ふたりの密談
グレースはナターシャ様のお茶会について聞きたいだけみたいだけど、ついでにとアレックス様のことを相談することにした私は自分の部屋にお茶の用意をしてもらった。ちょうどお昼時だったこともあり、マリーが気を利かせてお菓子のほかに軽食も持ってきてくれた。長くなることを見越してのことだろう。
「で、どうだったの?」
座って第一声がその言葉。よほど気になるらしい。確かにナターシャ様のお茶会参加した方がいいかなとか相談してたんだから当然と言えば当然よね。
「うーん、なんか感謝された」
「は?」
紅茶を飲もうとカップを手にしたところで動きを止めたグレースが勢いよく顔をあげてこちらを見た。私を見つめてくる銀の瞳には困惑の色がありありと浮かんでいる。意味が分からないと訴えかけてきているのが十分すぎるほど伝わってきて思わず苦笑いがこぼれた。
「えーと、私がアレックス様と婚約したからお飾りなんてみじめな思いをせずに済んだわ、ありがとう・・・・・みたいな?」
「え、何それ」
「あとお飾りなのにアレックス様にアプローチしたり公爵令嬢に盾突いたりしてすごいわね、みたいなことも言われたかな・・・ハハ」
「・・・・・・・何ていうか、ナターシャ様らしいわね。ベルがいなかったら確実に自分が婚約者になれてたと思っているあたり特に」
半ば呆れながら手にしたままだったカップを口へと運ぶ。そのまま一口飲んだ後再びこちらをじっと見つめてきた。
「で?」
「なにが?」
「それだけじゃないんでしょ?」
「え?な、なんで?」
「私がお茶会について聞かせてほしいって言った時のベル、嫌なことを思いだしたみたいな顔してたから。感謝されただけならそんな顔しないでしょ」
私をまっすぐ見つめる瞳には先ほどの困惑の色はすでになく確信に満ちていた。
私またそんな分かりやすい顔してたの?しまった・・・・・。どうしよういくらグレースが相手でも治癒の魔鉱石のことを話すわけにはいかないし・・・・。
何と説明しようかと頭を悩ませている間にもグレースは無言の圧力を与えてくる。わたしは観念して口を開いた。
「えっと、実はね・・・・・・」
結局治癒の魔鉱石のことは隠し、ナターシャ様が取り巻きたちにクギを刺すために私を利用したことを簡単に説明した。
「なるほどね。ナターシャ様、アミカ様がお気に入りだものね。嫌がらせをするときにもアミカ様だけにはさせなかったらしいわ。でもナターシャ様のいないところで他の令嬢に強要されてやらされたこともあったみたいだけど」
「そうなんだ」
ナターシャ様はそのことにも怒っていたのかもしれない。他の取り巻きたちにしてみれば斜陽貴族の令嬢のくせにナターシャ様にそこまで大切にされているのが我慢ならなかったのだろう。
状況は違うが、前世に読んだ漫画のイケメンに好かれた主人公を屋上に呼び出していじめるシーンがふと頭に浮かんだ。
努力しているのに選ばれないことには同情を覚えるが、だからと言っていじめていい理由にはならない。
「でも、何でナターシャ様はそこまでアミカ様を気にかけてらっしゃるのかしら?」
情報通のグレースのことだ、何か知っているかもしれないと思い聞いて見るも
「さあ、分からないわ。何かお気に召す要素があったのかもね」
という答えだった。気になっていただけに少し残念な気もする。
事情を知っている人が周りに誰もいなかったのか、あるいは知っていてわざと口を閉ざしているのか。
彼女が情報通なのには訳がある。交友関係が広いということもあるが、一番は知りえた情報を安易に口外しないという信頼があるからだ。秘密にしてほしいと一言いえばそれを守ってくれる。だから私もアレックス様のことを相談しているわけだけど。
あ、そうだ、アレックス様!
「ねえ、アレックス様のことでまた相談に乗ってほしいんだけど」
私はグイッと身を乗り出し、グレースの目をじっと見つめた。その際ラズベリーのパイをいくつかお皿に乗せグレースの前に置くのも忘れない。
彼女はうちのシェフが作ったラズベリーパイが大好物なのだ。自分の家のシェフにも作らせてみたらしいが同じ味にはならなかったとかで我が家に来るたびに食べたがるほどだ。
「このパイ、あといくつかお土産に持たせてくれるならいいわよ」
「グレースってよく食べるのに体型変わらないわよね」
「そう?そんなことわないわよ」
いや、絶対そんなことあると思う。グレースはいつ見てもすらっとしていて身長もあるからどんなドレスを着てもさまになる。私も太っているわけではないが、お菓子の食べ過ぎには注意している。食べ過ぎた日には夕食をサラダ中心にしてもらったりなどそれなりには努力しているつもりだ。
私のそんな思いを尻目にグレースはラズベリーパイを頬張って幸せそうな顔をしている。
相変わらず美味しそうに食べるグレースの顔を見て自然と笑みがこぼれた。私は近くに控えていたマリーに声をかけ、お土産用のラズベリーパイを用意するように頼んだ。そしてそのまま少し休憩してきていいとも伝えた。
マリーのことは信頼しているが、アレックス様のことはあまり屋敷の者に聞かれたくない。いや、屋敷の者に限らずグレース以外の誰にも聞かれるわけにはいかないんだけど。
マリーが部屋を出て足音が遠ざかるのを確認してから改めてグレースに向き直った。私がお皿に取り分けたラズベリーパイはすでになく、優雅にお茶を飲んでいた。お土産もあるからかどことなく満ちたりた顔をしている。
「さて、美味しいものも食べたことだし話聞いてもらえるわよね?」
「ええ、いいわよ。でもその前にこの前の婚約披露パーティーでの反応を教えて。アレックス様やご両親、何か言ってた?」
「それが・・・・特に何も。怒られたり咎められたりとかは無かったわ。逆にいつお嫁に来ても大丈夫ね、みたいなこと言われてしまったわ」
はぁっと大きなため息をついて、アレックス様を部屋まで送って行ったことや公爵様達との会話など当時の状況を説明したが、お父様と公爵様の取引については言えなかった。
グレースは我が家に何度も来たことがあるため私の両親とも面識がある。特にお母様とは何度かお茶もしていて仲がいい。言い方は悪いが取引の為に娘を売ったなんて話はしたくなかった。何より私自身それを口にしてしまうと“裏切られた”という気持ちが心を支配してしまいそうで怖い。頭では貴族として当然のことをしただけだと分かっていても心はそうはいかない。気持ちを整理するにはまだ時間が必要だった。
説明し終わった後もグレースは無言で私の顔を見つめていたが、それ以上話すつもりが無いことを悟るとふいっと視線を下にずらした。
「・・・・・そう。じゃああの作戦はこれ以上やっても意味ないわね。何か別のことを考えないと」
きっと隠し事があることをグレースは気が付いている。私は顔に出やすいみたいだから。でも先ほどのお茶会の話とは違い無理に聞いてこようとはしなかった。それほど神妙な顔をしていたからかもしれない。
「今度はどんな作戦がいいかしらね。アレックス様に近寄ると何故か原因不明の体調不良に見舞われるんです!命の危機です!って言ってみるとか」
「今まであんなにべたべたすり寄ってたのに今更そんなことが通用するわけないじゃない」
「そうよね、やっぱり駄目よね。じゃあいっそあなたのことが大嫌いなんです、結婚したくありませんって言っちゃえば?」
「それが言えたら苦労しないわよ。こっちから断れないから悩んでるのに。それに嫌いなんて言ったら相手が喜ぶだけじゃない。愛人を持つことにとやかく言われないってことなんだから」
「それもそうね」
あれでもないこれでもないと何度も議論を交わしてやっと話がまとまったころには、陽が傾きもうすぐ夕暮れという時間にまでなっていた。お茶会を始めたのはお昼頃だったというのに、随分長い間グレースを拘束してしまったことに申し訳なさを覚えた。それをグレースに伝えると
「こんなこと相談できるの私くらいしかいないでしょ」
と笑って流された。本当に良い友人を持ったと思う。
グレースのお母様は帰る時は馬車をよこすと言っていたが、暗くなる前にうちの馬車で送って行く方がいいだろう。グレースにはモリスヴェイン伯爵家の馬車で送ってもらう旨の手紙だけ家に送ってもらい、その間に食堂で休憩しているであろうマリーに馬車の手配をお願いすることにした。
部屋に戻ってくると丁度風の魔鉱石の付いた指輪をはめて窓から手紙を送っているところだった。手紙が飛んでいくのを見ていたグレースがそういえば、と何かを思い出したようにくるっと振り返ってこちらを見た。
「レイラ様とアレックス様のこと、ノルマンディ公爵の耳にも届いているはずなのに放置しているのはおかしいと思って少し調べてみたの」
「何かわかったの?」
「何年か前、レイラ様は隣国のミルバレルに留学してたらしくて、その留学中に誘拐されたことがあったそうよ」
「えっっ」
「公爵令嬢の誘拐なんて一大事でしょ?それもノルマンディ公爵家にとって大事な一人娘。だから派閥が違うことは関係ないってウェールズ公爵家が全面協力したそうよ。アレックス様は人の魔力を探知することを得意としているからレイラ様の居場所を特定するのにそんなに時間はかからなかったらしいわ。レイラ様を無事に救出できたのはアレックス様のおかげと言ってもいいくらいだったみたいよ」
「それに恩義を感じて黙認してるってこと?」
「そのようね。どうせなら二人の結婚を認めてあげたらよかったのに」
「全くよね・・・・・。そうしてくれたら私がこんなに苦しまなくて済んだのに。でもその情報どこで手に入れたの?」
「レイラ様のご学友とちょっとした伝手があって、お茶会に呼ばれたときに聞いてみたの。レイラ様が通われていた学園ではかなり噂になっていたそうよ。特に隠している感じでもなかったらしいし」
「ちょっとした伝手って・・・・さすがグレースね」
「もっと褒めたたえてくれていいわよ」
「ソウデスネー」
そんなやり取りの後、準備ができたと呼びに来たマリーと共にグレースを見送ると私は小さく息を吐いた。グレースから聞いた話が頭から離れない。
モリスヴェイン伯爵家とウェールズ公爵家は取引でつながり、ノルマンディ公爵家は恩義からそれを黙認。状況は最悪だ。心の片隅にあったノルマンディ公爵が公爵令嬢を止めてくれて話がこじれるかもしれないという僅かな希望も潰えた。
現実とは非情なものだなとつくづく思う。グレースと考えた作戦もうまくいくかどうかは分からないが、何もしないよりはましだ。
私はまた一つため息を吐いてから踵を返し屋敷へと戻った。バタンと閉まる扉の音だけが私の耳に響いていた。




