王室舞踏会 1
すみません、遅くなりました!
私は今とても困惑している。というのも4人の令嬢たちに囲まれているから。
これから何をされるのか想像するだけで目眩がしてくる。それでも怯えるような素振りを見せれば彼女たちをさらにつけ上がらせてしまうかと思い、恐怖と闘いながらもまっすぐ前を向く。
本当に今日は心臓に悪いことばかり。思えば会場に入った時からそうだった。
ほんの2時間ほど前、アレックス様にエスコートされて会場に入った途端に浴びせかけられる視線、視線、また視線。それもジロジロと不躾なものからチラチラという控えめなものまで様々。正直見せ物になったようで気分が悪い。そもそも注目される事自体好きではないため今の状況はひどく居心地が悪い。
でもそれも仕方がないことかもしれないと思う。噂話は貴婦人たちにとって最大の娯楽と言っても過言ではない。良い噂から悪い噂まで幅広く楽しむものの、悪い噂の方がより好まれる傾向にある。人の不幸は蜜の味とはよく言ったものだ。
そんな彼女たちにとって麗しの公爵令息とお飾りの伯爵令嬢の動向は恰好のネタだろう。しかも令息のお相手が公爵令嬢となればなおさら。みんな腹の中では修羅場の一つでも演じてほしいと思っているのだろう。確かにそんな状況になったらさぞ楽しいことだろう。
尤も自分がその渦中にいるなら到底楽しめるわけもないが。私は人の不幸を喜ぶような人間にだけはならないようにしようと固く心に誓う。
俯いていることすら噂にされかねないのでまっすぐ前を見て堂々と歩いた。その間も容赦なく浴びせかけられる視線も気にしないふりをして必死に気丈な態度を崩さないようにした。そうしてたどり着いたところは玉座の前。
あれ?何でここに?いや王室主催の舞踏会なのだから真っ先に陛下に挨拶するのは当然のことだけれども!アレックス様は次期公爵だから挨拶しないなんてことありえないことだけど!
私気にしてませんって態度を取ることに気を取られて基本的なことが頭から抜けてしまっていた。
そのため陛下と王妃様を前にして頭は真っ白。何とか淑女の礼はしたものの、その後どんな会話をしたのかよく覚えていない。
微かに二人が婚約してくれて良かったとかそんなことを言われたような記憶がある。
あれ?そう言えば国王陛下がアレックス様に意味深なアイコンタクトをとってたような・・・?きっと気のせいね。もしそうだとしても私には関係ないことだろうし。
陛下への挨拶が終わると今度は貴族の方々への挨拶回り。その頃にはあからさまな視線を向けられることもなくなり、いつものざわめきが戻っていた。挨拶回りはニコニコと笑顔を貼り付けて当たり障りの無い会話をするだけだったけど、ドッと疲れた。まだ舞踏会の序盤なのにと思うとため息しか出ない。だけど各家の当主夫妻の顔と名前を勉強しておいたおかげでこの人誰?という状況にならなかったことには素直にほっとしている。
そしてアレックス様は宣言通り私を置いてさっさと行ってしまった。向かう先は言わずもがな公爵令嬢のもと。当たり前のように公爵令嬢にぴったりと寄り添うと楽しそうに談笑し始めた。その近くにはクリス様とセイドリアン様。
一人の女性に複数の男性って・・・
私は前世に読んだ小説を思い出していた。たくさんの男性に愛される可愛らしい令嬢と、彼女に婚約者をとられ意地悪を繰り返す悪役令嬢が出てくる話。目の前の光景はまるでその小説の一場面のよう。
悪役令嬢よりも身分が低いヒロインは意地悪に黙って耐え、それが明るみになった時男性主人公は悪役令嬢との婚約を解消してヒロインと結婚した。
・・・という内容だけど、ヒロインの位置にいる公爵令嬢は私より遥かに身分が上だし、悪役令嬢の位置にいる私は婚約破棄してもらえなくて悩んでいる。結局あの小説と似ているところは公爵令嬢の周りに男性がたくさんっていうことだけね。
アレックス様から視線を剥がし、近くのテーブルから取った飲み物片手に壁の花となるべく隅の方へ向かったのだけど、その前に後ろから声をかけられてしまった。
「モリスヴェイン伯爵令嬢」
「はい?」
振り向くと切長のアイスブラウンの瞳に黒曜石のような漆黒の髪をした青年が立っていた。そんなに背は低くはないが高くもなく至って普通の青年だ。
アスペン子爵家のルイスと名乗った青年は私にダンスを申し込んできた。
壁の花になる気満々だった私には有り難くないお申し出だけど、断る理由も無いため受けるしか無い。
私は笑顔を貼り付けて差し出された手を取った。曲に合わせてダンスを踊りはじめて少しするとアスペン様が話しかけてきた。それも誰にも聞こえないようにヒソヒソとした声で。
「婚約者が他の女性に入れ込んでいるって辛いですね」
「えっ?」
反射的に顔を上げると目の前にはニヤニヤと下品な笑いを浮かべるアスペン様の顔。憐れみからくる慰めの言葉ではないのは明らかだ。
なに?伯爵令嬢の無様な姿を笑いたいの?
私は眉をキュッと寄せて彼の顔を見つめた。自身の言葉に反応したことに気を良くしたのか彼は続けて言った。
「婚約者が愛人を置くならあなたも同じようにすれば良いんですよ。私で良ければお相手致しますよ」
「なっ、何言って・・・」
「愛人なんて貴族の間では珍しい事でもないでしょう。尤もウェールズ殿のように身分の高い未婚の令嬢と堂々と、というのはなかなかありませんがね。私は子爵家と言っても三男ですし、しがらみもなく丁度いいと・・・」
「結構です」
私はプイッと顔を背けて彼の言葉を遮りそう言い放った。
愛人を置くなんて冗談じゃないわ。前世も今世も浮気で嫌な思いをしてるっていうのに私まで同じことしてクズに成り下がるなんてゴメンよ。
それに結婚する気もないのに愛人を置くなんて意味分からないし。
彼はやれやれと肩をすくめていたけれどそれ以上何かを言ってくることは無かった。
曲が終わりお互いに礼をして終了。私はその時彼にしか聞こえないように小さな声で囁いた。
「今夜限りの楽しい時間をありがとうございました」
これはこの国でよく使われる言葉で、"次回は無いわ”という拒絶の意思表示。ちなみにこれは親しくない人に使う言葉で、恋人とか婚約者とかに別れを告げる場合は『あなたに祝福がありますように』という言葉を使う。これは"あなたの進む先に私はいない”という意味。
私はそのままニコッと笑いかけてさっさと背を向けた。
帝国との繋がりがあるモリスヴェイン伯爵家やウェールズ公爵家と縁を結びたいという下心がミエミエで気持ちが悪い。
はぁっと小さくため息を吐いているとまた別の男性から声をかけられた。
結局この後三人の男性とダンスを踊り、全員から愛人のお誘いを受けた。
本当もういい加減にして欲しい!アレックス様に作戦を実行する前に神経と体力がすり減っちゃうわ!
そう思って会場の隅の目立たないところへ急いで移動していたところで4人の令嬢に囲まれてしまい、今の状況の出来上がり。
本当に何なの今日はもう!絡まれすぎじゃない?
愛人のお誘いの次は意地悪?お飾りのくせに調子に乗ってんじゃないわよ的な?
ドキドキと胸の鼓動を感じながら目の前の令嬢たちの言葉を待つ。すると中央にいる令嬢がすっと口を開いた。
「モリスヴェイン伯爵令嬢とずっとお話ししたかったんです!」
キラキラとした瞳を向けてくる令嬢たち。
え、何このデジャヴ。




