第8話 まず東京へ帰る——UIが俺の唯一の武器だ
ターミナルの自動ドアは、電気が落ちていて開かなかった。
翼が体当たりで強引にこじ開けた。クラスメイトたちがぞろぞろと中に入った。颯太は最後に入って、後ろを確認した。魔物の影は——今のところ、遠い。索敵スキルが反応していない。
(10分……いや、もう少しある。急ぐ必要はない。でも長居もできない)
ターミナルの中は薄暗かった。非常灯の緑色の光だけが、長い廊下を照らしていた。売店のシャッターが半分開いたまま止まっている。どこかで赤ちゃんが泣いている声がした。空港スタッフの姿は見えない。
橋本七虹が「怖い」と呟いた。小鳥遊めいが橋本の腕にしがみついた。
後方から磐の声が聞こえた。さっきまで床で震えていたくせに、少し落ち着いたらしい。
「おい、食い物確保しろよ。どうせしばらく動けないだろ。夜刻、お前はどうすんだ」
(また仕切りたがってる。でも——今回は間違ってない)
颯太は振り向かずに答えた。
「翼、売店を頼めるか。水と食料を優先で」
「わかった」
翼がすぐに動いた。磐が「俺が言ったんだけど」と言いかけた。でも翼がすでに動いていたので、磐は黙った。
◆
颯太はターミナルの窓際に座り、UIを開いた。
ここ数回のループで経験値が積み重なっていた。
STATUS
Lv10
HP:38
ATK:22
DEF:18
SPD:31
スキル:索敵Lv2(範囲:半径50m)/経路表示Lv1
(Lv10——新しいスキルが出た。「経路表示」。地図が出る)
颯太はスキルを起動した。視界の端に、薄い光の地図が広がった。
伊丹空港の位置。大阪市街。魔物の密集地点が赤く示されている。そして——東京方向への経路。新幹線は使えない。高速道路は魔物が多い。でも国道沿いに北東へ進むルートが一本、比較的薄い反応を示していた。
(歩いて東京は無理だ。でも——移動手段を確保すれば行ける。まず大阪市内に出る。そこから車か、別の移動手段を探す)
颯太は翼が戻ってくるのを待ちながら、経路をUIのメモに書き写した。
これがボクの唯一の武器だ、と颯太は思った。
(ATK22では魔物に大したダメージを与えられない。SPD31ではまだ逃げ切れない場面もある。でも——このUIがある限り、ボクはデータを持っている。情報が武器になる)
◆
翼が水とパンを持って戻ってきた。クラスメイトたちに配られた。
颯太は全員が落ち着いたタイミングで立ち上がった。担任の砂川がベンチに座ったまま顔を上げた。
「みんなに話したいことがある」
振り向いた顔の中に、磐もいた。磐は何も言わなかった。
「UIに経路が表示されている。大阪市内を抜けて、東京方向へ進めるルートがある。今すぐは無理でも——動ける準備を整えて、東京を目指したい」
しばらく誰も口を開かなかった。
清水壮真が言った。
「東京まで、どれくらいかかる」
「わからない。でも——止まっていても状況は変わらない」
砂川が立ち上がった。颯太の方を見た。目が赤かった。
「夜刻……頼む。先生には、もう……」
砂川は最後まで言えなかった。颯太は短く頷いた。
(頼まれたからやるんじゃない。でも——頼んでくれたことは、受け取った)
◆
準備をしている間、詩が颯太の隣に来た。
「肩、見せて」
「え?」
「さっき魔物に当たったでしょ。シャツが破れてる」
颯太は自分の肩を見た。制服のジャケットが裂けていた。その下の皮膚が赤くなっていた。HPが回復するにつれて痛みは薄れていたが、外傷は残っていた。
「大丈夫だ」
「大丈夫じゃないよ」
詩が持っていたハンカチで颯太の肩を押さえた。颯太は少し固まった。
「……ありがとう」
詩がふと、颯太を見上げた。
「ねえ、颯太くん。聞いていい?」
「……なんだ」
「なんで颯太くんは、そんなにボクのことが気になるの」
颯太は答えられなかった。
(なんでって——18回分の理由がある。キミが初めて死ぬ瞬間から、ボクはずっとキミのそばに戻ってきた。でもそれは言えない。今は、まだ言えない)
「……気になるから、気になる」
自分でも情けない答えだと思った。詩は少し笑った。
「なにそれ」
「……ごめん」
詩が「別に」と言って、もう一度肩を押さえた。その手が温かかった。
(全部終わったら言おう。帰れたら——東京に帰れたら、ちゃんと言う)
◆
出発の準備が整った。颯太はUIの経路を確認した。
翼が颯太の横に立った。
「行けるか」
「行く。……お、俺たちなら」
言いかけて、颯太は止まった。翼が少し目を細めた。
「今、「俺」って言いかけたな」
「……言ってない」
「言いかけた」
颯太は黙った。翼は笑わなかった。ただ、前を向いた。
「どっちでもいい。行こう」
颯太は頷いた。
ターミナルの外、大阪の空に亀裂が走っている。でもUIには、東京への道が光っている。
(UIが唯一の武器だ。情報があれば——帰れる)
颯太は歩き始めた。詩と翼を連れて、崩壊した世界の中を。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます!
「気になるから、気になる」——18回分の理由があるのに、それしか言えない颯太です。
次話もよろしくお願いします!




