第7話 那覇には行けず、東京にも帰れない
ループ18回目。
颯太はLv8になっていた。
STATUS
Lv8
HP:28
ATK:15
DEF:12
SPD:22
スキル:索敵Lv1(範囲:半径20m)
(SPD22。ようやく詩の前に立てる速さになった)
今回のループで、颯太は一つだけ試すことを決めていた。
(詩を、22秒間生き延びさせる)
◆
空が割れた。
颯太はすでに動いていた。ベルトを外す——1秒。立つ——0.5秒。詩の座席まで走る——SPD22なら2秒。
詩の前に立った。残り18秒。
索敵スキルが反応した。窓の外、斜め上方——影が来る。
(右から。前回と同じルートだ)
颯太は詩と窓の間に体を割り込ませた。
「颯太くん——!?」
後方から磐の声が聞こえた。
「あ? 夜刻何やってんだ。ビビって動き回ってんじゃねえよ、邪魔くせえ——」
その瞬間、窓が砕けた。
黒い腕が機内に侵入した。陰山が「ひっ」と声を上げて座席の下に潜り込んだ。磐は——一瞬で顔から血の気が引き、その場に尻餅をついた。
(さっきまで偉そうにしてたくせに)
颯太はその一瞬すら観察する余裕はなかった。両腕で黒い腕を受けた。ATK:15——弾き飛ばす力はない。でも軌道を逸らすことはできる。
腕が詩の頭部から外れ、颯太の肩を掠めた。激痛。
STATUS(戦闘中)
HP:28→19 ダメージ:9
(まだ動ける)
残り14秒。
2撃目——下から。
(新しい動き——!)
反応が遅れた。腕が颯太の腹に直撃した。颯太の体が浮いた。それでも詩の背に手を当て、壁と詩の間に自分の体を押し込んだ。背中を壁に打ちつけながら——詩を庇った。
STATUS(戦闘中)
HP:19→6 ダメージ:13 残HP:6
(HP6。あと一撃来たら死ぬ。でも——残り何秒だ)
残り8秒。
颯太は詩の前に再び立った。膝が震えていた。腹の痛みが重かった。それでも前を向いた。
「颯太くん、もういい——逃げて!」
詩が叫んだ。
「逃げない」
颯太は答えた。
3撃目が来る——颯太は歯を食いしばった。
来なかった。
黒い腕の動きが、止まった。
颯太は目を細めた。腕は颯太の目の前で——まるでタイマーが切れたように、ゆっくりと窓の外へ引いていった。窓の亀裂はまだある。でも魔物は、消えた。
機内が完全に静止した。
「……いなくなった?」
誰かが呟いた。
颯太はUIを確認した。
【LOG】
魔物行動停止:10:29:44 経過時間:22秒
→ 22秒タイマー終了で撤退。日向詩・生存確認
(22秒が経過したから撤退した。詩を倒せなかったから諦めたんじゃない。タイマーが切れたんだ。この魔物には——22秒という制限時間が設定されている)
颯太の膝が床についた。力が抜けた。腹と肩が痛い。でも詩は——生きていた。
静寂の中で、最初に動いたのは詩だった。
「颯太くん——!」
詩が颯太の肩を掴んだ。颯太を支えようとした。目に涙が光っていた。
次の瞬間、機内があちこちから声を上げた。
「……夜刻が、守ったのか」
「あいつ、最弱のステータスなのに……」
「HP6になってる。2回も直撃受けて、それでも——」
清水壮真が颯太を見て、短く言った。
「……すごいな、夜刻」
橋本七虹が震える声で言った。
「ありがとう……日向さんを守ってくれて」
颯太は何も言わなかった。
(褒められても、嬉しくない。今回は守れた。でもボクが守れたんじゃない——22秒のタイマーが切れただけだ。本当の意味で守れるようになるのは、まだ先だ)
後方で、ごとりという音がした。
颯太が振り返ると——磐が座席の間の通路に座り込んでいた。顔が真っ白だった。さっきまで大声で笑っていた男が、両膝を抱えて小さくなっていた。
「お、俺は……俺のステータスはHP120で……なのに……なんで夜刻が……」
陰山は座席の下から出てくることすらできず、ただ「助けてください」と繰り返していた。
颯太は磐を見た。
(……大丈夫か)
笑っていた奴が、膝を抱えて震えている。それを見て颯太が最初に思ったのは、怒りでも優越感でもなかった。ただ——あの恐怖に、誰だって耐えられるわけじゃない。
颯太には18回分の免疫がある。磐には、これが初めてだ。
(それだけの話だ)
颯太は前を向いた。
「大丈夫……大丈夫だ」
颯太は詩に言った。詩が頷いた。
機体は、大阪へ向かっていた。
◆
機内放送が流れた。
「こちら機長です。現在、機体の安全確保のため大阪・伊丹空港に緊急着陸を行います。全員シートベルトを着用し、姿勢を低くしてください」
窓の外に大阪の街が見えてきた。あちこちで空に亀裂が走っている。颯太の索敵スキルが空港周囲の魔物の影を拾い始めた。
(着陸したら終わりじゃない。ここからが本番だ)
◆
衝撃。機体が止まった。時刻を確認した。
(10時44分22秒——また、22だ)
颯太は一瞬目を閉じた。着陸時刻まで22。もう驚かない。でも確認せずにいられない。
非常口が開いた。颯太は詩の手首を掴んだ。
「ボクの近くにいて」
詩が頷いた。
◆
滑走路に降り立った瞬間、颯太は空を見上げた。大阪の空は、東京よりひどかった。亀裂が縦横無尽に走り、黒い影が幾つも這い出している。
クラスメイトたちが立ち尽くした。担任の砂川は蒼白な顔でUIを見たまま、何も言えなかった。
「……先生、どうしましょう」
橋本が声をかけた。砂川は答えられなかった。
颯太は一歩前に出た。
「まず建物に入ろう。外は危ない。それから考える」
磐が何か言いかけた。でも——声が出なかった。
颯太の隣に、誰かが並んだ。
「俺も行く」
蒼井翼だった。
蒼井翼 STATUS
Lv1
HP:74
ATK:62
DEF:55
SPD:58
スキル:体力強化Lv2
「最弱のステータスが前に出てるなら、俺が後ろを固める」
(笑わなかった。最弱と言いながら——馬鹿にしていない。こいつは、信頼できる)
「頼む」
詩が颯太の後ろに。翼が颯太の隣に。
那覇には行けず、東京にも帰れない。大阪の空の下で、颯太は歩き始めた。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます!
笑っていた奴が震えている。颯太が最初に思ったのは「大丈夫か」でした。それが颯太です。
次話もよろしくお願いします!




