疑惑は確信に
そこから先の記憶はほとんどない。馬車に乗り込んで屋敷まで来たはずなのだが気が付いたら自分の部屋にいた。
「・・・・・・・あれ?」
「どうされました?お嬢様」
「私いつの間に帰ってきたの?」
「なに仰ってるんです?二時間ほど前にお帰りになったじゃないですか。話しかけてもぼーっとしてるので調子でも悪いのかと思いましたが大丈夫そうですね」
呆れながらも淡々と話すマリー。
二時間前?!慌てて窓の外を見ると辺りはもう暗くなろうとしている。私二時間も座りっぱなしだったの?!道理でお尻が痛いはずだわ。
「もうすぐ旦那様も帰ってこられます。一緒にお食事はとれそうですか?」
「・・・・ううん。食欲無いから今日はいらないわ」
「やはりどこかお加減がよろしくありませんか?」
「いや、ううん。そうじゃなくてお茶会で調子に乗って食べ過ぎただけ」
「そうですか。シェフに伝えておきます」
まさかマリーにショックで食欲が無いなんて言うわけにいかない。私は慌てて笑顔を取り繕ってごまかした。マリーは信じてくれたようで静かに部屋を出て行った。
しんと静まり返った部屋の中で私は今日メリンダ様から聞いた話を整理することにした。
積荷が襲われウェールズ公爵家に助けられたのが5年前。5年前って言ったら・・・・・私はふぅっと深いため息を吐いた。
中の積荷は下手したら国際問題に発展するほどの重要なもの。いくら考えてもそれは治癒の魔鉱石しか思い当たるものが無い。たとえ未完成の試作品だったとしても流出したら大変なことになる。そんな危機的な状況でウェールズ公爵様が助けてくれたということは、当然中身についても知ってしまったはず。
それなら黙っている代わりに自分もそこに加えろと言ってきても不思議ではない。
より正確で強固な信頼関係を築くための最も手っ取り早く確実な方法、それは結婚。
私が学園に入学したとたんお父様が縁談を受け付けないと公言したこともこれなら説明が付く。モリスヴェイン伯爵家としても積荷を取り返してくれただけでなく神殿や医者との交渉役まで買って出てくれるというのだ、断る理由などあるはずがない。
私はアレックス様との婚約話が浮上した時のお父様との会話を思い出した。
『昔からベルは義務的な結婚はしたくないと思っている節があったからな。口に出すようになったのは半年ほど前からだが』
『お父様、知っていらしたのですか?』
『親だからね。娘のことなら言葉にしなくても態度で分かるものだよ』
『お父様・・・!』
『だからこそベルが自分で良い相手を見つけられるように適当な理由をつけて学園にいる間はどの縁談も受け付けないと触れ回ってきたんだ』
目の前が涙で霞む。お父様のあの言葉がどれほど嬉しかったか。前世の両親のこともあり幸せな結婚を夢見ていた私にとってお父様の言葉は正に救いだった。アレックス様と婚約したのは断れない相手だというのももちろんあったが、両親を困らせたくないという気持ちも少なからずあった。何より私の為に手を尽くしてくれていた両親の役に立ちたいと思ったから。
それなのに・・・・・・!
前にお父様と公爵様の話を聞いてしまった時は、せいぜい1年前くらいに取り交わされたものだと思っていた。
それがまさか私が学園に入学した時からだったなんて。あの言葉さえも私を騙すための嘘だった・・・・・!私の気持ちを知りながらそれを利用したのね!アレックス様もお父様もお母様もあんな芝居までして婚約を受け入れさせるなんて、酷すぎる!!
私は勢いよく机に突っ伏して声を押し殺しながら泣いた。大声を出すと誰かが見に来てしまうから。今は誰の顔も見たくない、誰にも会いたくない!
その時カサッと何かが手に当たった。ふと顔をあげるとアレックス様から届いた今日の分の手紙とプレゼント。プレゼントの箱を見てハッとした。そこに書いてあるのはティーカップとリボンのロゴ。今日のお茶会で話題に上がったカフェ。そして・・・・アレックス様と公爵令嬢らしき人たちが入って行ったお店・・・・。
やっぱり、あれはアレックス様達だったんだ・・・・・!忙しいと言いながら他の女性と密会する、前世の父がやっていたことと全く一緒じゃない!
私は心臓をぎゅっと鷲掴みにされたように苦しくなった。
・・・・・どうして?少し前ならいつものことって受け流せたはずなのに、どうしてこんなに胸が苦しいの?
ううん。理由なんてわかってる。私がアレックス様に心を許してしまったから。平気でうそをつけるような誠実さのかけらもない人だって分かっていたはずなのに。信じたいと思ってしまったから・・・・・。
結局アレックス様は私と結婚することで得られる利益を得るために私のゴマをすっていただけ。ちょっと手紙とプレゼントを贈っただけで大人しくなった私を見ながらさぞ気分が良かったことでしょうね!!
私は目の前の手紙とプレゼントを勢いよく床に投げつけた。そして再び机に突っ伏し手で髪の毛をぐしゃぐしゃとかき乱しながら大声で叫びたくなるのを必死で抑えた。
もう誰も信じられない!信じたくない!!!
・・・・このままいなくなってしまおうか。何もかも捨てて一人になれたら楽になれかな。
声を押し殺しながら一通り泣いて冷静になった後、出てきたのはそんな思いだった。
ふと外を見ると空はもう真っ暗で、かなりの間泣いていたことが分かった。
私はガバっと起き上がってクローゼットの扉を開けた。中にはアレックス様にもらったドレスがぎっしり詰まっている。私はそれらには目もくれずもともと自分が持っていたドレスを数着手に取って、ベッドの上に乱暴に投げた。そして旅行用の小さなトランクを開けてドレスや必要だと思うものを手当たり次第に詰め込んだ。
コンコンコン
その時突然ノックの音が響いて私はビクッと手を止めた。
「お嬢様、入ってもよろしいでしょうか」
「マ、マリー?どうしたの?」
「あれから随分と時間が経ちましたので、そろそろお腹がすいたのではないかと思いまして、お夜食をお持ちしました」
「い、今手が離せないの。悪いけどいらないわ」
「・・・・・・お嬢様?」
声から私の様子がおかしいことを察知したのか、マリーは「失礼します!」とドアを開けてしまった。
飛び込んできた光景が理解できず最初マリーは目を見開いて固まっていたが、すぐに我に返り私に詰め寄ってきた。
「お嬢様、何をされているのです?!」
「お願い、マリー!見逃して・・・・。詳しくは言えないけど、私もうこの家にいられない。みんな私を騙してた。もう誰も信じられない」
平常心を保てず取り乱す私の様子を見ながらマリーはフゥ―っと大きくため息をはいた。
見逃してくれるのかも?と思った私の予想を裏切って、マリーから出てきたのは驚くべき言葉だった。
「私も行きます」




