沈黙が続いた。
索敵スキルが微かに反応した。遠い。今すぐの脅威ではない。颯太は静かにUIのログを更新した。
と——詩が無意識に颯太の方向へ体を傾けた。
索敵の反応が少し強くなった。颯太が立ち上がろうとした瞬間、詩がすでに颯太の袖を掴んでいた。
颯太は驚いた。詩の方が先に動いていた。
「——こっちだ」
颯太は詩の手を引いて壁際に移動した。10秒後、窓の外を黒い影が通り過ぎた。索敵スキルが「通過」と表示した。脅威なし。
緊張が解けた。
詩が颯太の手を見た。颯太がまだ詩の手を握ったままだということに、二人同時に気づいた。颯太がそっと離した。
「……ごめん」
「ううん」
詩が小声で言った。
「なんで動いたかわかんないんだけど、颯太くんの方に行かなきゃって思って」
(守護共鳴だ。詩の「共鳴感知」スキルが——ボクの動きを先読みしている。詩は気づいていないけど、スキルが反応している)
◆
また沈黙。
今度は詩が口を開いた。
「颯太くんは怖くないの?」
「怖い」
即答した。詩が少し驚いた顔をした。
「……でも動けるじゃん」
颯太は少し考えた。正直に言おうと思った。
「怖い。でも——キミのそばにいたいから、動ける」
言ってから、直接的すぎたと思った。でも撤回できなかった。
詩がしばらく黙った。
「……そっか」
それだけだった。否定もしなかった。肯定もしなかった。ただ「そっか」と言って、また膝に顎を乗せた。
(「そっか」——それだけか。ボクの気持ちを、詩はどう受け取ったんだろう。聞けない。聞く権利がない。まだ何も言っていないから)
ポケットの中の告白メモを、颯太は指先で確かめた。
(全部終わったら言おう。東京に帰れたら。詩が安全になったら。そしたら——ちゃんと言葉にして渡す)
◆
詩がうとうとし始めた。颯太の肩に、少しずつ頭が傾いてきた。
颯太は動かなかった。
(22秒——今はまだ22秒しか守れない。でも、いつか22分になる。22時間になる。そしていつか——ずっと、キミのそばにいられる日が来る)
UIに守護共鳴の表示がまだ光っていた。
颯太はそれを見ながら、今夜だけは——ただ詩の隣にいた。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます!
言葉じゃなかった。詩が颯太の肩を選んだ——それだけで十分でした。
次話もよろしくお願いします!




