尽きない悩みと疲労と不満
あのお茶会がよほど神経にこたえたのか、3日経った今でもまだ疲れが抜けていない気がする。そのため今日も自室に朝食を運んでもらって一人で食べている。
・・・・・まあ、精神的に疲れているのはそのせいだけではないんだけどね。
私は焼き立てふわふわのパンを一口サイズにちぎって口の中に放り込んだ。芳純なバターの香りが鼻に抜けて実に美味しい。美味しい・・・・・んだけど。悩み事が無ければもっと美味しく味わえるのにと思うと何とも残念な気持ちになる。
はぁ~~っアレックス様とのこと、本当にどうしようかな。
伯爵家と公爵家の合意のもとで愛人を認めているとなれば、婚約破棄してもらうのは簡単なことではない。ノルマンディ公爵が認めているかどうかは分からないけど、公爵令嬢がそこそこの地位の方と形だけの結婚をすればいいと考えているかもしれない。その上で婚約破棄してもらうとなると、べルティーナだけはダメだって思わせるしかない。
アレックス様や公爵令嬢に嫌われるためにぶりっ子作戦を実行したものの、いまいち効果は無し。嫌がらせくらいにはなったと思うけど、婚約破棄には至っていないからこれ以上続けても意味ないし。本当に下手したらお飾りなのに個性が強すぎる変な公爵夫人というレッテルを一生張られることになってしまう。考えるだけでゾッとするわ。
だから早く次の手を打たないといけないんだけど、いったいどんな作戦が効くのかしら?
紅茶を飲みながらいろいろと頭で考えてみるも、良いアイディアは浮かばない。結婚式までまだ日があるとはいえ悠長に構えているわけにはいかない。私は思わず本日何度目かのため息を吐いた。
「お嬢様、まだお加減がすぐれませんか?」
「えっ、ううん、大丈夫よ。考え事をしていただけ」
私は慌てて取り繕うと残りのパンを口に詰め込んだ。
あ、やばい、喉詰まる。
小さいと思い込んで詰め込んだパンは中々な大きさで。結果口の中の水分を一気に吸い取られ、苦しくなってしまった。慌てて紅茶を飲み危機を脱したが、私の様子を見ていたマリーのアイスブラウンの瞳には心配の色が残ったまま。
マリーが心配そうにしているのも無理はない。何せこの3日、何だかんだと理由をつけてまともに部屋から出ていないのだから。
結婚式まで日があるとは言ってもあと1年もない、ということで立派な公爵夫人になるための勉強のスケジュールが組まれている。屋敷の管理などは嫁いだ後公爵夫人から教わることになっているが、マナーや社交についてなどは今のうちに学ばなければならない。
テーブルマナーとか貴族の顔と名前、役職を覚えたりとか、ダンスの練習とか、夜会での立ち居振る舞いとか・・・・・・ホンッともう嫌になる。魔法でどうにかできるものならいいけど、残念ながらそのあたりは自分で努力するしかない。前世で読んだ物語のように呪文を唱えるだけで頭が良くなったり、羽が生えたように軽やかにダンスを踊れるようになったりしたらいいのに。
風の魔法で体を浮かせることはできるけど、加減を間違えると吹っ飛んじゃうし。危ないからそう言ったことは禁止されてるのよね。空間をゆがませて自分や他人を認識できなくする認識阻害の魔法ならあるけど、自分を見えなくしたからって解決できるものじゃないし。そもそもそんな魔法、高度すぎて使えないし。
考えるだけでため息が出てくるわ。大体嫁ぐ気もないのにそんなことをやる意味が分からないし。でも現状婚約破棄もできていないからやらざるを得ないわけで・・・・・。
お茶会で神経がすり減っている今、そんなことやってられないとさぼるために閉じこもっているのだ。仮病とは言え疲れているのは本当なのでマリーは騙せているみたい・・・・・・多分。
でもさすがに出ないとまずいかな~。そろそろアレックス様から夜会の招待状が届いたって連絡がきそうだし。まだ次の作戦考えてないのにただ参加しても結婚まっしぐらになるだけだし。
テキパキと食べ終わった食器をワゴンに乗せていたマリーがそう言えば、と口を開いた。
「調子がよろしいようでしたら今日からレッスンを再開されますか?」
「あ~・・・・うん。そうね。そうするわ」
自分でもそろそろやらなきゃと分かっているもののいざやるとなると途端に心がくじけてくる。そんな私の様子などお構いなしにマリーが続けて言った。
「かしこまりました。奥様にお伝えしておきます」
お勉強のとりまとめはお母様にやってもらっている。家庭教師を呼んだりとかスケジュールを組んだりとか。
一応病み上がりってことになってるからゆるーいスケジュール組むように言ってほしいなぁ。なんてささやかな願望を告げる前にワゴンを引いてマリーはさっさと部屋を出て行ってしまった。
パタンと閉まる扉を見つめながら思わずまた深いため息が口から漏れ出た。
・・・・・・・・まあ、きっと体を動かしたり頭を使ったりしてれば婚約破棄のための良いアイディアが浮かぶかもしれないし?そもそも勉強はアレックス様のためにやるんじゃなくて自分の為にやるものだし?
目の前の重苦しい現実を少しでも軽くしたいと私は必死に自分に言い聞かせた。
・・・・・・・・・・
そんな決意の日から早二週間。良いアイディアは浮かばない代わりに夜会のお誘いもきていない。
え、ちょっと待って、どういうこと?婚約披露パーティーするまではそこそこの頻度で夜会に誘われてたよね?婚約者この人ですーって紹介したからもういいってこと?あとは結婚するまでおとなしくしてろって?なによそれ。
確かにまた変なことするかもーとか思われて警戒されてるのかもしれないけど、いや何かしらする予定だったけれども!それでもあからさますぎない?!
夜会に行かなくていいことにホッとしつつも完全に放置されているこの状況に不満を募らせてるって自分でも矛盾していると思うけど、でもイライラする!!
「べルティーナさん、お顔が怖いですよ。ダンスを踊るときは笑顔でっていつも言っていますでしょう?」
「は・・・・はい。すみません」
そう、今私はダンスの練習中。ダンスが上手なことで有名なパミュラ伯爵夫人、グレースのお母様に家庭教師として来てもらっている。
私はイライラの原因を頭の隅に押しやって笑顔を貼り付けたものの、ダンスの相手をしてくれている執事のオリバーは相変わらず苦笑いをしている。
「まだ表情が硬いですよ、ベルティーナ様。あなたと踊りたくありませんって言ってるみたいな顔してますわよ」
横から口を出してきたのは私のダンスを見学しているグレース。ちらりと視線を向けると椅子に優雅に座ってにやにやしながらこちらを見ている。自分のお母さんが友達にダンスを教えてるってそりゃあ面白いわよね。私は面白くないけど。グレースを見る目がついついジト目になってしまう。
いつもは来ないけど今日は暇だったから来たって言ってたっけ。私も暇な日が欲しいわ・・・・
そんなことを思いながら視線をオリバーに戻すと少し寂しそうな顔をしていて。私はさっきグレースが言った言葉をハッと思い出した。
「えっ、違うわよオリバー!オリバーと踊りたくないわけじゃなくて考え事していただけで・・・」
「分かっておりますよ、お嬢様」
慌てて弁明する私にオリバーはフフッと笑ってそう言った。どうやらからかわれたらしい。
白髪の混じった髪をきっちりとセットしたオリバーは普段はキリっとしていて厳格だけど、私が小さい頃からよく面倒を見てくれていた。もっと淑女らしい振る舞いをするように!とか厳しいことを言ってくるけど、今みたいに優しい笑顔になるときもあった。
何て言うか・・・・おじいちゃんみたいな?本当たまにだけど。
その後もみっちり指導を受けてから今日のレッスンは終了になった。パミュラ伯爵夫人の今日はここまででという言葉を聞いて私は崩れ落ちるように座り込んだ。いや、正確には倒れこんだという感じかしら?両足を投げ出しお尻を床にぺったりとつけて肘で何とか上半身を支えている。肘を伸ばすとそのまま倒れこみそうな格好でぜーはーと肩で息をしながら小さな声で助かった・・・・と呟いた。
「お嬢様、もっと淑女らしく休んでくださいませ。先生の前で失礼ですよ」
えぇ~・・・・・。そうだけど疲れすぎて淑女らしくとか今は無理・・・・っていうかオリバーさっきまでおじいちゃんモードだったじゃん。執事モードに戻るの早くない?今こそおじいちゃんモードを発揮して頑張ったねって褒めてくれるところでしょ~~~
体勢は変えないまま一人うなだれているとグレースと伯爵夫人の会話が聞こえてきた。
「お母様、私べルティーナ様とお茶をする約束をしていますの。お母様は先に帰られますよね?」
「ええ、先に帰っていますね。後で手紙を飛ばしなさい、迎えの馬車を来させるから」
「分かりましたわ」
「それではべルティーナさん、また3日後に来ますわね」
「は、はい。ありがとうございました」
私は何とか気力を振り絞って立ち上がり、ふらふらとお辞儀をして伯爵夫人を見送った。
姿が見えなくなったところでくるっとグレースの方に振り向いた。隣にはやはりというべきかオリバーが苦々しい顔をして私を見ている。
「私、お茶をするなんて約束していないわよ?この後もレッスンの予定が入っているんだけど」
「そうなの?どんな?」
「当家の侍女長によるテーブルマナーの講習でございます」
私が口を開くより前にオリバーがささっと説明した。私を見る目が鋭い気がする。
え、ちょっと待って。私本当に知らなかったんだけど。決してテーブルマナーから逃げたわけではなくて。
「モリスヴェイン伯爵家の侍女長って確か昔王宮で働いてたんだっけ?」
「え?うん。王族付きの侍女だったんだけど、ご両親が病気でやめないといけなくなったらしくって。困ったところにお父様が家族でうちに来なさいって声をかけたらしいわ」
「さすがベルのお父様ね。全身から人柄の良さが伝わってくるもの」
「そ・・・・そうね」
少し前なら迷わず返事できただろうけど、お父様たちの思惑を知ってからは素直にそうは思えない。私の微妙な反応を気にすることなくグレースはオリバーに話しかけていた。
「侍女長のレッスンなら予定をずらせるでしょう?ベルとお茶をしていってもいいかしら?」
「・・・・・かしこまりました。奥様と侍女長に伝えておきます」
オリバーはグレースに礼をして部屋を出て行った。グレースはそのまま近くに控えていたマリーにお茶の用意を頼み部屋に誰もいなくなったところで私ににっこりと笑顔で話しかけてきた。
「ナターシャ様のお茶会どうだった?」




