天使の皮をかぶった悪魔
私の目の前まで来た男の顔を見上げてみるも、見覚えはない。庶民の恰好をしているが、どこか上品な身のこなしから貴族かあるいは裕福な庶民のようだ。
「何で私たちをここに連れてきたの?」
「それは私が答えてやろう」
男に続いてほかに数人の男たちが入ってきた。その一番前にいる人物に私は息をのんだ。この人・・・・・見たことがある。
確か、学園の教科書に載ってた・・・・・神殿の神官長!!ということは他の人たちは神官?
「なっ、どうしてあなたが・・・?」
「こんなことをするのかって?」
クククと嫌な笑い方をしながら私を見下ろす神官長。その顔はゆがみ切っていてお世辞にも人々を癒す崇高な仕事をする人の顔には見えない。
「決まっているだろう。治癒の魔鉱石が世に出ないようにするためさ」
「なっ・・・・治癒の魔鉱石の販売はすでに決まったことです!神殿もお医者様も納得していたでしょ?!」
私はお父様から聞いた話をそのまま口にした。神殿は魔鉱石に治癒魔法を充填し、お医者様は販売の管理をする。他の魔鉱石同様治癒の魔鉱石も中の魔法を使い切ればただの鉱石になる。それを回収して神殿に送り新しい鉱石を送ってもらいまた販売する。この循環がある限り収入がなくなることは無い。
それに神殿に来る人が少なくなれば長期的な治療を必要とする重病人をより多く救うことができる。私がそう訴えると、
「それだよ」
神官長は苦々しい顔でそう吐き捨てた。それだよって、どういうこと?
「君の父親とウェールズ公爵は我々神官をただの魔鉱石職人と勘違いしていないか?これまで神殿は唯一無二の存在だった。だからこそ人々から敬われその尊厳を保ってきたんだ。それなのにただの魔鉱石職人と同じことをさせようとは!馬鹿にするにも程がある!それに長期的な治療を必要とする奴らは決まって劇的な回復を望んでいる。少しずつしか良くならないと知ると出てくるのは感謝ではなく不満だ!」
興奮気味に声を荒げ不満をまき散らす神官長。そしてそれに同調して頷く神官らしき人たち。
「難しい治療になればなるほど魔力を多く使い体力も精神力も削られる。そこまでしてやっても病気が治って感謝する奴は一握りだ。残りは高い金を払ったんだから当然だと言わんばかりの態度で神殿を後にする。だから感謝されやすい軽症の患者ばかりを優先的に診てきたというのに!重病患者ばかり相手にし続けていたら神殿の地位と名声は地に堕ちてしまう!!」
うんうんと頷いているだけだった神官らしき人たちは「そうだ!」と興奮気味に声を上げ始めた。
なに・・・・言ってるの?この人たち。
『治療を必要とするものの中には神殿でも長い時間をかけないといけないものもある。今までは通常の患者に加えてそういう患者を診ていたから、十分に手が行き届かないこともあったらしいんだ。でもこれからは本当に治療を必要としている患者のケアをしっかりとできるようになる。ようやく神殿のあるべき姿に戻りつつあるよ』
私は以前お父様が言っていた言葉を思い出してハッとした。ようやく神殿のあるべき姿にもどりつつある、というのは本当に治療を必要とする人を助けるということ。感謝されるかどうかは問題ではない。今まであまりにも多くの名声と利益を得てきたから本来の使命を忘れてしまったということだったのね!
「あなた達は間違ってる!苦しんでいる人がいるから助ける、神殿の役割って本来そう言うものでしょう?感謝されるかどうかなんて関係ないわ!」
私の言葉に男たちの顔が一斉に憎しみにゆがんだ。自分に向けられるあまりの憎しみに思わずビクッとしてしまう。
「お前は知らないからそんなことが言えるんだ。一度手にした富や名声をそう簡単に捨てられるか!」
神官長のあまりの剣幕に身が竦む。だけど、自分のことしか考えていないこんな人たちに負けるわけにいかない!
「でももう決まったことよ。今更私をどうにかしたって止められるわけないわ」
「それができるんだよ」
途端に神官長がニヤっと嫌な笑いを浮かべた。予想外の言葉にドキッとする。
「君が消えればすべて解決さ。どうやって君だけを攫うかずっと機会を伺っていたんだが、まさか自分から出てきてくれるとは!」
「え?ずっと、見張ってたってこと・・・?」
「そうとも。常に監視していたんだがなかなか捕まえられずヤキモキさせられたよ。しかし点は我々に味方してくれたようだ」
そんな・・・・・私はただアレックス様達から逃げたいだけだったのに。私を殺そうとする人達のもとに自分から飛び込んでいってたなんて!
「君がいなくなれば結婚は白紙になり、公爵家も手を引くだろう。強固な関係を築けないまま重要な取引はできない。もし裏切られたら莫大な損害を被ってしまうからね。そして公爵家が出しゃばってこなければ我々もたかだか伯爵家に従う義理は無い」
「で、でも、国王陛下も望まれている計画よ!そう簡単に反故にできるわけないわ!」
「それは心配いらない。君という婚約者がいながら他の令嬢と親しくしていたのは社交界ならだれもが知っている。仮に恋人関係でなかったとしてもそんなことは関係ない。そういう印象を皆が抱いているというだけで十分なのさ。君はそれに絶望して自ら死を選んだ。治癒の魔鉱石に尽力した君がそんな最期を遂げたことを知ったら君のご家族とリンネイルの侯爵家はどう思うだろうねぇ?その状況で国王が製品化を無理に進めることができると思うか?」
「そ、それは・・・・」
「だろう?だから我々の為にどうか死んでおくれ」
ゾッとするような笑みを浮かべながら傍で控えていた神官らしき男が何かの小瓶を取り出す。私は必死に平静を装いながらなおも叫んだ。
「忘れたの?私は治癒魔法使いなのよ!毒なんか飲まされたって自分で治癒できるわ!」
少しでも怯んでくれるかと期待したものの、男たちは笑みを浮かべたまま。
「わざわざ教えてくれたのに申し訳ないが、我々もそこまで愚かではない。そこにいる彼、彼は魔封じという特殊な魔法が使える逸材でね。その存在は王族すら知らない極秘情報だ。彼の魔封じはかけた対象のあらゆる魔法を無効化できる。嘘だと思うなら試してごらん」
神官長が彼、と呼んだ人物は一番最初に入ってきて声をかけてきた人物。やっぱりこの人も神官だったのね。
私はそれならと指に魔力を込めようとするがうまくできない。動揺しているからできないというより体の中から魔力が無くなってしまったような感覚。何度やってみてもそれは変わらない。
私はさぁーっと自分の顔から血の気が引いていくのを感じた。
「ようやく理解してもらえたようだね。おい、やれ」
神官長の声と共に小瓶を持った男が毒薬を空中に撒いた。




