アレックス様からのお誘い
それから二日後、アレックス様から手紙が届いた。上質な紙で作られた封筒に公爵家の紋章の封蝋が押されたそれを見て、来てほしくなかったような待ちわびたような不思議な感覚に包まれた。
手紙を広げるとパートナーとして舞踏会に出席するようにという内容だった。しかも・・・・
私はちらりと手紙と一緒に届いたものを見て癖になりつつあるため息を一つ吐いた。そこそこの大きさの箱の中には手紙にも書いてある通りドレスが入っているのだろう。
これまでとは違い、今回は王室主催のものだそうだ。婚約者がいる身、しかも次期公爵となれば単身で参加するわけにもいかず、愛人を連れてなど以ての外。だから十分に着飾って自分に恥をかかせるなと言いたいのだろう。もちろん手紙にはそんなこと書いていないが、それでも圧力が伝わってくる気がする。
久しぶりに参加するのが王室主催の舞踏会だなんて気が重すぎる。でも嫌で仕方なかったダンスや社交の練習を頑張っておいたおかげで、主要貴族が集まる場で恥をかく可能性が一つ減ったのには素直にほっとする。
「お嬢様、ドレスをご覧になりますか?」
手紙を見つめたまま考え込んでいたところでマリーに話しかけられハッと現実に戻された。自室のテーブルの上に置かれた箱の前に立っているマリーはすました顔をしているがどんなドレスか早く見てみたいようだ。
長い付き合いのこの侍女は基本感情を表にあらわさないが、目を見ればどんなことを考えているか大体わかる。目は口ほどに物を言うとはよく言ったものだ。
そして今はというとキラキラした目。私は苦笑いしながら開けてみてとお願いした。
箱に入っていたのは私の瞳の色と同じエメラルドのような鮮やかな色のドレスだった。シルク製のそれはさらりとしていてとても肌触りが良く一目で最高級品だということが分かった。胸元と裾には花の刺繍が施され、その花の中心に縫い付けられた真珠が上品な輝きを放っている。
「さすがアレックス様、お嬢様の美しさを引き立てる素敵なドレスですね」
「そうね」
確かにドレスだけ見れば、私の為に作られた素晴らしいものだと思う。でもそれを贈ってきたのがアレックス様で、私を想ってのことではなく自分の体裁を整えるためだと思うとどうしても魅力を感じない。
ドレスを見てさらに目を輝かせているマリーにそんなこと言えるはずもなく、そっけない返事だけ短く返す。
ふと箱を見ると小さな革張りの箱がもう一つ、入っている。そっと手に取り開けてみると中には星空を閉じ込めたような輝きのラピスラズリがあしらわれたネックレスとイヤリング。
手紙には書かれていないが、ドレスと一緒に身に着けるようにということだろう。
またラピスラズリ。アレックス様この宝石好きなの?アレックス様の瞳の色に合わせるなら他の宝石でもいいのに、何か理由でもあるのかしら?
思考を巡らせようとしたところでハッと我に返り考えることをやめた。そして革張りの箱をパタンと閉じ隣にいるマリーに渡した。
必死に婚約破棄してもらおうとしている人のこだわりなんて心底どうでもいいわ。
「袖を通すのが楽しみですわね。これを着ていかれるのはいつですか?」
「え・・・・・と、明日ね」
「また急でございますね」
「アレックス様だもの。いつものことよ」
もう何度もこんなことがあったのだ。いい加減前もって教えてくれるなどという希望は捨てることにした。
明日の私の準備の為にマリーが呼んできた他の侍女たちと一緒にドレスに合わせる靴はどれにしようかとか髪型や化粧はどうしようなど慌ただしく打ち合わせをしている様子を横目に、もう一度手紙を手に取った。
「王室舞踏会か・・・行きたくないな」
手紙を眺めながらボソッと呟くも、目の前の仕事に忙しくしている彼女たちは私の囁きには気づかない。
何も久しぶりに参加する夜会が王室主催のものだから行きたくないわけではない、もちろんそれも理由の一つではあるが、それよりもあの方がいるだろうから・・・・・。
私はマリンガム侯爵邸での出来事を思い出していた。謂れのないことで罵声を浴びながら全身をバラの棘で傷つけられるあの感覚は中々忘れられるものではない。思い出すと今でも背筋が冷たくなり身震いがする。
でも前回と違って今回は陛下や王妃様もいらっしゃる。いくら第二王子様といえど軽率な真似はできないはずだ。いや、そう信じたい。
ふうっと小さく息を吐き顔をあげると目の前にはニコニコした侍女たち。
え、何、笑顔が怖いんだけど。
「お嬢様、私たちがピカピカに磨き上げて差し上げますわ!」
「え・・・・・、でも舞踏会は明日だし、明日でもいいんじゃない?」
「何をおっしゃいますか!今日も明日もやるんです!!社交界で正式に婚約者として発表して初めての公式の場ですよ、しかもただの夜会ではなく王室舞踏会!!伯爵家の威信にかけてお嬢様を完璧な状態にしてみせます!!」
握りこぶしを作り熱弁する侍女たち。そんな侍女たちの後ろに立っているマリーはあまり乗り気でない私の様子を見て「諦めてください」という視線を向けてきた。
いや、私だって普通の婚約者なら相手の為に自分を磨こうと思うわよ?でもただのお飾りの私の場合、いくら綺麗にしたところで滑稽なだけじゃない。当然公爵令嬢も招待されてるだろうから私なんてほったらかしだと思うし。
そんな私の思いなどお構いなしに、有無を言わさぬ笑顔で周りをがっちりと侍女たちに囲まれバスルームへと連れていかれた。いつの間に用意したのかバスタブにはあたたかいお湯が準備されていた。
「湯あみの準備なんていつしたのよ・・・・」
「お嬢様が手紙をお受け取りになってすぐです」
手際よすぎ。最初から私の気持ちや都合も無視なところも納得いかない。
しかもいつものように自分で入ると言っているのに聞いてくれず体中を磨かれ、入浴後には上質なオイルを体にすり込まれ、そのまま全身をマッサージされた。
やりきった職人のように額の汗をぬぐった侍女たちは満足そうに私に鏡を見せてきた。
目の前に映るのはいつもよりも血色がよく、お肌プルプル、髪の毛ツヤツヤの私の姿。いや顔だけじゃなく頭のてっぺんから足の先までプルプル、ツヤツヤ、すべすべに仕上がっている。
確かに仕上がりはすごいけど、これを明日もやるのかと思うと気が重くなる。それなのにこの侍女たちはさらに恐ろしい言葉を口にした。
「今回は時間が無いので今日と明日だけですが、結婚式では1ヶ月前から毎日磨いて差し上げますね!」
「い、一ヶ月前?!」
「あ、もちろんそれまでも時間が取れ次第こまめに磨いて差し上げますよ」
私の驚きの言葉を足りないと抗議しているように聞こえたのか、安心してくださいね!と笑顔で言う侍女たちに気が遠くなった。
何でするつもりもない結婚式の為にそんなことしないといけないのよ。何よりアレックス様のためというのが気に食わない。
私の遠い目に気づかない彼女たちは楽しそうに明日の髪型はこうしよう、ああしようと嬉々として話し合っていた。




