第3話 ループ3回目
3回目だ、と颯太は思った。
窓の外の空が青い。隣に詩がいる。ポケットに告白メモがある。全部同じ。全部、また同じだ。
でも——今回は、少し違うことをする。
颯太はUIを開いた。前の2回は困惑して眺めるだけだったが、今度は違う。理系の頭を使う。これはデータだ。読み解ける情報だ。
STATUS
Lv1
HP:1
ATK:1
DEF:1
SPD:1
スキル:なし
(HP:1——つまりボクは一撃で死ぬ。ATK:1、DEF:1、SPD:1——全部最低値。でも「1」は「0」じゃない。ゼロじゃないなら、上がる余地がある)
颯太は時計を確認した。10時29分21秒。
1秒後に、空が割れる。
そして——22秒後に、詩が死ぬ。
(22秒。何ができる)
頭の中でシミュレートした。ベルトを外すのに約3秒。立ち上がって体勢を整えるのに2秒。詩の席まで最短ルートで4秒。魔物が出現する窓までの距離と迎撃に必要な攻撃力——
(無理だ。ATK:1では魔物に傷ひとつつけられない)
答えは出ていた。今のステータスでは、何をしても詩を守れない。でも——颯太はその結論を、前の2回とは違う目で見ていた。
(「今は」無理なだけだ)
◆
空が割れた。
3回目でも悲鳴は怖い。揺れは体に堪える。それでも颯太の目は、パニックの機内を観察していた。
クラスメイトたちがステータスを確認し合う。磐が大声で自分の数値を叫んでいる。陰山が颯太のUIを覗きに来る前に、颯太はUIを閉じた。
(どうせ笑うだろ。見せる必要はない)
その代わり——颯太は詩を見た。
窓の外の異形が、詩の方へ向かっている。まだ見えない。まだ窓の向こうだ。でも颯太には、それが来ることがわかっている。2回見たから。
(来る。あと15秒で、あの黒い腕が窓を破る)
颯太はベルトを外した。立った。機体が傾く前に通路に出た。前回より1秒早い。
詩の座席まで走った。隣の清水が「え」と声を上げた。颯太は構わず、詩の前に立った。
詩が颯太を見上げた。
「颯太くん……? どうして——」
颯太は答える余裕がなかった。窓を見ていた。
来る。
来る——。
黒い腕が窓を砕いた。颯太は体を張った。詩をかばうように両腕を広げた。
そして——
HP:1。
触れた瞬間に、颯太は弾き飛ばされた。紙切れのように。壁に叩きつけられた。息ができない。視界が歪む。骨が折れた感覚がある。
それでも颯太は詩を見た。
黒い腕は颯太を弾いた後、また詩に向かっていた。
(——届かなかった)
「颯太くん!」
詩の声が聞こえた。颯太の名前を呼んでいた。
そのまま——詩の声が止まった。
颯太は床の上で、目を閉じた。体が動かない。詩が死んだ音が、耳の奥に残っていた。
(ボクが弾き飛ばされるのに0.3秒もかからなかった。ATK:1では、体を張っても意味がない。壁にしかなれない。それも、紙の壁だ)
怒りが来た。
詩への怒りじゃない。魔物への怒りでもない。自分自身への怒りだ。こんなステータスで何ができると思っていたのか。こんな数値で詩を守れると思っていたのか。
NOTICE
スキル発動:死に戻り
リセット地点へ移行します
白くなる前に、颯太は一つだけ数字を確認した。
レベルアップの経験値ゲージ。わずかだが、動いていた。
(……増えてる)
◆
4回目。
また同じ場所。また同じ青空。また詩が隣にいる。
颯太はUIを開いた。
STATUS
Lv1
HP:1
ATK:1
DEF:1
SPD:1
スキル:なし
経験値:3/100
(3。今回の行動で3入った。じゃあ100集めればLv2になる。Lv2になれば何が変わる。どこまで上がれば詩を守れる——)
颯太の頭が、静かに回り始めた。
プログラミングをやっていてよかった、と初めて思った。これはループするアルゴリズムだ。毎回少しずつ変数を変えて、最適解を探す。今は初期値が最悪なだけだ。繰り返せばいい。何度でも繰り返して、最適な行動を積み上げればいい。
(ただし——詩が死ぬたびに、ボクは詩の死に慣れていく)
それだけが、怖かった。
詩の声が止まる瞬間に、慣れたくなかった。詩の肩が冷たくなる感触に、慣れたくなかった。何十回繰り返しても、それだけは慣れてはいけないと思った。
(慣れたら——ボクはもう、戻ってくる意味がない)
颯太はポケットの告白メモを握りしめた。
空が割れる一秒前。詩がふと颯太を見た。
「颯太くん、なんか顔色悪いよ? 大丈夫?」
颯太は少しだけ笑った。
「大丈夫。……ちょっと考えごとしてた」
(大丈夫じゃない。でも——キミに心配させたくない。今だけでいい。あと一秒だけ、笑っていてほしい)
詩が「そっか」と言って、また窓の外を見た。
颯太はその横顔を、目に焼き付けた。
笑っている。温かい。まだ、生きている。
(必ず守る。何十回かかっても。何百回かかっても)
空が割れた。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます!
ループをアルゴリズムとして捉える颯太。でも「詩の死に慣れてはいけない」だけは、数式にならない。そこが好きです。
次話もよろしくお願いします!




