公爵邸で話し合い 1
考え事で頭がいっぱいだったはずなのに、段々とうとうとしてきてそのまま眠ってしまった。どんな考え事も疲れ切った身体とふかふかのベッドには勝てないらしい。
夢も見ないほどぐっすり眠ると、随分と頭がすっきりした。
とりあえず、今日のアレックス様の話を聞いて決めようと思う。アレックス様は大事なことを伝え忘れることはあっても嘘をつくような人ではない・・・・・はず。
だからアレックス様が納得のいく答えを与えてくれたならもう一度信じてみることにした。
正直今までの不信感や不満が一気に消えるかどうかは分からないけど、それでも受け入れる努力はしてみようと思う。
朝食を食べ終えた頃、アレックス様からの迎えの馬車が来た。
随分早いなと思いつつも、いつ来るのかドキドキしながら一日を過ごすよりはましだと思いなおした。
私はマリーに準備を手伝ってもらい、慌てて馬車に乗り込んだ。
ガタゴトと揺られながら大きく深呼吸する。公爵邸に行くのはこれで4回目。どれもこれもあまりいい思い出はない。無言を貫くアレックス様のお陰で気まずい思いをしたり、誤解だったけどお父様たちの密談を聞いてショックを受けたり・・・・・。
今日こそは嫌な思いをすることなく、疑問も解消される日になってほしい。そう思いながらひたすら窓の外の景色を眺め続けた。
やがて馬車は公爵邸に到着し、外に出ると視界の端に庭園が見えた。私の大好きな絵本とそっくりな庭園。話し合いが終わったら少し散策させてもらおう。それくらいならアレックス様もダメとは言わないだろう、多分。
私はそのままメイドに案内されてアレックス様の待つ客間へと向かう。長い廊下を歩いて扉の前まで来たところでアレックス様が誰かと会話している声が聞こえてきた。若い女の人の声で公爵夫人ではないことがすぐに分かった。
何か、嫌な予感。もしかしてあの人も来ているのかしら・・・・。
急に不安になってきた私に気づくことなくメイドが声をかけてしまった。それまで聞こえていた談笑が消え、静かになった空間でアレックス様の「お通ししろ」という声だけが響いた。
ガチャっと扉を開けた先にいたのはやはりと言うべきか、燃えるような赤い髪をした公爵令嬢だった。アレックス様とテーブルをはさんで向かい側に座っている。隣にぴったりと座っているわけじゃないだけまだましだと言うべきか。
どうしてここに彼女が?今日はアレックス様が私に説明してくれるんじゃなかったの?
あの時は違うと言ったけど、やっぱり恋人でしたとか?
困惑してその場から動けない私にアレックス様は怪訝な視線を向けてくる。
どうして座らないのかって?この光景が理解できないからよ!
すると公爵令嬢がすっと立ち上がりまっすぐ私のもとに向かってきた。突然のことに身体がぴくっとはねた。私はいたたまれない気持ちで公爵令嬢から視線をそらしていると、予想に反してガバっと頭を下げられた。
「ごめんなさい!」
「・・・・・え?」
謝られる理由なんて・・・・・・まあたくさんあるけど。自分の身を守るためとはいえ人の婚約者に恋人のふりをさせるなんて尋常じゃないしね。それでも頭を下げるようなタイプには見えなかったのでそこは正直驚いた。
「あの、どうして謝るんです?」
「私、隣国の彼のことが忘れられなくて、どうしても第二王子から逃げたくて馬鹿なことをしてしまった。しかもあなたはそれを知らなかったなんて・・・・。本当にごめんなさい。私自分のことしか考えていなかった」
「あ、あの。頭を上げてください。公爵令嬢は私も同意の上だと思っていらしたんですか?」
「もちろんよ。こんな大事なこと、秘密にしておく方がおかしいわ」
そう言って顔をあげた公爵令嬢はジロッとアレックス様を見た。アレックス様も今ではまずいことをしたと自覚しているのか、ふいっと顔を逸らした。
「立ち話も何ですし、二人ともどうぞお座りください」
いや、あなたのせいでこんなことになってるんですけど。そう思いつつも確かにこれから話し合いをするのに立ったままなのはどうかと思い、座ることにした。
公爵令嬢の隣、アレックス様の斜め向かいに腰掛けた私は早速事情を説明してもらおうとアレックス様を見た。でも、どうしても気になるのは隣にいる人の存在。
「あの、今日は私とアレックス様との話し合いでは?」
邪魔だと暗に伝えているような気がするが、実際その通りだから仕方がない。そもそも何で今日私たちが話し合いをすることを知っているの?アレックス様がそのことを伝えていたことにもモヤモヤする。
「それは・・・・」
「私がお願いしたんです。べルティーナ様に酷いことをしてしまったのでどうしても直接謝りたくて。べルティーナ様とお会いするときに私も同席させてほしいと。まさか大事な話し合いの日だとは思わず、失礼しました」
「え?今日のこと、知っていらしたのではなかったのですか?」
公爵令嬢は申し訳なさそうに静かに首を振ったあと、再びアレックス様に厳しい視線を向けた。
「知っていたら私だって来ませんわ。そんなに空気の読めない女じゃなくてよ」
「そ、そうですか」
「でも既に来てしまったので、申し訳ないですけどこの場を借りて謝罪させてください。私のせいで辛い思い、危険な目に合わせてしまって本当にすみませんでした」
深々と頭を下げる公爵令嬢。正直謝られたところで時間が巻き戻るわけではないし、私が受けた苦痛が消えるわけではない。
「確かに、公爵令嬢もアレックス様もどうかしてると思っていました。どうして私が二人の愛人関係を続けるためにお飾りの公爵夫人にならないといけないのかって」
私の言葉に公爵令嬢の身体がビクッと震えた。
「でも、公爵令嬢の気持ちは少し理解できます。好きな人がいるのに嫌いな相手と政略結婚させられるなんて私には耐えられませんから。私が同じ立場でも逃れられるならどんな手でも使うと思います」
公爵令嬢は静かに顔をあげると私の目をじっと見つめた。その目には涙が光っている。罵倒されなかったことへの安堵なのか、愛しい彼を思い出してなのかは分からない。
「ありがとう・・・・ございます」
濡れた目元をハンカチで拭いながらポツリと呟いた。
涙を拭う所作すら優雅で、まるで一枚の絵を見ているみたい。もともとの素質もあると思うがここまでの教養を身に着けるのは並大抵の努力ではなかっただろう。だからこそ気になることがある。
「あの、公爵令嬢」
「レイラとお呼びください。べルティーナ様」
「あ、はい。レイラ様、今回のことで私も社交界で居心地の悪い思いをしましたが、それはレイラ様も同じでは?言い方は悪いですが「人の婚約者に手を出す令嬢」というレッテルを張られてしまったのではないですか?」
レイラ様はきょとんという表情をした後、ふふっと優雅に笑った。
え?私何かおかしなこと言った?
「私の心配をしてくださるなんて、べルティーナ様はお優しいですね」
「べルティーナ嬢はいつだって優しいぞ」
いきなり口をはさんでくるアレックス様。ちょっとそこ黙って。
「実はそれも目的の一つだったんです」
「どういうことですか?」
「今の社交界での私の評判は最悪です。たとえ嘘だと分かっていたとしても私とアレックスがべルティーナ様を差し置いて一緒にいたことには変わりませんもの。しかも夜会に参加するたびにアレックスがどんなに魅力的か令嬢たちに話していたおかげでさらに評判が悪くなりましたし。父もここまで落ちるとは思っていなかったみたいで焦っておりますわ」
微笑みながらさらっとそんなことを言ってのけた。
えーっと、つまり社交界での評判を落とすことも目的だったってこと?
何でそんなことを?と理解できていない私の様子を察知したのか、レイラ様が続けて教えてくれた。
「社交界での評判が落ちるほど国内で縁を結ぶことは困難になりますでしょ?国内がだめなら他国の貴族、ということで隣国の彼との結婚を認めてもらえるよう交渉中なんです。公爵令嬢がいつまでも独り身なんて外聞が悪いけど、国内には相手がいない。ここまできてやっと父が耳を傾けてくれるようになったんです」
頬を赤らめて嬉しそうに話すレイラ様。よほど彼のことが好きらしい。
聞けば隣国から連れ戻されて以降一度も会えていないが手紙のやり取りはこっそりと続けていたそうだ。相手の方もレイラ様のことが忘れられず、機会が来るのをずっと待っていたそう。
そこまで想いあえる相手がいることを羨ましく思った。
「あ、そう言えばカフェのスイーツのお味はどうでした?」
「はい?!」
カフェって、二人で行ったあのカフェのこと?今日はその話を聞きに来たようなものなんだけど・・・・・・。やっぱり二人で行ってたのね。今疑惑が確信に変わったわ。
「あら?受け取っていませんか?偶然街でアレックスに会って、べルティーナ様へのプレゼントを探しているというので、街で評判のカフェを紹介したんです。ケーキだけでなくクッキーやチョコのお菓子もとても美味しくて有名なんですよ」
「え?プレゼントを選んだだけですか?二人で待ち合わせてお茶してたんじゃないんですか?」
「やだ、違いますよ!第二王子もいなくなったのにどうしてわざわざアレックスと二人で会うんです?作戦で二人でいた時だってべルティーナ様の話しかしなかったのに、わざわざ時間を使ってまで聞きたくありませんわ。おすすめのスイーツを教えてあげて私はすぐにお店を出たんです」
あり得ないという表情で言い切るレイラ様。その姿はうそをついているようには見えない。
・・・・・・・っていうか、え?!レイラ様といる時ずっと私の話してたの?
驚いてアレックス様の顔を見るとあからさまに顔を逸らされた。少し頬が赤い気がする。
え?照れてる?
「レイラ、その話はもういいだろう。言いたいことが終わったならもう帰れ」
「何よその言い方!事実を言っただけなのにすねるのやめてくれる?大体あなたが大事なことをちゃんと話さないから話がこじれてるんだからね!そこちゃんと反省しなさいよ。べルティーナ様、改めてごめんなさいね。今度お茶会に招待してもいいかしら?アレックスなんか放っておいて女同士の話をしましょ」
「え、ええ。ぜひ」
それだけ言い残してレイラ様はさっさと帰って行った。やり取りを見る限り恋人同士というより仲のいい友達って感じ。少し安心した。
レイラ様がいなくなって静かになると、残されたのは微妙な空気になっている私とアレックス様。
えーっと、後は何の話をしたらいいんだろう?カフェでのことは思わぬ形で解決されてしまったから、他に話題が無い気がする。
その時、空気を打ち破るようにアレックス様が口を開いた。




