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第12話 翼に「ボク、何度もループしてる」と話した

廃墟の隠れ場所・夜


 翼が見張りから戻ってきた深夜、颯太は意を決して声をかけた。


 他の全員が眠っていた。(いわ)の寝息が廊下に漏れ聞こえていた。橋本七虹(はしもとなにこ)が毛布にくるまっていた。清水壮真(しみずそうま)が壁にもたれて目を閉じていた。小鳥遊めい(たかなしめい)が橋本の隣で膝を抱えていた。砂川先生が入口付近で茫然と座っていた。


 詩は颯太の少し離れたところで静かに眠っていた。穏やかな寝顔だった。今日、初めて22分間生き延びた。そのことが颯太にはずっと嬉しかった。22秒から22分。また「22」だ。でも今夜はその数字の謎より、翼に話すことの方が大事だった。


「翼。少し話せるか」


「……ああ」


 翼は表情を変えなかった。廊下の端に移動した。颯太もついていった。非常灯の薄い光の中で、二人は向き合った。


「お前、最初から何かを知ってるよな。俺はずっとそう思ってた」


 颯太は少し驚いた。


「空が割れた瞬間から落ち着いてた。磐たちが震えてる中で、お前だけが別の動き方をしてた。索敵スキルだけじゃ説明できない。何か知ってる」


 颯太は少し考えた。誰かに話したことは一度もなかった。翼以外に話す気もなかった。でも──翼なら、信じてくれる気がした。何十回ものループを重ねて、颯太は翼という人間の信頼性を知っていた。どのループでも翼は冷静だった。どのループでも翼は颯太を見捨てなかった。


「ボクは、この状況を何十回も経験している」


 翼が黙った。颯太は続けた。


「空が割れた瞬間から、ずっとループしてる。詩が死ぬたびに、同じ場所に戻る。記憶もレベルも引き継いで。それがボクの──表示されないスキルだ」


「……何回ループした」


「18回以上。正確な回数は数えていない」


 翼がまた黙って、廊下の壁に背中を預けた。颯太は翼の顔を見た。否定も肯定もしていない。ただ考えている顔だった。しばらく経ってから、翼が言った。


「詩が毎回死ぬのは、なぜだ」


「まだ全部はわからない。でも設計されてる。22秒というタイマーで詩だけが狙われる。偶然じゃない。詩の頭部に人工物のデジタル信号があることも確認した。詩の父親が関係しているかもしれない」


「……チップか」


「詩から聞いたのか?」


「ちらっとだけ。幼い頃に頭を打って、お父さんが作ったチップで補ってるって言ってた。もしかしてと思ってた」


 颯太は少し驚いた。詩が翼にも話していたとは思っていなかった。


「そのチップが──魔物が詩を狙う理由と繋がってると思ってる」


「詩さんには言ったのか」


「まだだ。確証がない。でもいつか話さなければいけない」


 翼が「そうか」と言った。長い沈黙の後、翼が口を開いた。


「わかった。お前の話を信じる」


「……なぜ」


「お前が嘘をつく理由がない。それに──お前が最初から落ち着いてたのは、そういうことか、と思ったら腑に落ちた。何かが変だとずっと感じてたから」


 颯太は少し肩の力が抜けた。


「ありがとう」


「礼はいい。お前、ずっと一人で戦ってたのか」


 颯太は黙った。翼が続けた。


「それは……しんどかっただろう」


(しんどかった。でも──それ以外に選択肢がなかった)


「今はお前がいる。それで十分だ」


「何が必要だ」


「今は変わらず翼に戦ってほしい。でもいつか──詩の父親に関する情報が出た時に、一緒に考えてほしい」


「ああ。いつでも聞く」



 翼が見張りに戻った後、颯太は廊下の端に一人で座った。


 非常灯の緑の光が、薄暗い廊下を照らしていた。外から遠い魔物の唸り声が聞こえたが、索敵スキルは「遠距離、脅威なし」と表示していた。今夜は安全だ。


 ループのことを話した。信じてもらえた。それだけのことなのに、颯太は体が軽くなった気がした。18回分の孤独が、少しだけ薄まった気がした。


 颯太は詩の寝顔を見た。詩は何も知らない。ループのことも。チップのことも。颯太が何十回も戻ってきたことも。でも──翼は知った。これからは二人で考えられる。二人で調べられる。


(一人じゃない。翼がいる。それだけで──少し、前に進める気がした)


 颯太はUIのメモに一行書き足した。


【記録】

翼にループを打ち明けた。信じてもらえた。一人じゃなくなった日。


 颯太はUIを閉じた。窓の外、大阪の空に亀裂が走っている。でも今夜は、それが少しだけ遠く見えた。


 告白メモをポケットで確かめた。くしゃくしゃの、四つ折りの紙。「ボクは、日向詩のことが好きです。付き合ってください」という二行。まだ渡せない。でも──必ず渡す。全部終わったら。


 翼と話した夜から、颯太には新しい目標が生まれた。詩の父親・日向仁に接触すること。チップの真実を解明すること。詩が毎回狙われる理由を突き止めること。それが颯太の、次のループへの課題だった。


 一人じゃない。翼がいる。


 それだけで、明日も前に進める気がした。颯太は目を閉じた。詩の寝息が、静かに聞こえていた。




 翌朝。


 颯太が目を開けると、詩がすでに起きていた。壁際に座って膝を抱え、窓の外の大阪を見ていた。亀裂の入った空。崩れた街並み。それでも詩は怯えた顔をしていなかった。


「颯太、おはよう」


「……おはよう」


「昨夜、翼と何か話してた?」


 颯太は少し考えた。


「……大事なことを話した」


「何を?」


「……いつか全部話す。今はまだ言えない部分がある」


 詩がしばらく黙った。それから「うん」と言った。追い詰めなかった。ただ受け入れた。それが詩という人間だった。


「颯太が言えるようになったら聞く。あたしは待てる」


(待てる──その言葉が、なぜか胸に刺さった)


 颯太はポケットの告白メモに触れた。


(全部終わったら言う。詩が待ってくれているなら、なおさら、全部終わらせなければならない)


 翼が「今日の経路を確認した」と言いながら戻ってきた。三人で出発の準備を始めた。


 昨夜と今朝のことが、颯太の中で一つになった。翼が仲間になった。詩が待ってくれると言った。一人じゃない。


(必ず解決する。必ず全部終わらせる)


 颯太は前を向いた。


 その日の夜、颯太は改めてUIのメモを整理した。


【現在の課題一覧】

・詩の父親・日向仁への接触

・NEXT研究センターの場所の特定

・チップと魔物行動の因果関係の解明

・「22」という数字の意味の解明


 四つの課題。どれも一人では難しかった。でも翼がいる。翼に全部話した今、二人で取り組める。


 颯太は窓の外を見た。大阪の夜空に亀裂が走っている。その向こうに、東京がある。帰れる。必ず帰れる。詩と、翼と、クラスメイト全員で。


 そのためにボクは何十回でも戻ってくる。


 颯太は告白メモをポケットで確かめて、目を閉じた。


 朝が来た。翼が「行くぞ」と言った。颯太は頷いた。一人じゃない。その感覚を胸に、颯太は立ち上がった。


 大阪の夜が明ける。颯太は一人じゃない。翼がいる。詩が「颯太」と呼んでくれる。それだけで十分だ、今は。


 颯太は静かに目を閉じた。一人じゃない。翼がいる。その事実だけが、今夜の颯太には十分だった。大阪の夜が、静かに続いていた。

読んでくださりありがとうございます!


翼に話しました。信じてもらえました。一人じゃなくなった日。


面白いと思っていただけたら、ブックマークと評価をいただけると励みになります。次話もよろしくお願いします!

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