向き合わなければ 2
「今回のことでベルも良く分かっただろう?神殿、特に上層部は欲にまみれ本来の役割を果たしていない。今までは神殿は確立された存在だったから誰も手が出せなかったがこれからは違う。治癒の魔鉱石を通して神殿に干渉することができるようになるんだ。しかも今回の件で治癒魔法の充填、治療の進行状況を管理する人物を置ける大義名分を得ることができた」
「それはいいですわね。あの神官たちは腐りきっていましたもの」
「その管理者をベルに任せようと思っていたんだ」
「えっ!?」
ちょっと待って、本当に意味が分からない。何で私が神殿を管理するの?!それにそれと采配権と何の関係があるの??
理解が追い付かずポカンとしたままの私をよそにお父様は続けて言った。
「最初のうちは公爵が管理してアレックス君が爵位を継いだら、正式にベルが権利を受け継ぐ予定だったんだが・・・・・」
「アレックス様とレイラ様のこと、知らなかったのでしょう?」
「え、ええ。お父様たちは知っていらしたのですよね?どうして教えてくれなかったのです?」
どうしてここでその話が出てくるのかは分からないが、実はずっと気になっていた。私が蔑ろにされているのをどうして黙ってみていたのかって。あまりにもお父様たちが平然としているから気にする私の方がおかしいのかと思ったくらいよ。
「ウィルドルフ殿からレイラ嬢を守るために必要だからどうしてもとアレックス君から頼まれていたんだよ。大切なことだからベルには自分から話して理解してもらうし、ベルを危ない目には合わせないからどうか、と。ベルも何も言ってこないからてっきり承諾しているものと思っていたんだが・・・・。まさか何も知らず苦しんでいたとは・・・・・」
両手で顔を押さえながら項垂れるお父様。アレックス様に任せたことを心から後悔しているようだ。隣にいるお母様も同じように後悔の念でいっぱいの顔をしている。
「ごめんなさいね、ベル。私がもっと反対していればこんなことにはならなかったのに」
「いや、私がいけなかった。ベルが身を削って開発された治癒の魔鉱石を何としてでも商品化したいと焦って無茶な要求を飲んだ私が悪かったんだ。すまなかった」
事情を説明してもらうつもりが、いつの間にやら謝罪大会になっている。話を聞く限り一番悪いのアレックス様じゃない?公爵令嬢と恋人のふりをすることが決まった時点で私に教えてくれていれば私も無駄にアレックス様を憎むこともなかったのに・・・・・。
項垂れていたお父様がパッと顔をあげて真剣に私の顔を見た。その表情には怒りの色も浮かんでいる。
「アレックス君とは婚約を破棄しなさい。これ以上ベルを苦しめるわけにはいかん」
「あなたちょっと待って。まずベルの気持ちを聞かないと。私たちが勝手に話を進めたせいでこうなったのよ。同じ過ちを犯すわけにはいかないわ」
若干暴走気味のお父様を諫めると、今度は私に向き合って優しい笑顔で語りかけてきた。
「ねえ、ベルはどうしたい?」
私?私は・・・・・どうしたいの?突然そんなことを言われても困る。
それにこれは既に私の気持ち一つで決めてはいけないものだと思う。だって・・・・・
「私とアレックス様が婚約を破棄したら治癒の魔鉱石はどうなるのです?それに神殿を管理する人材は?」
そう、アレックス様から婚約破棄を言い渡されていたならあくまでこちらは最善を尽くしたという大義名分ができる。でもこちらから婚約破棄を申し出るとなると話は違う。慰謝料として治癒の魔鉱石の権利全てを寄越せと言われてしまうかもしれない。下手したら販売中止ということにもなりかねない。我が家が損害を被るだけでなく、治癒の魔鉱石を待ち焦がれていた全ての人たちの期待を裏切ってしまう。いくら辛いとはいえそれだけはしてはいけないような気がした。
いや、自分で逃亡しておいて何だけどね。あの時はそんなことまで考えられる余裕はなかったし。残していったドレスを全部売れば慰謝料の足しくらいにはなるかなくらいにしか考えてなかったのよね。
「それについては心配いらない。最初に約束を反故にしたのはあちらだ。治癒の魔鉱石は予定通り販売するし、神殿にも代わりの人材を置く。文句など言わせるものか」
「そ、そうですか」
「だからベルの好きなようにしていいのよ。この国に居づらいならリンネイルで再出発してもいい。あなたを追い詰めてしまった私たちを許せないというのなら今後あなたの人生に関わらないと約束するわ」
お母様の言葉にお父様がぎょっとした顔をした。どうやらそこまでは考えていなかったようだ。申し訳ないことをしたけどその穴埋めは自分たちで、と考えていたのかもしれない。
対してお母様は大変だった“事実”よりも私の“気持ち”に寄り添おうとしてくれているように見えた。
アレックス様のこと、両親のこと、これからのこと・・・・・すべて私が決めていいと突然言われても、正直どうしていいか分からない。
「少し、考えさせてください」
「もちろんよ。大事なことだもの、ゆっくり考えて」
そこで話し合いは終わり、私は自室に戻った。
扉を開けるとぐちゃぐちゃだった部屋は何事もなかったかのように片づけられ、ここだけ時が巻き戻ったかのような不思議な感覚に襲われた。
続いて入ってきた侍女に湯あみをと言われ、そこで初めてハッとした。
捕まっていた時は床に転がされてたし、私かなり汚いわよね?さっきまでは色々あって私も周りもそんなことを気にする余裕すらなかったけど、いざ冷静になってみると早く綺麗にしたくてたまらない。
私は急いで湯あみをして新しい綺麗なドレスに着替えると再び部屋に戻ってきた。扉を開けるとそこにはマリーの姿が。
「マリー!まだ休んでなくて大丈夫なの?」
「はい。治癒魔法のお陰か痛みも疲労感もありませんから」
いつも通りのすました顔で言いのける姿に無理をしている様子はない。でも、いくら大丈夫でも私には言わないといけないことがあった。
「マリー」
「はい」
「っごめんなさい!」
私は勢いよく頭を下げてマリーに謝罪した。私が家を飛び出さなければマリーが危険な目にあうこともなかったのに。そう思うと申し訳なくて苦しくて。謝ったところで事実が無かったことにはならないがどうしても言わずにはいられなかった。
「顔をあげてください。どうしてお嬢様が謝るのです?」
「だって、私が家出したからあんな目に遭ったわけだし・・・・」
「お嬢様、悪いのは神官たちであってお嬢様ではありませんよ。それにずっと狙っていたと言っていたではありませんか。いつああなってもおかしくなかったんです。それが少し早まっただけですよ」
むしろお嬢様が一人で捕まらなくて良かったですとマリーは続けて言った。
その優しさに涙が出てくる。私はマリーをぎゅっと抱きしめてありがとうともう一度ごめんなさいを伝えた。マリーも抱きしめ返してくれて、私たちはひと時の間互いの無事を喜び合った。
その後お茶の準備をしてきますとマリーはそそくさと出て行ってしまった。頬が少し赤く見えたのは気のせいかしら?
再び一人に戻ると私はベッドにボフッと倒れこんだ。固い床と違い、ふかふかのベッドは私を優しく受け止めてくれる。
くたくたな体にふかふかのベッドとくればいつもの私ならものの数秒で夢の中だろうが、今日は不思議と目が冴えている。考え事で頭がいっぱいで寝るどころではないのかもしれない。
まずはっきりさせないといけないのはアレックス様のこと。これを決めないことには前に進めない。明日アレックス様は公爵令嬢とのことを話してくれるらしいからそれを聞いた後判断してもいいのかもしれない。
全ての答えを出すのは今日じゃなくていい。そう思うと少しだけ心が和らいだ。
アレックス様のことを考えると思い出すのが馬車でのあの言葉。
『それでも私はあなたを手放したくない。身勝手だと罵られようと、たとえ嫌われようともあなたと離れることだけはできそうにない』
アレックス様はどうして私のことをそこまで・・・・?特段美人なわけでもないし、聖女のように心が清らかなわけでもない。いくら考えても答えは出てこない。少し恥ずかしいけどこれも明日アレックス様に聞いてみよう。




