渦巻く狂気1
少し待ってもこちらに歩いてくる足音は聞こえない。どうやら大丈夫らしいと小さく息を吐いた時だった。
「べルティーナ嬢、伯爵家の令嬢が立ち聞きなんてはしたないですよ?」
音もなくいきなり現れたのはニヤニヤと下品な笑みを浮かべる子爵令息。
「!!!!」
驚きのあまり声も出せず手で口を覆った状態のまま目を見開く私に子爵令息はじりじりと間合いを詰めてきた。
「待て、ルイス」
その声と共に不愉快そうな顔を隠そうともせず第二王子様が子爵令息の後ろから現れた。
「ここで何をしているんだ、令嬢?」
「な、何で・・・・足音・・・・」
やっとのことで出てきた言葉はそんな疑問だった。他にも言うべきことはあるはずなのに考えがまとまらない。そう感じていたのは私だけではないようで。目の前にいる第二王子様は侮蔑に満ちた笑みを浮かべた。
「この状況でそんなことを聞くのか?君は魔力が強いのに風魔法で足音を消すくらいの初歩的なこともできないのか。」
風魔法でわずかに体を浮かせて足音を消す。確かに初歩的なことだけど、動揺しすぎてそこまで頭が回らなかったんだから仕方ないじゃない!口を押さえたままだった手をゆっくり下ろしながら精いっぱいの虚勢を張って第二王子様を睨みつけた。
「何だ?その目は。たかだか伯爵令嬢のくせに生意気な。お前に可愛げのかけらもないからアレックスはレイラにべったりなんだろ!お前にアレックスが振り向くだけの器量が無いから・・・・・」
「アレックス様を手にかけるの?」
「・・・・・そうだ」
今までの態度から一変してニヤリという不気味な笑みを浮かべる第二王子様。
「私がレイラを手に入れて王位に就くためにはアレックスが邪魔なんだよ。奴がいる限りレイラはこちらに靡かない。だから消えてもらうことにしたのさ」
悪いのはあくまでアレックス様だという傍若無人な態度で話し続ける第二王子様。そんな第二王子様の隣でニヤニヤとこちらを見ていた令息が驚くべき提案をしてきた。
「殿下、べルティーナ嬢にも作戦に加わってもらってはいかがですか?」
「は・・・?何を・・・・」
「それはいい提案だ、ルイス。令嬢、君もアレックスには思うところがあるだろう?容姿・教養・家柄、魔力に至るまで何一つレイラに勝るものが無いためにアレックスに振り向いてももらえずみじめな思いをさせられているんだ。復讐したいと思うだろう?」
「その通りですよ。レイラ嬢に劣るとはいえあなたはこんなに美しく理不尽に黙って耐える強さをお持ちなのに。それに気が付かないアレックスなどこの世から消してしまいましょう。その後は私が責任をもって幸せにしますから」
私の話を遮り語り始めた二人。さっきから何なの?馬鹿にしてるの?公爵令嬢と比較してディスってくるのやめてくれる!?二人とも一見私のためを思って言っているような口ぶりだけど要は自分がオイシイ思いをしたいだけじゃない!いざとなれば“蔑ろにされた哀れな婚約者が公爵令息を手にかけた”とかいう筋書きで全ての罪を擦り付けてきそうな気がするわ。
それにこの令息!幸せに~とか言ってるけど私の家の財産しか見てないのバレバレだっつーのよ!!これまでそんな縁談は腐るほどあったんだから、どんなに取り繕ったって私の目はごまかせないわよ!
驚きのあまり何も言えないでいると第二王子様と令息はどんどん話を進めていた。私の沈黙を了承ととらえたらしい。まったく思い込みが激しいのにもほどがある。
そういえばさっきから侯爵様が一言も話してないけど、何をしているのかしら?
そう思い第二王子様達の後ろに目をやると難しい顔をしたまま黙り込んでいる侯爵様がいた。どうやら私が作戦に加わることに反対らしい。
そりゃそうよね、秘密を知る者を増やしたくなんてないはずだもの。あたま空っぽな第二王子様とは違って本当に子爵令息が婿入りできるなんて思ってないだろうし。例えアレックス様がいなくなったとしてもお父様が何のメリットもない子爵家の三男との結婚を許すはずがない。この令息もモリスヴェイン伯爵家の事業を切り盛りできる商才があるようには見えないし。
私は改めて二人に視線を戻すとすぅっと息を吐き堂々と口を開いた。
「馬鹿にしないでくださいませ」
それまで嬉々として話していた第二王子様と令息がピタッと止まりすぐに顔色が変わった。
「令嬢、今何と?」
「馬鹿にしないで下さいと言ったのです。いくら無下な扱いを受け、陰で噂されて哀れな立場に立とうとも人に危害を加えるつもりなど毛頭ございませんわ!自分の利益の為に平気で他人を害せるあなた方と一緒にしないでください!!」
私は一気にそう言い切った。物理的な被害はなくても精神的にアレックス様をいじめたことならあるけど、それは置いておこう。それにしても自分で言っておいてなんだけど、私ってなかなか悲惨な環境に置かれているわよね。
「せっかくの私の誘いを断るというのか。君のために提案しているのに・・・・僕の好意を無下にするというのか!!」
イライラを隠そうともせず憎しみを込めた目で私を睨みつける第二王子様。一方の令息はバカなやつだなという顔でこちらを見ている。
秘密を知った上に仲間にもならない私が無事に帰してもらえるわけはない。何をされるか分からないけど逃げる準備はしなくちゃ。落ち着くのよ、私。また前みたいに取り乱して魔法が発動しなかったら私に打つ手はないわ。
背中に流れる冷や汗を感じながら緊張と恐怖と不安が入り混じった感情を何とか抑えようとしていると、つい先ほどまで声を荒げていた第二王子様がふっと笑った。
え?笑った・・・・?
しかし表情こそ和らいだものの目にはまだ憎しみが色濃く残ったまま。
「仕方ない。愚かな君にはここで消えてもらうとしよう」
「殿下、それは困ります。令嬢が死んでしまったら私の計画はどうなるのです?」
「何を馬鹿なことを言っているんだ!この娘を生かしておいて陰謀が露見すれば私たちは終わりなんだぞ!!」
それまで黙って成り行きを見ているだけだった侯爵様がいきなり大声を上げた。どこまでも自分を邪魔してくる令息に我慢ならないようだが、まだギリギリのところで保っているようにも見える。
私はというと、目の前で繰り広げられる議論をじっと見つめているが、内容は頭に入ってこない。ただひたすら恐怖に押しつぶされそうな気持を必死に抑えながら逃げる機会を伺った。
「侯爵、口を慎め。陰謀などではない、これは崇高な使命だ。私が国王になるための尊い犠牲なのだ。決して腹黒い陰謀などではない」
「そうですよ閣下。人聞きの悪いこと言わないでください」
「この小僧・・・・!!言わせておけば・・・・!」
緊迫した中で平常心を保っていられなくなったのか、それとも単に堪忍袋の緒が切れたのかとうとう侯爵様が令息の胸倉を掴んだ。
今だ!
私はありったけの魔力を指に込めてあたり一面を凍らせ、私と第二王子様達との間に天まで届きそうなほどの分厚い氷で壁を作った。
そしてわずかに残っていた魔力で風の魔法を使って走る速度を上げ反対方向に向かって全力で逃げた。この先には宮殿に続く扉がある。中に入りさえすれば簡単には見つからないはず。国王陛下のいる会場まで戻れば私の勝ちよ!!
以前第二王子様は植物を操る木属性の魔法を使っていた。火の魔鉱石で威力を上げたとはいえ、トムの魔力で燃やされた植物は再生していなかったことから第二王子様は火の魔法に弱いのかも。そう思ったけれど、ここは庭園。火の魔法を使ってしまえば私まで巻き込まれてしまう可能性がある。そこで考えたのが氷だ。氷で固めてしまえば植物を操るのにも時間がかかるはず。そして氷で壁を作っておけばすぐには追ってこられない。
とは言え油断はできない。令息は子爵家の出だからそんなに魔力は強くないだろうけどマリンガム侯爵様は?何といっても侯爵家の当主なのだ、どんな魔法を得意としているかは分からない。
そんなことを考えながらハアハアと息を切らして来た道を必死で逃げる。
宮殿への扉までもう目の前、というその時だった。私は何かに足を取られ勢いよく前に倒れこんだ。胸を強打して一瞬息が止まり苦しさから身もだえしていると、背後から冷ややかな声が響いてきた。




