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第2話 「詩、ボク——」——言いかけた瞬間に、また空が割れた

 窓の外の空が、青い。


 10時29分21秒。


 颯太は自分の手のひらを見た。震えていない。ポケットの中には、告白メモがある。隣の22Bには、日向詩(ひなたうた)が座っている。


 さっきと、全部同じだ。


(ボクは……戻ってきた)


 夢じゃない。記憶がある。詩が死ぬ瞬間の感触が、まだ手のひらに残っている。魔物が這い出てくる空の映像が、目の奥に焼きついている。


 そして——1秒後に、また同じことが起きる。



 空が割れた。


 2回目だから、今度は少しだけ心構えがあった。それでも体が硬直する。本能というのは正直だ。


 悲鳴。揺れ。酸素マスク。


 そして——機内の全員の視界に、文字が浮かんだ。


 颯太にはわかった。みんなに見えている。自分のステータスが。


 誰かが叫んだ。


「なんだこれ! 数字が見える!」


「ステータス? ゲームみたいな……」


「HP、ATK、DEF、SPD……スキルまである!」


 機内がざわめいた。恐怖と混乱の中に、奇妙な興奮が混じり始めた。魔物が窓の外を飛んでいるというのに、クラスメイトたちは自分のステータスを確認し合っていた。


清水(しみず)、お前いくつだった?」


「HP78! ATK55! スキル:索敵——なんかすごくね?」


 颯太は自分のUIを見た。


STATUS

Lv1

HP:1

ATK:1

DEF:1

SPD:1

スキル:なし


 全部、1。スキルは、なし。


 後方から声が飛んできた。


夜刻(よとき)、お前いくつだよ。見せろよ」


 (いわ)だった。颯太が黙っていると、隣の陰山(かげやま)が覗き込んで、素っ頓狂な声を上げた。


「……全部1? スキルなし? えっ、マジで?」


 磐が腹を抱えた。


「はーっ! お前それゴミじゃん。全部1て何なの。俺HP120なのに」


「ATK1って、素手でも出るじゃないすか普通」と陰山。「もしかして最弱なんじゃないですか、クラスで」


 笑い声が上がった。機内が揺れている最中でも、あいつらは笑える。


 颯太は答えなかった。


(いい。笑っていればいい。今はそれよりも——)


 詩を見た。詩は両手を膝の上で握りしめ、窓の外の魔物を見つめていた。怯えた横顔。ガラス越しに異形の影が動いている。


(あと何秒だ)


 颯太は立ち上がろうとした。座席ベルトが締まっている。外そうとするが、揺れで手が滑る。


(間に合う。今回は間に合う。詩の前に立てれば——)


 ベルトが外れた。立った瞬間、機体が大きく傾いた。颯太は通路に投げ出された。膝をついて、それでも詩の座席に向かって手を伸ばした。


 詩が颯太に気づいて、目を丸くした。


「颯太くん——」


 その瞬間、窓が砕けた。


 外から黒い腕のようなものが機内に侵入した。人間の腕ではない。関節がない。光を吸い込むような、深い黒。それが一直線に——詩に向かった。


 速すぎた。


 颯太の手が届くより先に、それは詩の体を掴んだ。


「——っ!」


 詩が息を呑んだ。


 声にならない声。座席ベルトが引きちぎられる音。颯太は伸ばした手のまま、床の上で固まった。


 詩の体が、ゆっくりと傾いていった。


 魔物の腕は消えていた。ただ、詩が——座席の上で俯いていた。肩が、動いていない。


「詩……?」


 颯太は立ち上がり、詩の肩に触れた。


 冷たかった。


 ほんの数秒前まで、そこに温度があったはずなのに。颯太が最後に見た詩の顔は、驚いた表情のままだった。颯太を見て、目を丸くしたまま——止まっていた。


(詩が……死んだ)


 頭ではわかっている。2回目だから、わかっているはずだった。


 でも——手が震えた。


 膝が、床についた。


 機内の悲鳴が遠くなった。揺れも、魔物の声も、磐の怒鳴り声も、全部遠くなった。颯太の世界には、冷たくなった詩の肩と、止まった時間だけがあった。


(守れなかった。また、守れなかった)


NOTICE

スキル発動:死に戻り

リセット地点へ移行します


 世界が、白くなった。



 颯太は、同じ場所にいた。


 座席22A。ポケットの中の告白メモ。10時29分21秒。


 3回目だ。


 颯太はゆっくりと目を閉じた。さっきの詩の横顔が瞼の裏に焼きついている。驚いたまま止まった表情。冷たくなった肩の感触。


 頭の中で数字を数える。1、2、3——22。


(22秒だった。詩が死ぬまで、ちょうど22秒)


 偶然かもしれない。でも颯太の脳が、その数字を離さなかった。


 22秒。座席ベルトを外して立ち上がるのに最低でも5秒かかる。機体が傾いてから詩の席までの距離は4秒。魔物が詩を狙うまでの猶予は——足りない。全然足りない。


(今のボクには、守れない)


 その事実が、颯太の腹の底に静かに落ちた。怒りとも悲しみとも違う、冷たくて重い何か。


 でも——。


(強くなれば、いい)


 UIを見た。全部1。スキルなし。クラスで笑われた最弱のステータス。


 でも——ボクだけが知っている。このUIに表示されていない、もう一つの力のことを。


 何度死んでも戻ってくる。戻るたびに、少しずつ強くなる。


 磐は笑った。陰山も笑った。


(覚えておけ)


 颯太は静かに目を開いた。詩の横顔を見た。まだ笑っている。まだ温かい。10時29分21秒、空が割れる一秒前。


 今は、守れない。


 でも——必ず守れるようになる。


(ボクが弱いのは、今だけだ)

ここまで読んでくださり、ありがとうございます!

「冷たかった」——この一言に全部込めました。何度でも慣れないまま戻ってくる颯太を、見届けてください。

次話もよろしくお願いします!

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