第11話 守れた──初めて、詩を守れた
大阪市街・廃墟・戦闘
Lv15になった日のことを、颯太は鮮明に覚えている。
ループを重ねるたびにレベルが上がっていた。Lv10で索敵スキルが強化された。Lv12で経路表示スキルが出た。Lv14でATKが40を超えた。そしてLv15になった今日──UIに新しいスキルが追加された。
STATUS
Lv15
HP:58
ATK:42
DEF:35
SPD:48
スキル:索敵Lv2(半径50m)/経路表示Lv1/回避予測Lv1
回避予測。魔物の次の攻撃方向が0.5秒前にUIに表示されるスキルだ。
(これがあれば──詩の前に立ったまま、攻撃を全部かわせる)
颯太は今回のループで一つだけ試すことを決めた。HPを一度も削られずに22秒守り切る。完璧に守る。
◆
空が割れた。
颯太はすでに動いていた。ベルトを外す。立つ。詩の座席へ走る。詩の前に立った。残り20秒近くある。
索敵スキルが反応した。窓の外、右斜め上──影が来る。
(右上から。前回と同じルートだ)
回避予測スキルが「右上、斜め45度」と表示した。0.5秒前に。颯太は詩を左に引きながら、右腕を斜め右上に向けて構えた。腕が来た。右腕で払った。力の向きを変えた。軌道が外れた。HPが削れなかった。
(1撃目、防いだ)
残り14秒。2撃目の予告が出た。「正面、下から」。颯太は半歩だけ後ろに引いて膝をついた。詩の体を後ろに押しながら。腕が颯太の頭上を通り過ぎた。空振りだった。
(2撃目も──!)
残り8秒。3撃目の予告。「左側面」。颯太は詩の体を右に誘導しながら、自分は左に体を張った。腕が颯太の左肩を──通り過ぎた。
残り3秒。
来なかった。
タイマーが切れた。魔物の腕がゆっくりと窓の外へ引いていった。
22秒が経過した。詩は生きていた。颯太のHPは58のまま、1点も削れていなかった。
機内が静止した。颯太は膝をついたまま、手のひらを見た。
(……守れた)
初めてだった。一度もHPを削られずに守り切ったのは、18回目のループで初めてだった。ループを重ねて、スキルを積み上げて、魔物の動きを18回分覚えて──やっと、ここまで来た。
◆
詩が颯太の腕を掴んだ。目線を合わせるように屈んで、颯太の顔を覗き込んだ。怯えた表情の奥に、驚きと安堵が混じっていた。
「颯太くん……! 今の、すごかった。全部かわしてた。なんで魔物の動きがわかるの?」
颯太は答えられなかった。
(すごくない。18回かかった。18回、詩を死なせた。そのたびに戻ってきて──その末にようやく一度守れた。それだけだ)
「なんで……こんなに、ボクのために動けるの。最初から、ずっと」
詩の声が震えていた。怖かったのだろう。でもそれより、颯太のことを心配している目をしていた。颯太はゆっくりと立ち上がった。
「キミのそばにいたいから──と前に言った」
「……うん」
「それだけだ」
詩がしばらく黙った。颯太は窓の外を見た。大阪が見えていた。機体は伊丹空港へ向かっていた。
ポケットの告白メモが、着陸の揺れでわずかに動くのを感じた。くしゃくしゃの紙。「ボクは、日向詩のことが好きです。付き合ってください」という二行。まだ渡せない。でも──必ず渡す。
(全部終わったら言おう。でも今日だけは、この瞬間を心にしまっておく)
詩がぽつりと言った。
「……ありがとう、颯太」
呼び捨てだった。「颯太くん」ではなく、「颯太」と呼んだ。初めてだった。
颯太は窓の外を向いたまま、その言葉を心の中にしまった。
◆
伊丹空港に着陸した後、廃墟ビルに避難した夜。
颯太はUIのメモを更新した。
【MEMO更新】
・Lv15達成:回避予測スキル取得
・22秒間の完全守護:初成功(HPダメージなし)
・詩が「颯太」と初めて呼び捨て
・次の目標:22秒→22分への移行を次ループで確認
翼が見張りから戻ってきた。
「なんか顔色いいな。何かあったか?」
「……詩を守れた。初めて、HPを削られずに22秒守れた」
翼が少し目を細めた。それから「そうか」と言った。余計なことを言わないのが翼という人間だった。
「翼」
「なんだ」
「ありがとう。一緒に戦ってくれて」
「礼はいらん。俺もこの状況から抜け出したいだけだ」
そう言って翼は見張りに戻った。でも口元が少し緩んでいた。颯太は少し笑った。
目を閉じた。
詩の「ありがとう、颯太」という声が、耳の奥に残っていた。暗がりの中で、颯太はその言葉を何度も反芻した。「颯太くん」ではなく「颯太」。距離が縮まっている。守護共鳴だけじゃない。実際に、二人の関係が変わっている。
(また空が割れたら──また守る。何回でも)
もう一つの目標もある。22秒が次のループでは22分に変わる──それを確認する。22分守れたなら、次は22時間。少しずつ積み重ねていく。
颯太は静かに目を開けた。廃墟の暗がりに、非常灯の緑色の光が落ちていた。詩が毛布にくるまって眠っていた。その横顔が穏やかだった。
守れた。今夜は守れた。それが全てだった。
◆
翌日のループ。颯太は確認した。
詩の生存時間が変わっていた。22秒で来るはずだった魔物が、来なかった。代わりに──22分が経過した後で現れた。
(22秒が──22分になった)
颯太はUIを確認した。
STATUS
Lv15
HP:58
ATK:42
DEF:35
SPD:48
【NOTICE】
詩の生存時間変化:22秒→22分(Lv15達成による更新)
(また22だ。22秒が22分に変わった。次は22時間になる。全部22で繋がっている)
颯太は詩を見た。詩がまだ生きている。22分間、生きている。それだけで──今日は、十分だった。
◆
廃墟の夜は長かった。
クラスメイトたちが思い思いに休んでいた。磐が壁際で膝を抱えていた。陰山が隣で震えていた。橋本七虹と小鳥遊めいが寄り添っていた。清水壮真が腕を組んで目を閉じていた。砂川先生が入口付近で茫然としていた。
颯太は廊下の端で、UIのデータを整理していた。
15回分のループで積み上げたデータ。魔物の行動パターン。22秒という制限時間。詩が常に最初に狙われる理由の手がかり。まだ全部は繋がっていないが、少しずつ像が見えてきている。
(22秒が22分に変わった。次は22時間になる。その次は22日。全部22で繋がっている)
この法則が何を意味するのか、颯太にはまだわからない。でも──意味は必ずある。
外から遠い魔物の唸り声が聞こえた。索敵スキルが「遠距離、脅威なし」と表示した。今夜は安全だ。
颯太はUIを閉じた。詩の横顔を見た。眠っている。穏やかな顔だ。
この顔を守るために、何十回でも戻ってくる。それだけは、変わらない。
朝が来るまで、颯太はそこにいた。
翼が「おはよう」と言った。颯太も「おはよう」と返した。新しい一日が始まった。
読んでくださりありがとうございます!
やっと守れました。18回分の積み重ねが、今日の颯太にありました。
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