アレックス様の秘めた思い 1
少し短めです
私が静かにこくんとうなずくとアレックス様はぽつりぽつりと話し始めた。
「8年前私がリンネイルに行ったのは叔母である皇后陛下の生誕祭を祝うためでした。パーティーには参加できないので皇后陛下に時間ができるまでの間図書館で勉強して過ごすことにしたのです。その時あなたに出会った」
当時を懐かしむように瞳を輝かせるアレックス様。
私もその時のことは覚えている。誰もいないと思っていた図書館に響く本のページをめくる音、窓から差し込む光でキラキラと輝く金の髪。そして星空を閉じ込めたような瞳。あの時出会った彼が目の前にいるなんて何だか不思議な感じ。
「あの時の私は・・・・何というかとても態度が悪かったでしょう?当時も少し話しましたが自分に自信が持てず常に何かに怯えていました」
「ええ、確か家庭教師・・・・・でしたっけ?」
「そうです。ある日母の親戚の女性が家庭教師としてやってきました。その方はとても厳しく、少し間違うだけで鬼のように怒られました。最初はどんなに厳しくされても私のためを想ってのことだと信じ、耐え続けていました。しかし毎日繰り返される人格否定とお前なんかいずれ捨てられるという呪いの言葉によって私の心はどんどん言いようのない恐怖で支配されるようになっていったのです」
「ご両親はそのことは?」
「知りませんでした。その人が呪いの言葉を吐くのは決まって私と二人きりの時だけ。両親の前では愛情深い良い人を演じるのですっかり信じ切っていました。何より親戚の人間が我が子を傷つけているなど疑うことすらしなかったでしょう。私は自分がもっと知識を身に着ければ、立派な振る舞いができるようになれば認めてもらえると思い必死に努力しました。しかしそんな思いもむなしく私が努力すればするほど私へのあたりはきつくなっていきました」
アレックス様は淡々と話しているけど、顔に生気が無い。思い出したくもないほどつらく苦しい時期だったのだろう。能面のような顔とは裏腹にぎゅっと握られた手は僅かに震えている。それほど幼い頃に受けた傷は大きく深いのだ。
そんなアレックス様の様子を見ながら私も胸が締め付けられた。
「どうしてその方はそこまでアレックス様のことを?」
「その人には息子が一人いるのですが、かなりの放蕩息子で家の財産を食い尽くしただけでは飽き足らず両親名義で多額の借金まで負っていました。家庭教師として雇うことにしたのもそんな身の上を不憫に思い少しでも助けになればという両親の好意からでした。自分の愚息と比べられているようで気分が悪かったのか、はたまた無条件で助けてくれなかった公爵家が憎かったのかは今では分かりませんが、私が真面目に努力するのが気に食わなかったようです。自分の愚息と同じく落ちぶれてくれれば、やりきれない気持ちが少しは晴れると思ったのでしょうね」
「そんな、そんなことのために幼いアレックス様を傷つけたんですか?アレックス様は何も悪くないじゃないですか。公爵様達だって」
恩を仇で返すとはこのことだ。
ただ認められたくて必死になっている子供にそんなことができるなんて!私は悲しくて悔しくて涙がポロポロと流れた。本当に泣きたいのはアレックス様のはずなのに涙が止まらない。
そんな私を見てアレックス様が優しく微笑んだ。
「やはりあなたの優しさは変わっていませんね。8年前もそうして私のために泣いてくれたのですよ。そして私のことを認めてくれた」
「そんな、私は優しくなんか・・・・」
「いいえ、あなたにしてみれば大したことではなかったのかもしれませんが、逃げ場がなかった私を救ってくれたのは紛れもなくあなたです。父は家庭教師に従えと言うしその家庭教師は私を貶めるので本当にギリギリの精神状態でしたから」
固く握り震わせていた手をほどき私の手を優しく包み込む。もう震えていないその手のぬくもりを感じながらアレックス様の顔をじっと見た。
「あのとき、両親に正直に話せと言ってくれましたね。弱音を吐いたら捨てられると思っていた私の背中をあなたが押してくれた。そのお陰で初めて両親に打ち明けることができたんです」
先程の能面のような顔とは打って変わってアレックス様の顔に生気が戻った。アレックス様の心を自分が軽くして挙げられたのだと思うと、本当に良かったと思う。
それにしてもアレックス様の話を聞いて公爵様達はどんな反応をしたのかしら?今のアレックス様とご両親の関係を見ているとギスギスしているようには見えない。口をはさみたい思いを必死に抑えながら黙って次の言葉を待った。
「父は驚き信じられないと言っていましたが、母は予想に反して受け入れてくれました。私の様子がおかしいのは分かっていたそうです。でも私が何も話そうとしないのでどうにもできなかったと。話してくれてありがとうと涙ながらに言われました。父も母の言葉を聞いて真実だと受け入れてくれました」
大丈夫だろうと予想はしていたけど実際に聞いてホッと胸を撫でおろした。これで否定されていたら立ち直るのは難しかっただろうから。それにしても私のお母様も公爵夫人も子供の様子をよく見ているのだなと感心する。母親とはそういうものなのだろうかとふと思った。
「それで家庭教師の方はどうなったのです?」
「当然両親は大激怒。援助の目的で家庭教師としては破格の金額を渡していたそうなので裏切られたという思いも強かったのでしょう。結局その人は家庭教師を解任、親戚としての縁も完全に切ったそうです。その後どうしているかは私も知りません」
「そうですか・・・・」
ここは良かったと喜ぶべきなのだろうか。もちろんアレックス様が解放されたことは純粋に良かったと思っている。
その家庭教師は自分の惨めな気持ちを紛らわすために大きな代償を払った。自分たちを助けようとしている人の手を振りほどいて自分から破滅へと向かって言ったのだ、当然と言えば当然だが何とも後味が悪い。何よりアレックス様がそう思っていないだろうか。
そんな私の気持ちに気が付いたのかにっこりと優しく笑った。
「私のことを心配してくれているのですね。確かに解放されたいし罰を受けて欲しいとは思っていました。でも実際に取り乱し暴れるその人を見て胸が空いたかというとそうではありませんでした。後味は悪かったですがこれもあの人が選んだ道だと割り切ることにしました」
目を伏せて話す姿は自分に言い聞かせているようにも見える。
私は手を包み込むアレックス様の手を逆にぎゅっと握りしめた。その心が少しでも癒されるように。




