いざ舞踏会へ
次の日の夜、侍女たちに磨かればっちりと化粧を施してもらった私は自室でアレックス様が来るのを待っていた。
髪を結い化粧をしてもらった姿を鏡で確認した時、まるで別人だなというのが素直に出た感想だった。前世にネットで見た詐欺メイクほどではないものの少し近いものを感じてしまった。もっとも鏡に映りこむ侍女たちの満足そうな顔を前にそんなこと口が裂けても言うわけにはいかないが。
「お嬢様のあまりの美しさに会場中が酔いしれることでしょうね」
化粧を担当した侍女がそう賛美してくれ、
「宝石の輝きでさえお嬢様の前では霞んでしまいますわ!」
続いて髪型を担当した侍女が褒めたたえてくれた。女神でもあるまいし、さすがにそれは言い過ぎだと思い乾いた微笑みを浮かべていると、本当のことですよ!と力強く言われた。
しばらくしてアレックス様から間もなく到着する旨の手紙が来たと報告を受け玄関ホールへと向かった。階段を下りながらホールを見下ろすとお父様とお母様の姿が見えた。二人とも今日の舞踏会に招待を受けている。揃ってそこにいるのを見るとお父様たちも今から出るところのようだ。
本当なら私も一緒に行きたいところだけど、残念ながら私にはアレックス様というパートナーがいる。両親に対してまだモヤモヤしているとは言っても、王宮までの道のりをアレックス様と馬車で二人きりよりで過ごすよりは随分ましだ。
「ベル、とても素敵よ。ドレスも良く似合っているわ」
階段を下り切ったところでお母様が私に気が付いて声をかけてきた。その声でお父様も私を見てどこの女神様かと思った!と大げさなほど褒めそやしてくれた。
いつもなら、そう?とか言って喜ぶところだけど今はそんな賛美も素直に受け取れない。できるだけいつも通りにしようと思っているのに、結局微妙な笑顔でありがとうと言ってしまった。
「ベル?」
お母様は何かを言おうとしているようだったが、それより前にアレックス様が来てしまった。
到着されましたという声でドアに視線を送ると、夜会服をスマートに着こなし見事な金の髪をきっちりセットしたアレックス様がいた。アレックス様の目が私を捉えると深海のような濃紺の瞳が僅かに見開かれた。
え、何?私、変なところある?でもこのドレスも装飾品もあなたが贈ってくれたものですけど?顔については今更どうこう言われたくないし。
アレックス様の態度にムッとしてじっとその瞳を見つめ返すとふいっと逸らされてしまった。そしてそのまま近くにいた両親に向き直り挨拶を交わす。
「こんばんは。モリスヴェイン伯爵、伯爵夫人。べルティーナ嬢をお迎えに上がりました」
胸に手を当てて優雅にお辞儀する様はさすが次期公爵という感じで動きの一つ一つが洗練されている。
映画のワンシーンに出てきそうな光景だけど、今のこの状態ではただの茶番。両親公認のお飾りの婚約者に対していかにも大切そうな態度をとるなんて。
まあ、私がただのお飾りだってことは屋敷の者たちは知らないから無理もないのかもしれない。いや、知っていて敢えて知らない振りをしているのかもしれないけど。少なくとも今日私をドレスアップしてくれたあの侍女たちは知らないと思う。
「アレックス殿、娘をよろしく頼むよ」
「ごきげんよう、アレックス様。私たちは先に行っていますね。後で王宮で会いましょう」
「はい、また後ほど」
お父様とお母様はそれだけ言うとさっさと行ってしまった。ホールにアレックス様と一緒に残された私は沈黙を貫き、少しの間気まずい空気が流れた。
「べルティーナ嬢」
「は、はい!」
いきなり話しかけられ、ビクッとして変な声が出てしまった。しかも思わず顔を向けてしまい、図らずも見つめあう形になって、慌てて視線をそらした。
恥ずかしい・・・。いや、アレックス様に変に思われるかも~とかはどうでもいいんだけど、気になるのはそばで控えている使用人たちの顔。みんな温かい笑みを浮かべていて、緊張のあまりの行動だと勘違いしていることが十分すぎるほど伝わってきた。
ち、違うのよ!緊張してるとか恥ずかしいとか、そういう可愛らしい感情じゃなくて、単にいきなり話しかけられたから驚いているだけなのよ!むしろ顔も見たくないくらいなのに!!
でも慌てて言い訳しようとすると逆に肯定の意味として取られてしまいそう・・・・。
使用人たちを眺めながら頭の中をぐるぐるさせていると、アレックス様が私の顔を覗き込んで話しかけてきた。
「どうされました?どこかお加減でも悪いですか?」
「い、いいえ、大丈夫です」
「それは良かったです。準備ができていらっしゃるのなら私たちもそろそろ行きましょう」
「は、はい」
相変わらず笑みを浮かべている使用人たちに気を取られ、いつも無口で無表情を貫いているアレックス様がいつになく緊張した面持ちをしているのに私は気が付いていなかった。
馬車に乗り込み本当に二人きりになったところでアレックス様がひどく言いづらそうに話しかけてきた。
「べルティーナ嬢、今日の舞踏会なのだが・・・・」
「何でしょうか?」
「私は訳あって今日はあなたと一緒にいられない。帰りは責任をもって屋敷まで送るからそれまでの間決して会場の外には出ないで欲しい」
今日はじゃなくて今日もでしょ。っていうか何、今更。今までも私のことをほったらかしにして公爵令嬢とよろしくやってたくせに。今日が王室舞踏会だから王族の手前婚約者の許可が欲しいとか?それなら今日くらいは自重しなさいよ、馬鹿なの?
それとも他に何か事情があるとか?・・・・・・・もしかして。
「べルティーナ嬢?」
俯き考え込んでいた私に怪訝な視線を向けながらアレックス様が私の名前を呼ぶ。その声に反応するように顔をあげた私はアレックス様の目をじっと見つめた。焦ったように目をそらすアレックス様。
あながち、ありうるかもしれない。私はアレックス様の態度を見てさらにその可能性を信じてみたくなった。
今までやってきたぶりっ子作戦、多少なりとも効いてるんじゃない?アレックス様に好意を向ける私のことが煩わしくなってきたんじゃないかしら?嫌がらせ程度にしか思われてないと思っていたのにこれは嬉しい誤算だわ。公爵令嬢との関係にあれこれ言わない、両親の理解もある理想の婚約者を探したはずなのに、いつの間にか好意を持たれているから居心地が悪いのね。
ふと前世の両親のことを思いだした。母が浮気をやめて欲しいと懇願しているときの父はひどく居心地の悪そうな顔をしていたが、母が諦めると憎たらしいほど清々しい顔をしていた。私が頻繁に発作を起こすようになっても浮気相手のところに行くのをやめないので、さすがに母も苦言を呈していたが、それに対して父は嫌悪感を隠そうともしていなかった。それでも私には浮気を隠していたつもりなのだから呆れを通り越して笑えてくる。
そして目の前のこの人も同じ。公爵令嬢との間に入ってこようとするので嫌なのだ。今までは口で言わなくても察しろという態度をとってきたが、さすがに口で言わないといけないと思ったのだろう。だから公爵令嬢との時間を邪魔するなと今クギを刺しているのだ。
目の前のアレックス様が顔もぼんやりとしか覚えていない前世の父と重なり、吐き気がした。
「べルティーナ嬢?やはりどこか具合が?」
アレックス様に視線を向けたまま固まっている私に再度アレックス様が声をかけてきた。
さっきから何?私そんなに具合の悪そうな顔してる?それとも具合が悪いことを期待してるのかしら?婚約者の調子が良くないとなれば単身で行っても言い訳が立つし、公爵令嬢と一緒にいても咎めてくる人はいないものね。
でもそうはいかないわ。私だってこの日を待っていたんだから。
私は背筋を伸ばしアレックス様を見る目に力を込めた。
「いいえ、大丈夫ですわ。舞踏会でのこと分かりました。でも一つ教えてくださいませ」
「何ですか?」
「会場から出てはいけないのはなぜですか?庭園に出るのもいけないのですか?」
一瞬アレックス様の顔が強張ったように見えたが、すぐにいつもの無表情に戻った。
それに違和感を覚えながらも敢えて追及することはせずアレックス様の言葉を待つ。
「王宮の庭園は・・・・・その、とてつもなく広いのだ。一介の貴族の立ち入りを禁じられている場所もある。そう、もし迷って入り込んでしまっては大変だ」
「では外の空気を吸いに行くだけなら良いということですか?」
「いや!帰る際べルティーナ嬢を探せないと困る。必ず会場の中にいてくれ」
「はあ、分かりましたわ」
アレックス様はどうしても私に外に出てほしくないらしい。まさか本当に私が迷子になるからという理由じゃないだろうけど、今ここで食い下がっても時間の無駄というものだろう。私は大人しく引き下がることにした。あからさまにほっとするアレックス様を見て今ここで油断させておくのも手かなと思うことにする。
それにしても今日はやけに饒舌ね。いつもはもっと無口で一言も話さないことすらあるのに。まあでもそのお陰で考えてきた作戦がうまくいくかもという希望を持てたわけだけど。
それからはいつものアレックス様に戻ってしまい、お互い会話もないまま王宮に到着した。




