逃亡と新たな危機
「・・・・な、何言って・・・・」
「お嬢様一人ではあまりに無謀です。お世話する人が必要でしょう?」
少し待っていてくださいと言い残してマリーは部屋から出て行った。
私は茫然と閉まったドアを見つめていると、ほどなくしてマリーが戻ってきた。
「は、早かったわね」
「侍女長にお嬢様がおやつの食べ過ぎで気持ちが悪くて寝込んでいる。私がつきっきりで看病するから誰も部屋に来させないで欲しいと伝えてきました」
「言い方!ま、まあ良かったわ。ありがとうマリー」
「さあ、今のうちに準備を済ませてしまいましょう」
そう言ってテキパキと準備を始めるマリー。そこでふと疑問に思ったことを口にした。
「そう言えばマリーは持っていくものは無いの?」
「そこにあるではありませんか」
そこ、と言われるところに目をやると小さなボストンバッグが一つ。中には落ち着いた色のワンピースが2着と小さな財布らしきものが入っている。・・・・・・え、これだけ?!
「最低限の着るものとお金さえあれば大抵は何とかなります」
「でも服がワンピース2着だけって・・・・」
「1着はお嬢様のですよ?」
「え?!」
どういうこと?驚いている私にマリーが呆れたように教えてくれた。
「これから逃亡しようとしているのに派手なドレスを着ていくつもりですか?一目で貴族のご令嬢だとばれてしまいますよ。見つけてもらいたいなら話は別ですが、そうでないなら服装だけでも庶民に似せないと」
た、確かに、ごもっとも。着ていく服のことまで気が回らなかったわ。
「それに、化粧品や香水もいりません。持っていくならお金に換えられる宝石です。ドレスも売れますが1、2着で十分です。こんなに何着もいりませんよ」
そう言いながらトランクの中のものを全て取り出し、トランクさえしまい込んでしまった。
「ちょ、マリー!私そのトランクしかちょうどいいの無いんだけど」
「私のカバンに入れていきます。逆に言えばそれに入らないものは置いていきます」
話を続けながらも手は止めず宝石箱からアクセサリーを取り出している。それを茫然と見ながら改めてマリーは優秀なんだなと思った。私一人で逃げてたら明日の朝にはつかまってたかも・・・・あ!
「ちょっと待って、それはダメ!」
「どうしてです?」
マリーが手にしているのは王室舞踏会で着けたラピスラズリのネックレスとイヤリング。アレックス様に贈ってもらったものだ。
「それGPSついてるから!」
「じーぴーえす?何仰ってるんです?」
「えっと、とにかくダメなの!アレックス様の魔力がこもってるんだって!それ持って行ったりしたらアレックス様にすぐ居場所がバレちゃう!!」
「それはいけませんね。置いていきましょう」
マリーはそれらを宝石箱に戻して元の場所にしまった。そしてアクセサリーを丁寧に布でくるみバッグの中にしまう。
「お嬢様、早くこのワンピースに着替えてください。それから次はいつ食べられるか分からないのですからお夜食も食べておいてください。どうせお茶会でスイーツを食べすぎたというのも嘘なのでしょう?」
「う、うん。よくわかったわね」
「お嬢様とは長い付き合いですからね」
私は急いでワンピースに着替えるとマリーが持ってきてくれたサンドイッチをもごもごと食べた。食べ始めて気が付いたけど、私お腹すいてたみたい。そして夜食というには量の多いサンドイッチ。マリーの鋭さと気遣いにはいつも驚かされる。
マリーはカバンを閉め終わると「行きますよ、お嬢様」と声をかけてきた。いつの間に着替えたのか、着ているものがメイド服からワンピースに変わっている。
私はクローゼットをもう一度ちらりと見た。アレックス様に贈られたたくさんのドレス。あれだけあればウェールズ公爵家への慰謝料の一部にできるかも。
・・・・・・・バカみたい。私を騙していた人たちの心配をこんな時までするなんて。
わたしは目元を手でぐいっと拭ってからマリーに向き合うと、マリーもこくんと頷いてくれた。
さて、問題はここからどうやって脱出するかよね。私の部屋は2階。バルコニーから私とマリーを浮かすくらいの魔力を使えばさすがに両親が異変に気付く。だから氷の魔法で簡素な梯子を作ることにした。これなら魔力量は少なくて済むから気づかれない・・・・・はず!
そーっと音をたてないように下に降りると二人で梯子を地面に向けて倒した。下は芝生だから衝撃で梯子が壊れても大きな音は出ない。梯子はいとも簡単にバラバラに砕け散り、朝には水になって誰にも気づかれることはない。
屋敷を抜け出した私たちは街まで夜通し歩き続けた。前世でも今世でもこんなに歩いたことはなかったからへとへとだけど、ここで逃げられなければ未来はないという焦燥感から必死で足を動かした。
そうして街に着くころにはすでに太陽が昇り始めていた。幸い貸馬車のお店は朝早くからやっている。私たちは身分を隠して馬車を借り、まずは少し離れた町までお願いした。
目指すはリンネイルとは反対側に位置する隣国。穏やかな気候と豊かな大地で栄えている平和な国だ。そこまでいけば簡単には見つからないはず。
本当は一気に国境沿いまで行きたいけどそれでは見つかる可能性が高くなってしまう。だから色んな街を転々として私たちが通った痕跡を分かりづらくするのだ。これもマリーのアイディア。本当にマリーがいなかったら逃げ切れなかっただろうとつくづく思う。
二つほどの街を経由して次の貸馬車のお店を探していた時、いきなりマリーが消えた。
「・・・・・マリー?」
きょろきょろと辺りを見回しても姿は見えない。人込みではぐれてしまったのかと思い、いろんなところを探してみるがやはり見つからない。その間に通りはどんどん人で溢れかえり始め自分の意志とは関係なしに通りの向こうへと流されてしまう。一旦路地裏に入って落ち着こうと思い移動したとき、いきなり背後から口を押さえられた。
「?!!」
訳が分からず暴れていると今度は体が動かせなくなった。見えないロープで身体を縛り上げられている感じだ。
「お嬢様!!」
それでも必死で抵抗しようとしていると目の前からフードを被った人物につかまったマリーがいた。
驚いたのもつかの間私たちはすぐに気絶させられ、目の前が真っ暗になった。
目を覚ますとそこは古びた埃っぽい部屋。どうやら私は床に転がされているようだ。そして視界の端にはマリーが見えた。
「マリー!!」
私はさっきの出来事を思い出して慌てて近寄ろうとするも手と足を縛られていて動けない。
幸いマリーは大きなけがもなく無事らしい。私はほっと胸を撫でおろした。
それにしてもここはどこだろう?お父様たちが捕まえに来たのかもと思ったけど、それならこんなところに転がさないで屋敷に連れ帰っているはず。手元で監視する方が楽だもの。
「うっ・・・・」
「マリー!大丈夫?」
「お、じょう、さま・・・?いったい何が・・・・」
「分からないわ。ここがどこかも分からない」
まだ頭がぼーっとしているのかうつろな表情をしていたマリーが突然ハッとした。
「さっきのフードを被った人たち!お嬢様なにもされていませんか?」
「うん。大丈夫よ。縛られて身体は痛いけどね」
周りに人の気配はない。落ち着いて部屋の中を見回してみると古びていて埃っぽいけど調度品は高級なものばかり。どこかのお屋敷かしら?
そのときギィッと扉が開く音がして誰かが入ってきた。
「目が覚めたか」




