決断
私は『大切なお話があるので時間を作って下さい』という旨の手紙をしたためてアレックス様に向けて飛ばした。
アレックス様めがけて飛んでいく手紙を見届けた後、まだだった朝食をとることにした。
本当なら朝食を食べた後からすぐにレッスンがあるはずだけど、お父様の意向で今はストップしている。理由は一つ。公爵家に嫁ぐことを前提に組んだ内容であるためだ。
お父様としてはアレックス様との婚約は解消してほしいと思っているのでレッスンも受けなくていい、というわけだ。レッスンの日程を決めていたお母様も呆れ返っている。
頑固なお父様のことだからお母様の言うことも聞かなかったんだろう。
私はこれからの時間をどう過ごそうか悩んでいた。特に予定もないし、お昼過ぎまで寝る?それとも散歩?
うーんと考えていると手紙がコツコツと窓をたたいた。
え?手紙?誰から?アレックス様からはさすがに早すぎるわよね・・・・・と思っていたら、まさかのアレックス様からだった。
早っ!まだあれから1時間たったかどうかよね?!届いてすぐに返事を書いたのかしら?
手紙を取り出して読んでみると予定を調節するから開いている時間を教えて欲しいとのことだった。ちなみに今日は一日空いているからいつでも大丈夫と書いてある。
つまり、今日来いってことね。まあいいわ。
私は今日のお茶の時間に伺いますと返事を書いてまた送り返した。
「マリー、今日のお茶の時間にアレックス様のところへ行くことになったから準備してくれる?」
「畏まりました」
着ていくドレスや靴を選び始めたマリーを横目に、私はアレックス様に伝えたい、言いたいことを整理することにした。
せっかく会いに行くのだから思いのたけを全てぶつけなければ。今までは不満や不安があっても心の中だけに留めてきた。でもきちんと言葉に出して伝えないといつまでもモヤモヤして先に進めないと思った。私も、アレックス様も。
何の準備もなしに突撃して言いたいことの半分も言えなかった、では困る。考えるだけだと忘れてしまいそうなので紙とペンを取り出し、箇条書きにしてサラサラと書き始めた。
魔法の中には“記憶の念写”というものがある。自らが見聞きした内容を二次元に映し出すことができる。でもあまりに高度な魔法すぎて原理は良く分からない。学園で頭の中でイメージを作り出してその通りに対象物に陰影をつけて映し出すとか何とか言われたけど、ほとんどの生徒がポカンとしていてついて行けてなかった。かくいう私もチンプンカンプンで何を言っているのかよく分からなかった。
伝えたいことを箇条書きにしながら、その記憶の念写が使えたなら良かったのにとふと思った。視覚を通してアレックス様に訴えることができるから便利そうだからだ。
尤も王族とかの特に魔力の強い方たちしか使えない魔法らしいから、私みたいな平凡な人に仕える魔法ではないんだけど。
書き終えてフゥっと一息つくと、マリーがいつの間にやら用意してくれていた紅茶を一口飲んだ。淹れたてのようで紅茶はとても温かかい。その美味しさに気持ちがほぐれるようだった。
アレックス様に伝えたい内容ってネガティブなものが多いから自然と心も暗くなっていくのよね。険しい顔をしている私を気遣ってマリーが紅茶を準備してくれたのかしら?本当に私のことを良く見てるわね。
何てことを思いながらまた一口紅茶を飲んだ。
午後のお茶の時間が近づき最後の仕上げにと化粧を直してもらっていると公爵邸から迎えの馬車が来たと知らされた。私は先ほど書いたメモを丁寧に折りたたんで手に持ち、玄関ホールへと向かった。階段を下りてみるとそこにはお母様の姿。
「アレックス様のところに行くのね。遠慮なんかしないでしっかりお話していらっしゃい」
朗らかに微笑みながらお母様が見送りをしてくれた。今日話し合いをすることはお母様にはお見通しのようだ。私は笑顔でこくんと頷くと「行ってきます」と一言言って馬車に乗り込んだ。
馬車の中であの箇条書きにしたメモを再度眺める。膝の上には今朝アレックス様から届いた手紙も一緒に置かれている。私はそれもカサッと広げるともう一度読み返した。
「・・・・・よし」
私は自分に気合を入れなおすと手紙を静かにたたんだ。
そうこうしているうちに馬車は公爵邸に到着した。降りようと腰を上げたところでガチャっと馬車の扉が開いた。突然目に飛び込んできた顔に私は思わず言葉を失ってしまった。
扉を開けたのはアレックス様。ついてすぐに、ということは私が来るのを外で待っていたらしい。
え、出迎えてくれるなんて初めてじゃない?!
驚いて固まっている私を気にすることなくアレックス様が手を差し出してきた。私はその手を取って馬車を下りた。
「お待ちしていました、べルティーナ嬢。どうぞ中へお入りください」
そう言ってアレックス様直々に案内されたのは前回と同じ客間。既にお茶の準備がしてあり、美味しそうなスイーツも並んでいる。お茶の時間だから用意してくれたのだろうが、これでは話し合いというよりお茶会だなと心の隅で思った。でも私の為に色々と準備をしてくれたのは純粋に有難い。
私はアレックス様の向かいに腰掛けると早速本題に入ろうとアレックス様の顔を見た。前回あった時から数日しかたっていないはずなのに随分とやつれた気がする。顔に生気がなく、食事をとれていないのか頬は若干こけている。
たった数日でここまでなるって、もしかして私のせいで?そう思うと少し申し訳ない気がした。
アレックス様の様子に驚いて固まっている私にアレックス様の方から声をかけてきた。
「それで、お話とは?」
「あ、はい。私たちの婚約を継続するかについての話し合いで参りました」
私の言葉にアレックス様の肩がビクッと震えたのが分かった。予想はしていただろうがいざ判決を下されるとなると急に怖くなったらしい。顔もどことなく強張っている。
「今朝アレックス様から届いた手紙で決めました。私・・・・婚約は破棄いたしません」
「・・・・・・・・・え?」
ポカンとした顔で私を見つめるアレックス様。こんな顔、初めて見るわ。
「手紙を、読んだのでしょう?」
「ええ、読みました」
「それではなぜ・・・・」
「だからこそです」
手紙にはこう書いてあった。
『あなたが婚約を解消したいと望んでいることを知りました。次の婚約者候補を探していることも。どんなに罵られようとも婚約は解消したくないと懇願しましたが、あなたに自分の気持ちを無視していると言われて私なりに考えてみました。考えれば考えるほど酷いことをした事実が浮き彫りになって後悔の念に苛まれました。口ではあなたのためと言いつつ結局は自分の思惑通りに事を進めようとしか考えていなかった。同意を求めることも説明をすることもせず全てことが終われば理解してくれるだろうなんて自分勝手に考えていました。こんな私に婚約者でいる資格はない。あなたが望まれるなら婚約を解消いたします』
「この手紙を読んでもう一度アレックス様を信じてみようと思ったんです。アレックス様が自分の気持ちよりも私の気持ちを優先してくれている、努力してくれていると分かったから」
私は真剣なまなざしでアレックス様にそう言った。




