第4話 ループ4回目
空が、割れた。
4回目だ。颯太は体が硬直するより先に動いた。
ベルトを外す。2秒。立つ。1秒。詩の座席に向かって走る——残り19秒。
(今回は違う。前回より速く動けた。詩の前に立てる)
悲鳴が機内に広がる。磐が何か叫んでいる。陰山がパニックで泣いている。どうでもいい。颯太の目には詩の座席しか見えていない。
残り15秒——詩の隣の清水がよろけた。その体が邪魔になった。颯太は肩で押しのけて詩の前に立った。
「颯太くん……?」
詩が颯太を見上げた。怯えた顔の中に、困惑が混じっていた。当然だ。この子には何も説明していない。説明する時間もない。
(残り8秒)
颯太は詩の前に立ったまま、UIを開いた。
STATUS
Lv1
HP:1
ATK:1
DEF:1
SPD:1
スキル:なし
(全部1。わかってる。でも——今回は少し違う動きができた。それで経験値が変わるかもしれない)
窓の外に、黒い影が見えた。
来る。
(残り3秒。詩の前に立っている。今回は間に合った。あとはボクが壁になれば——)
◆
壁には、なれなかった。
魔物の腕が窓を砕いた瞬間、颯太はその速度を初めて正確に認識した。SPDの数値が頭の中でフラッシュした。あれは100どころじゃない。500は超えている。
颯太のSPD:1では、視認してから体を動かすことすら間に合わない。
黒い腕が颯太の体を払った。文字通り、払った。虫を追い払うような動作で。それだけで颯太は3メートル吹き飛んだ。背中から通路の壁に激突した。息が止まった。視界が暗くなった。
(……また、届かない)
床に落ちた。膝と掌をついた。頭を上げた。
詩の座席を見た。
黒い腕は、まだそこにあった。詩の体を掴んだまま、動いていなかった。まるで「確認」するように。ただそこに在るように。
「……颯太、くん」
詩の声が聞こえた。
細い声だった。颯太の名前を呼んでいた。颯太を見ていた。怯えていなかった——ただ、颯太のことを心配しているような目をしていた。
(違う。ボクを心配しなくていい。ボクは——)
詩の目が、閉じた。
それだけだった。声も、抵抗も、何もなかった。ただ静かに、詩の体から力が抜けた。黒い腕が消えた。詩は座席の上で、眠るように俯いた。
颯太は床の上で、動けなかった。
骨が折れているかもしれない。右腕が痛い。息をするたびに胸が痛む。でもそんなことはどうでもよかった。
(また、死んだ)
4回目だ。4回目なのに、慣れない。慣れてたまるか。
その時、颯太は気づいた。
ポケットが、軽かった。
床を見た。白いルーズリーフが、通路に落ちていた。魔物に弾き飛ばされた時に出たのだ。四つ折りの、くしゃくしゃの紙。
告白メモだ。
誰かの足が踏んだ。逃げ惑う乗客の足が、また踏んだ。紙が床に押しつけられた。
(……)
颯太は這いずって、その紙に手を伸ばした。右腕が痛む。それでも指先が紙の端に触れた。
拾えなかった。
また誰かが踏んだ。今度は破れた。半分になった紙の片方が、風に飛ばされた。
(ボクは、日向詩のことが好きです——)
颯太は目を閉じた。
そこで、UIの通知が来た。
NOTICE
スキル発動:死に戻り
リセット地点へ移行します
白くなる直前、颯太は一つだけ確認した。
経験値:11/100。
(前回の3から、11に増えた。今回は詩の前に立てたから。詩の名前を呼べたから)
◆
5回目。
また同じ場所。また青い空。また詩が隣にいる。
ポケットの中に、告白メモがある。
ここに戻るたびに、メモは元に戻っている。破れていない。踏まれていない。四つ折りのまま、ポケットの中にある。
(ここだけは、どんなに壊れても元に戻る)
颯太はそれを確かめて、ゆっくりと息を吸った。
経験値11。Lv2まで89必要。22秒を使い切るごとに、少しずつ増えていく。
(何回必要だ。100まで積み上げるのに、あと何回詩を死なせる)
その問いに、答えは出ない。でも颯太には、もう迷いがなかった。
何十回でも、何百回でも。
詩の横顔を見た。文庫本を閉じたところだった。颯太と目が合った。
「颯太くん、なんか……ずっとボクのこと見てるね」
颯太は少し驚いた。そして、少しだけ笑った。
「……ごめん」
「ううん、別に。なんか、頼もしいなって思って」
(頼もしい——今のボクが? ATK:1のボクが?)
可笑しかった。でも笑えなかった。
(必ず、そう思わせてみせる。頼もしいだけじゃなく——本当に守れる自分に、なってみせる)
空が割れる一秒前。颯太はポケットの告白メモを握りしめた。
まだ言えない。
でも——絶対に言う。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます!
「頼もしいなって思って」——ATK:1の颯太に言った詩の一言。いつかその言葉を本物にする日が来ます。
次話もよろしくお願いします!




