第2話 「詩、ボク——」——言いかけた瞬間に、また空が割れた
窓の外の空が、青い。
10時29分21秒。
颯太は自分の手のひらを見た。震えていない。ポケットの中には、告白メモがある。隣の22Bには、日向詩が座っている。
さっきと、全部同じだ。
(ボクは……戻ってきた)
夢じゃない。記憶がある。詩が死ぬ瞬間の感触が、まだ手のひらに残っている。魔物が這い出てくる空の映像が、目の奥に焼きついている。
そして——1秒後に、また同じことが起きる。
◆
空が割れた。
2回目だから、今度は少しだけ心構えがあった。それでも体が硬直する。本能というのは正直だ。
悲鳴。揺れ。酸素マスク。
そして——機内の全員の視界に、文字が浮かんだ。
颯太にはわかった。みんなに見えている。自分のステータスが。
誰かが叫んだ。
「なんだこれ! 数字が見える!」
「ステータス? ゲームみたいな……」
「HP、ATK、DEF、SPD……スキルまである!」
機内がざわめいた。恐怖と混乱の中に、奇妙な興奮が混じり始めた。魔物が窓の外を飛んでいるというのに、クラスメイトたちは自分のステータスを確認し合っていた。
「清水、お前いくつだった?」
「HP78! ATK55! スキル:索敵——なんかすごくね?」
颯太は自分のUIを見た。
STATUS
Lv1
HP:1
ATK:1
DEF:1
SPD:1
スキル:なし
全部、1。スキルは、なし。
後方から声が飛んできた。
「夜刻、お前いくつだよ。見せろよ」
磐だった。颯太が黙っていると、隣の陰山が覗き込んで、素っ頓狂な声を上げた。
「……全部1? スキルなし? えっ、マジで?」
磐が腹を抱えた。
「はーっ! お前それゴミじゃん。全部1て何なの。俺HP120なのに」
「ATK1って、素手でも出るじゃないすか普通」と陰山。「もしかして最弱なんじゃないですか、クラスで」
笑い声が上がった。機内が揺れている最中でも、あいつらは笑える。
颯太は答えなかった。
(いい。笑っていればいい。今はそれよりも——)
詩を見た。詩は両手を膝の上で握りしめ、窓の外の魔物を見つめていた。怯えた横顔。ガラス越しに異形の影が動いている。
(あと何秒だ)
颯太は立ち上がろうとした。座席ベルトが締まっている。外そうとするが、揺れで手が滑る。
(間に合う。今回は間に合う。詩の前に立てれば——)
ベルトが外れた。立った瞬間、機体が大きく傾いた。颯太は通路に投げ出された。膝をついて、それでも詩の座席に向かって手を伸ばした。
詩が颯太に気づいて、目を丸くした。
「颯太くん——」
その瞬間、窓が砕けた。
外から黒い腕のようなものが機内に侵入した。人間の腕ではない。関節がない。光を吸い込むような、深い黒。それが一直線に——詩に向かった。
速すぎた。
颯太の手が届くより先に、それは詩の体を掴んだ。
「——っ!」
詩が息を呑んだ。
声にならない声。座席ベルトが引きちぎられる音。颯太は伸ばした手のまま、床の上で固まった。
詩の体が、ゆっくりと傾いていった。
魔物の腕は消えていた。ただ、詩が——座席の上で俯いていた。肩が、動いていない。
「詩……?」
颯太は立ち上がり、詩の肩に触れた。
冷たかった。
ほんの数秒前まで、そこに温度があったはずなのに。颯太が最後に見た詩の顔は、驚いた表情のままだった。颯太を見て、目を丸くしたまま——止まっていた。
(詩が……死んだ)
頭ではわかっている。2回目だから、わかっているはずだった。
でも——手が震えた。
膝が、床についた。
機内の悲鳴が遠くなった。揺れも、魔物の声も、磐の怒鳴り声も、全部遠くなった。颯太の世界には、冷たくなった詩の肩と、止まった時間だけがあった。
(守れなかった。また、守れなかった)
NOTICE
スキル発動:死に戻り
リセット地点へ移行します
世界が、白くなった。
◆
颯太は、同じ場所にいた。
座席22A。ポケットの中の告白メモ。10時29分21秒。
3回目だ。
颯太はゆっくりと目を閉じた。さっきの詩の横顔が瞼の裏に焼きついている。驚いたまま止まった表情。冷たくなった肩の感触。
頭の中で数字を数える。1、2、3——22。
(22秒だった。詩が死ぬまで、ちょうど22秒)
偶然かもしれない。でも颯太の脳が、その数字を離さなかった。
22秒。座席ベルトを外して立ち上がるのに最低でも5秒かかる。機体が傾いてから詩の席までの距離は4秒。魔物が詩を狙うまでの猶予は——足りない。全然足りない。
(今のボクには、守れない)
その事実が、颯太の腹の底に静かに落ちた。怒りとも悲しみとも違う、冷たくて重い何か。
でも——。
(強くなれば、いい)
UIを見た。全部1。スキルなし。クラスで笑われた最弱のステータス。
でも——ボクだけが知っている。このUIに表示されていない、もう一つの力のことを。
何度死んでも戻ってくる。戻るたびに、少しずつ強くなる。
磐は笑った。陰山も笑った。
(覚えておけ)
颯太は静かに目を開いた。詩の横顔を見た。まだ笑っている。まだ温かい。10時29分21秒、空が割れる一秒前。
今は、守れない。
でも——必ず守れるようになる。
(ボクが弱いのは、今だけだ)
ここまで読んでくださり、ありがとうございます!
「冷たかった」——この一言に全部込めました。何度でも慣れないまま戻ってくる颯太を、見届けてください。
次話もよろしくお願いします!




