王室舞踏会4
私は今、令嬢たちの無言の圧力という名の激励を背に受けながら足早にアレックス様のもとへと向かっている。いきなりの展開に気持ちが追い付かないが、もともと今日はアレックス様に突撃しようとは思っていたのだ。それが少し不本意な感じで早まっただけ。
私は自分にそう言い聞かせながらアレックス様に近づいていった。当のアレックス様は公爵令嬢を待つ間、近くにいたクリス様やセイドリアン様と話をしていたけど、私に気が付いて驚いたようにこちらを見てきた。
「べルティーナ嬢、久しぶり。姉様たちと話が盛り上がっていたみたいだね。仲良くなれたようで嬉しいよ」
え?見てたの?広い会場なのによく見つけられたわね。
以前の侯爵邸での騒動など無かったかのように振舞うクリス様とは対照的にセイドリアン様はやばい人を見るような目で私を見た後、すぐに笑顔を貼り付けて優雅に挨拶をしてきた。
「ごきげんよう、べルティーナ嬢。今日もお美しいですね」
「ごきげんよう、セイドリアン様。ありがとうございます」
私も淑女の礼をしながら挨拶を返した。
婚約披露パーティーで私がしたことを思えばやばい人認定されても仕方ないけど、すぐに表情と態度を取り繕えるのはさすがだなと思う。
「クリス様、セイドリアン様、少しの間アレックス様をお借りしてもよろしいかしら?」
「もちろんですよ、どうぞ」
「クリス!べルティーナ嬢、ここで話されては?我々のことはお気になさらず」
快く送り出そうとするクリス様と明らかに動揺した様子のセイドリアン様。公爵令嬢が戻った時にアレックス様がいないとまずいことでもあるのかしら?
「二人きりでお話したいのです。婚約者なのにどうしてダメなんですか?」
「い、いやダメというわけでは・・・・」
悲し気な表情をしながらセイドリアン様に訴えると、横からクリス様も「婚約者なんだからダメなんてことはないさ!そうだろセイン」と援護射撃をしてくれた。
「廊下で少しお話するだけですわ。ノルマンディ公爵令嬢がお戻りになられたらそうお伝えくださいませ」
なおも難色を示すセイドリアン様に向かってにっこりと有無を言わさぬ笑顔を浮かべてから、困惑しているのか何も話そうとしないアレックス様の手を引いて半ば強引にその場を後にした。
広い会場を横切り廊下に出ようとしたところで公爵令嬢が戻ってくるのが見えた。第二王子様派の家門であるクリス様のことだ、やっぱり公爵令嬢とアレックス様が別れてくれることを願っているんだろう。セイドリアン様は私たちの行き先を伝えてくれると思うけど本当にくるかどうかは分からない。でもクリス様ならきっと行けと促してくれるだろう。
廊下に出たところで我に返ったのか、されるがままだったアレックス様がようやく口を開いた。
「べルティーナ嬢?今日はお相手できないと伝えておいたはずですが」
未だに困惑しながらも不機嫌さが伝わってくるような物言いのアレックス様。
今日はじゃなくて今日もでしょ。婚約してから今まで相手してもらったことの方が少ないんですけど?
はっっ!いけないいけない。ついいつものように冷めた目で見てしまうところだった。こらえるのよ、私!
私は精いっぱい悲哀に満ちた表情をつくってアレックス様を見つめた。その表情にアレックス様が一瞬怯む。
「どうしてそんなことをおっしゃるのです?どうして婚約者なのにそばにいてはいけないのですか?」
今にも涙をこぼしそうな顔をして訴える私にアレックス様は
「それは・・・・今は言えません」
「それならいつなら言えるのです?いつになったら私のそばにいてくださるのです?」
「それは・・・・」
ごにょごにょと言葉を濁してはっきりしないアレックス様。
言えないですって?私より公爵令嬢の方が好きだってどうして言わないの?優しさのつもり?口で言わなくてもこれまで十分すぎるほど態度で示してきたんだから口で言うよりよっぽどひどいことしてるわよ。
先程よりも冷めた視線を浴びせかけそうになるのを必死にこらえながら私は準備してきたセリフを一気に吐いた。まるではっきりしない態度にしびれを切らしたかのような演技をしながら。
「どうして、どうしてどうして!!アレックス様の婚約者は私なのに、どうして一緒にいられないの?どうしてアレックス様は私だけを見てくれないの?私が婚約者なのよ!!!」
涙を隠すように手で顔を覆い、必死に訴えた。実際には涙を見せないためでなく万が一にも嫌悪のオーラがにじみ出たらいけないからだけど。
これは演技これは演技。私が言ってるわけじゃない。私はアレックス様のことが好きな誰かを演じているのよ!!大嫌いな相手に対して好意を示すようなことを言うなんて演技とでも思っていなければとても耐えられない!
「べ、べルティーナ嬢・・・?なにを・・・」
思惑通りアレックス様も困惑している。みんなの前で嫌がらせしたり好きな人の前で醜態を晒されそうになったりと、色々やらかしてきた私にこんなことを言われているのだもの。そりゃそうよね、そうでなくちゃ。
「私はこんなにアレックス様を愛しているというのに!!」
「!!!」
い~~~~や~~~~!!!!
これは演技これは演技これは演技!!耐えるのよ私!!このために夜な夜な一人で練習したんでしょ!ここで失敗するわけにはいかないわ!
「これ以上公爵令嬢が図々しくアレックス様の隣にいることなど我慢できません!このままだと私・・・・私・・・・公爵令嬢に何をしてしまうか分かりません!」
その時アレックス様の纏う空気がピリッと張り詰めたのが分かった。あれ?怒るかなとは思っていたけど予想よりガチ?
「何か、とは?」
「ええと、こ、公爵令嬢を傷つけてしまうかもしれない・・・という意味です。物理的に・・・・」
さっきまでは嫌悪感を顔に表さないために顔を隠してたけど、今は張り詰めた空気の中で顔をあげにくい。私はそのまま問いかけに対する答えを述べたのだけど、最後は尻すぼみになってしまった。
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
えー、何この沈黙。私の予想ではなんてことを言うんだ!って声を荒げると思っていたのに・・・・。怒鳴られるより逆に怖いんですけど。
ええい、もうここは勢いよ!どうせならもっと怒らせてお前とは無理だって言わせてやるんだから!
私はばっと顔をあげてアレックス様に抱き着いた。私を包み込むようなアレックス様の男性らしい匂い。
全身に鳥肌が立って吐き気と嫌悪感が半端ないけど、ここは我慢よ!この苦行を乗り越えれば晴れて自由の身になれるはずよ、私!!
「私だけを見て!私たち夫婦になるのでしょう?私たちの生活にあの人がいるなんて嫌!許せない、あんな人があなたの隣にいるなんて耐えられない!!あんな女消えてしまえばいいのに!!」
「ベルティー・・・・・」
「それができないなら!!それが無理なら・・・・いっそのこと婚約を破棄して。私が罪を犯してしまう前に開放して、ください。お願い・・・・・」
アレックス様にしがみついた状態で顔が見えないのを良いことに精いっぱい可哀そうな女を演じたところで、背後からガタンと音がした。そっと振り向くとそこにはノルマンディ公爵令嬢。
「レイラ・・・」
「クリスに言われてここに来たのだけど、いったいこれはどういう状況?」
腕を組み不機嫌さを隠そうともしない様子でこちらを見つめる公爵令嬢。
自分で意図してやったことだけど、間女感が半端ない。何で焦ったり動揺したりすることもせずどこか余裕すら感じられるその態度にいたたまれなくなってしまった。
こっちは捨て身でこんなことやってんのに何であなたはそんな冷静なの?普通恋人がお飾りのはずの女とくっついてたらもっと怒るはずなんじゃないの??
「あ、あの、とにかくそういうことですから!!」
捨て台詞のようにそう言い残すと私は会場に戻るでもなく、足早にその場を後にした。後ろからアレックス様が私を呼ぶ声が聞こえる気がするけど、止まったら何言われるか分からないのに止まれるわけないでしょ!!
そんなことを考えながら私はひたすらに走り続けた。




