両親への報告
「そう言えばアル様に昨日のことを伝えたのはどなたなのですか?」
今度こそ玄関ホールに向かいながらふと湧いた疑問をぶつけてみた。うっかりアレックス様と呼んでしまうとあからさまにしゅんとするので頑張って愛称で呼んでいる。
満足そうに私を見ていたアル様は少し記憶をたどった後ああ、と声を上げた。
「昨日仕事で王宮にいた時にあるご令嬢から教えてもらったんですよ。名前は知らないのですが熱心に自分の魅力をたくさん語っておられました。しかも自分ならレイラとの関係についてとやかく言わないと。丁重にお断りしましたが、その後も複数のご令嬢から同じような提案をもらいましたよ」
そう語るアル様の顔は再び能面のようになっていて相当不快だったことがうかがえた。私とレイラ様以外の女性は野菜にしか見えないと言っていたのに何がそんなに嫌だったんだろうか?
「そんなに嫌なことを言われたんですか?」
「ええ。人を貶めることでしか自分の魅力を伝えられない人間の話は聞くに堪えませんでした。いっそのこと王宮の外に吹き飛ばしてしまおうかと思いましたが一応は貴族の令嬢ですからね。後が面倒くさいのでやめましたが」
「貴族じゃなくてもだめですよ」
庶民でも吹き飛ばすのはやめて欲しい。純粋に危ないから。
それにしてもそのご令嬢達は私の悪口を言いまくってたってことよね。自分を選んでもらおうと随分と必死だったらしいけど、実はそれが地雷を踏んでたなんて気づかなかったでしょうね。
そうこうしているうちに玄関ホールまでたどり着くと既に馬車の準備ができていると知らされた。ではここで、と言おうとするもアル様はそのままスタスタと外に向かって歩いていく。どうやら来た時に出迎えてくれたように見送りもしてくれるつもりらしい。外に出てみるとすっかり暗くなってしまっていた。
「これからは結婚式の準備で更に忙しくなります。会える時間も少なくなってしまうのがとても寂しいです。そうだ、もう遅いですし今日はこのままここで一緒に夕食を食べましょう。ついでに泊まっていかれてはどうです?」
「そんなことをしたら本当に父に破談にされてしまいますよ?まだそれを望んでいるんですから。朝帰りなんてしたらお父様に絶好の口実を与えるようなものです。夕食もご遠慮しますわ。家で準備していると思いますし」
そう、私にはまだ一仕事残っている。それはお父様を説得するという仕事。と言っても実際は報告するだけだけど。アル様も一応そのことは知っているけど状況を悪くしたくない気持ちは同じらしい。面白いほどに顔をゆがませているアル様を見て思わず笑いそうになってしまった。渋々ソウデスネと引き下がってくれた。
私は名残惜しそうなアル様を背にさっさと馬車に乗り込むと改めて窓からアル様を見た。
ゆっくり走り始めた馬車の中、アル様の姿が見えなくなるまで手を振った後背もたれに体を預けフウっと大きく息を吐く。
たった数時間だったのにアル様と和解したり秘密を知ったり・・・・すごく濃い時間を過ごした気がする。
緊張の糸が切れたように馬車の揺れに身を任せてそのまま眠ってしまった。
目を覚ましたのは馬車が止まった時、伯爵邸に到着した時だった。
中に入ると、執事からサロンで両親が待っていることを伝えられた。空腹を覚え先に夕食を取りたい欲求に駆られつつも、いつまでも待たせておくわけにはいかない。だっていつから待っているか分からないから。私は重い足を引きずってサロンへと向かった。
カチャっと扉を開けるとそこにはすました顔で紅茶を飲むお母様とそわそわと落ち着かない様子のお父様。
「遅くなり申し訳ありません。ただいま戻りました」
声をかけるとお父様が勢いよくこちらを見た。その顔には少し苛立ちも浮かんでいる。
「ベル!帰ったか。こんな時間まで拘束されて大変だったろう。やはりアレックス君との婚約は・・・・・」
いきなりそれか、と最早ため息しか出てこない。しかもなぜか私が無理やりアル様に引き留められていたと思い込んでいる。私はお父様の言葉を遮って敢えて大きめの声を出した。
「お父様」
「な、何だい?」
「私婚約は破棄いたしません」
「なっ・・・・なんっ」
まるで雷に打たれたようにショックを受けて口も回らないお父様。対するお母様はやはり落ち着いた様子で今度はお茶菓子を食べている。いいな、私も食べたい。そんな欲求を一旦置いておいてお父様の目を見て訴えた。
「今日アレックス様としっかりと話し合いをして二人で決めたんです。私たちが何も言わなかったせいでお父様とお母様に多大な心配をかけてしまったことには本当に申し訳なく思っています。でももう一度アレックス様を信じてみたいんです。認めてくださいますよね?」
まさかダメとは言わないよね?任せてくれるって言ったよね?という含みを持たせた言い方敢えてしてみた。どう出るかなと様子を伺っていると、お父様は何も言わず項垂れたまま静かに部屋を出て行ってしまった。予想外の行動に驚きを隠せずにいるとお母様が大丈夫よと声をかけてくれた。
「お父様にも気持ちの整理をする時間が必要なのよ。大丈夫、頑固で突拍子もないことをすることもあるけど、娘を傷つけるようなことはしないわ」
「それなら、いいんですが」
「ベル、アレックス様としっかり向き合えたみたいね」
優しい笑顔を向けてくれるお母様。その表情にはどこかほっとしたような気持ちが透けて見えた。お母様曰く、少し心配はしていたけど、帰ってきた私の表情を見て安心したようだ。
「ええ。お母様の助言のお陰でお互い気持ちを伝えあうことができました。私の場合はほとんどが不満でしたが」
「それでいいと思うわ。相手の気持ちなんてわからなくて当然。だから伝えることが大切なの。夫婦はね、良いところも悪いところも認め合って少しずつぴったり合うようにすり合わせていくのよ。ベルは私たちのことを仲がいいと言ってくれたけどそれは努力しているから、私もお父様もね」
お母様の話を聞いてふと前世の両親を思い出した。前世の両親はどうだったのだろうか。お互いの主張をぶつけるばかりで受け入れる努力をしていなかったのかもしれない。あるいは努力する方向がバラバラで向き合うのに疲れてしまっていたのではないだろうか。もし今世の両親のようにお互い同じ方向を向いて努力することができていたなら前世の私の生も違ったものになっていたのかもしれない。
今となってはどうすることもできない過去に想いを馳せた後、私はお母様に頑張るわと笑顔を向けた。




