不満暴露大会
「そ、そんな、本当に良いのですか?トーマス君はその、何というかべルティーナ嬢とも気が合いますし良い人でしょう?」
「ええ。学園時代からの友人なので仲はいいです。ですが彼の私に対する感情は心配であって愛情ではありません。私も彼に対して友人以上の感情はありません」
私の言葉にホッとするような、悩むような複雑な表情を浮かべるアレックス様。婚約を継続できるのは嬉しいが自分と一緒にいると不幸にさせてしまうのではないかと不安に思っている、というところだろうか。
「ほ、本当に良いのですか?私で・・・・」
「ただし」
どう受け止めていいのか決めあぐね、再度同じことを聞いてくるアレックス様の言葉を遮って私は口を開いた。
人差し指をピンと立ててアレックス様の目の前に突き出す。
「ただし、今からする私の話を受け止めて頂けるなら、ですが」
「え?話、とは?」
突然の私の提案に更に困惑するアレックス様。そんなアレックス様を意に介さず私は続けた。
「先ほどご自分でおっしゃっていましたが、アレックス様の言動で私はとても傷つきました」
実際には傷ついたというより不満に思っていたの方が正しいけど。この際何でもいい。
「これまでは本心を隠して傷ついていないふりをしてきましたが、私としてもこの謝罪だけで全てを水の泡に戻すのは難しいです。何よりこれから夫婦になるのですからどちらかが我慢するのではなく率直な思いを伝えられるようになりたいのです」
「それは、その通りですね」
“夫婦”という単語に顔を赤らめてそわそわするアレックス様。ちょっと、今そんな話をしてるんじゃないんだけど?ジト目になりそうなのをこらえながら務めて冷静に語りかけた。
「話と言ってもほとんど私の不満を聞いていただくようなものです。それでもよろしいですか?」
「もちろんです。あなたのことならどんなことでも知りたいですから」
ハッと我に返ったのかアレックス様がこくんと頷いた。
それなら、と私は話し始めた。
「まず、求婚されたときですが」
私の言葉にアレックス様は『えっ、そこから?!』という顔をしている。
ええ、ここからですとも。レイラ様が登場した時からと思ったら大間違いですよ。
「返事を二日後までにというのはとてもあり得ないことだと思います。雰囲気にのまれて了承した私も悪かったですが、一生を決める大事な決断をするのに2日と決められていては正常な判断が難しいです。本当に私のことを想ってくださっているのであればもっと考える時間を与えてほしかったです」
「そ、それは・・・・すみませんでした」
「次に初めて二人でお茶会をした時ですが、何を話しかけても生返事ばかりで会話にならなかったので私がどれだけ不安に思ったのか分かりますか?しかも追い出されるようにして帰されたのも見送りの一つもなかったのも納得いきません」
「それには事情が・・・・・いえ、何でもありません」
反論して来ようとするアレックス様をジロッとひと睨みすると大人しく口をつぐんだ。
そう、それでいいの。だって今は私の不満を聞いてもらう時間なんだもの。アレックス様の弁明を聞く時間じゃないわ。
「それに社交界デビュー用のドレスもあまりに突然に贈られてきたのでとても困惑しました。既にお母様と侍女がこだわってデザインを考えてくれたドレスが出来上がっておりましたので。私も着るのをとても楽しみにしていたんです。ドレスを準備しているならいるで一言仰ってくださればあんな思いをすることもなかったのです」
「はいその通りです」
その後も嫌だったこと、不安に思ったことを事細かに伝えた。このためにメモを取ってきたのだ。一つも漏らすまいと私はひたすらに話し続けた。まだ高い位置にあった太陽はいつの間にか傾き西日が差し込んでいる。
一つのエピソードを聞くたびにアレックス様の身体が小さくなっていき顔色はどんどん悪くなっていった。全て聞き終えるころにはテーブルに両手をついて深々と頭を下げるアレックス様の姿。
対する私は今までの溜まっていた鬱憤を吐き出せてとてもすっきり爽快な気分だ。
「べルティーナ嬢、いやべルティーナ様私のせいで大変不快な思いをさせてしまい、申し訳ありませんでした」
真っ青な顔で頭を下げ続けるアレックス様にチクリと良心が痛む。私はすっきりしたけど私の不満を聞かされ続けたアレックス様は今にも逃げ出したいくらいだろうな。
「私は言いたいことは全て言わせていただきました。逆にアレックス様は私に対して思うことは無いのですか?」
私としては心当たりは大ありだ。以前馬車の中でアレックス様に対して嫌がらせしたことは気にしていないと言っていたが本心とは限らない。もしかしたらそれ以外に引っ掛かっているところがあるかもしれない。
「いえ、私は本当に何も」
弱弱しい声で一言そういう姿にさすがに申し訳なくなってしまう。確かに色々言っちゃったから不満に思っていることがあっても言えないわよね。
「そうですか。では思いついたら教えてください。ところで、これからはこんな風に思ったことは口に出していこうと思うのですがアレックス様の方こそこんな私でいいのですか?」
今まで私がアレックス様に見せていたのはあくまで余所行きの顔。でも今見せたのは正真正銘素の私。イメージと違ったと言われても仕方はない。
「本当に私があなたに対して不満を持つことなどありえません。そして嫌いになることはもっとあり得ません」
まだ青い顔はしているが生気を取り戻したようにキリっとした顔で言い切るアレックス様。
そういえば前にも『あなたにされて嫌なことなどありません』みたいなこと言ってたっけ。でもなんでそこまで私のこと?
学園時代には接点はほとんどなく唯一あるのが卒業パーティーでパートナーを務めたことくらい。しかもそのパーティーで求婚されてるし、そもそもどうして私をパートナーに指名したかすら分からない。
「アレックス様はどうして私のことをそんなに想ってくださるのですか?好意を持っていただくきっかけも要素も何一つ思い浮かばないのですが」
そう。私より家柄がいい女性も見目がいい女性も性格がいい女性もごまんといる。アレックス様なら正に選びたい放題だ。そんな中でどうして私を選んだのか本当に理解できない。
「あなたは覚えておられないかもしれませんが、昔一度会っているのですよ。私たちは」
「え?」
アレックス様の言葉に私は記憶を必死でたどった。昔っていつのこと?アレックス様くらいのイケメンなら会ったら忘れないだろうし・・・・・。もしかして、積荷をウェールズ公爵家に守ってもらった時?ううん。私そのこと知らなかったんだもの。公爵家の方と交流してたらさすがに当時のことを覚えているだろうし・・・・・。
その時脳裏にリンネイルで出会ったアルのことが浮かんだ。もしかして・・・・・?
いや、ないない。だって彼はリンネイルの人だもの。こんなところにいるわけないわ。
頭に浮かんできた可能性を即座に打ち消しまたうーんと悩んだ。そんな私の様子を見かねてアレックス様が教えてくれた。
「覚えていなくても無理はありませんね。もう8年も前のことですし、会ったと言ってもたったの3日間ですから」
「え・・・・?」
8年前?3日??そんなの、思い当たることは一つしかない。私はついさっき否定したばかりの仮説が再び浮上してくるのを感じた。
あり得ないと思いつつもその可能性を言葉にしてみる。違ったら相当恥ずかしいけどでもそれしか思い浮かばないのだから仕方がない。
「もしかして、図書館のアル君?」
ドキドキしながら口にする私に満面の笑みを向けてくるアレックス様。どうやら正解だったらしい。逆にこの笑顔で違うよと言われたら立ち直れないだろう、恥ずかしすぎて。
「覚えていてくれたんですね」
ニコニコと話すアレックス様をもう一度まじまじ見てみると確かに当時の面影がある。随分と大人びてまるで別人のようだが濃紺の瞳の輝きはそのまま。
自分で言っておきながらポカンとした顔をしている私を見てアレックス様の顔が急に曇った。
「私は当時のことも謝らなければなりません」




