想定外のお茶会 2
前話の続きです。
その瞬間、取り巻きの令嬢たちが一斉に彼女に冷ややかな視線を向けた。今日参加している5人の令嬢の中で彼女が座っているのは一番端。どうやら取り巻きの中でも立場が低いようだ。
「い、いえ・・・・。何でも・・・・」
令嬢たちの鋭い視線に負けてしまったのか挙げていた手をおろし、下を向いてしまった。
立場だけでなく気も弱いらしい。とは言え、私も何を言おうとしていたのか気になるので声をかけようとすると
「アミカさん、言いたいことがあるのでしょう?遠慮しないで何でも話してっていつも言っているでしょう?」
いつの間にか私の手を離していたナターシャ様がアミカと呼ばれた令嬢に笑って語りかけた。
「そうよアミカ様。どんなお話なのか気になりますわ」
「ええ、私も聞きたいですわ」
ナターシャ様の言葉に他の令嬢たちも声をそろえてそう言った。でも表面上は笑顔を取り繕っているものの相変わらず視線は鋭いまま。
なるほどね。今日参加している取り巻き5人のうち3人は伯爵令嬢、一人はそこそこ裕福な子爵令嬢、そして彼女は・・・・
「私、バルステイン子爵家のアミカと申します」
「存じ上げておりますわ。学園でもよくお見かけしていましたもの」
経済的に困窮していると噂の子爵家令嬢。取り巻きの中でも一番の下っ端なのに侯爵令嬢のお気に入りだから気に食わないのね。
さっきナターシャ様はアミカ様に「いつも」と言っていた。つまり今日みたいなことが日常的にあってその度にナターシャ様が彼女を気にかけて声をかけているのだろう。それでますます取り巻きたちの中で彼女へのあたりが強くなっているのね。
「あ、あの。私もべルティーナ様にどうしても申し上げたいことがありまして・・・・」
「はい、何でしょうか?」
アミカ様は挙動こそおどおどしているものの私を見つめる目は力強く、何かを決意しているようだった。
・・・・・まさかこの場で嫌味を言われたり牽制されたりとかしないわよね?ナターシャ様のお気に入りは私だけなのよ!!みたいな?いやいやいや。さすがにナターシャ様や他の令嬢たちが見ている前でそんな愚行は犯さないでしょ。というかそんなことをしそうなキャラに見えないし。
「べ、べルティーナ様っ」
「は、はい!」
いきなり大きな声で名前を呼ばれて思わず力強く返事をしてしまった。ふとアミカ様の手を見ると、ぎゅっと握ったこぶしがカタカタと震えている。いったい何を言われるんだろう?笑顔を貼り付けたままつばをごくりと飲んだ。
「あの、ありがとうございます!!」
「・・・・・・はいぃ?」
頭がテーブルに着くのではないかというほど深々とお辞儀をしながらそう言う彼女にその場の全員が固まってしまった。ナターシャ様を除いて、だけど。
はっ!予想外の言葉に一気に顔の筋肉が緩んで変な声が出ちゃった!やばいやばい。変な声だけじゃなくて私今絶対変な顔してる!!私は慌てて顔に笑顔を貼り付けてからアミカ様に語りかけた。
「アミカ様に感謝して頂くようなこと、私には覚えが無いのですけれど?」
「治癒の、魔鉱石のことです」
「!!」
だからアミカ様は言葉にするのをためらったのね。
治癒の魔鉱石は完成しているとは言え未だ製品化されていない、世に出回っていないもの。
だからしっかりと供給の流れができるまでは一部の関係者にしか知らされず、決して外部に漏らさないよう箝口令が敷かれていたはずだ。
ちらりとナターシャ様を見ると涼しい顔で紅茶を飲んでいる。他の令嬢たちは驚いた顔でひそひそと囁きあっているので、知っていたのはナターシャ様とアミカ様だけのようだ 。
治癒の魔鉱石は長年願われてきながらも実現してこなかったもの。それがいざ手に入るかもしれないとなれば多くの人が群がることだろう。庶民だけでなく、アミカ様のような経済的に厳しい貴族に至るまで。わざわざリスクを冒してまでこの場でその名前を出したのにはきっとそれなりの理由があるのだろう、そう思うけれどやっぱり聞かないわけにはいかない。
私はもう一度アミカ様を見て、真剣な顔で問いかけた。
「そのことをどこでお知りになったのですか?」
「あの・・・・それは・・・・・」
「大丈夫よ、アミカさん。べルティーナ様にお話しして」
「は、はい。実は私の弟は重い病気を患っています。ですがべルティーナ様もご存じの通り、我が家は余裕がなく神殿での治療を受けさせてあげることができないのです。それでいつもお医者様から症状を和らげるお薬をもらっておりました」
アミカ様はうつむきがちにぽつりぽつりと話し始めた。手をぎゅっと握り涙をこらえるような表情を見て、弟のことを本当に大切にしているということが伝わってきた。
「いつものようにお薬をもらいに行った日、お医者様から治癒の魔鉱石ができると教えて頂いたのです。最初は悲痛な顔をしている私たちを慰めるための嘘かと思っていました。でも、モリスヴェイン伯爵家が開発に成功して製品化まであと少しのところまで来ていると聞いて、初めて希望が持てたのです」
「・・・・・・そうですか。アミカ様にそのお話をしてくださったお医者様は何という方ですか?」
「そ、それは・・・・・」
非情なようだが聞かないわけにはいかない。関係者とは言え一介の医者が治癒の魔鉱石のことを知っているとは思えない。知っているのはあくまで力のある一握りの医者だけだ。どこで知ったのかは分からないが、もしその医者が可哀そうだからと患者やその家族に治癒の魔鉱石のことを教えているとしたら大問題だ。やっと製品化まであと少しというところまで来ているのに、問題が起これば最悪販売中止ということもあり得る。場合によってはその医者にも罰を与えなければならない。
「アミカさんの弟さんがお世話になっているお医者様は私も良く知っている方ですの。誰それと秘密を口外するような方ではございませんわ。私が保証いたします」
まっすぐにアミカ様を見つめて返答を待っているとナターシャ様がにっこりと笑顔でそう言ってきた。
なるほど、医者に情報を流したのはナターシャ様ってことね。もし情報が洩れて問題になっても医者に責任をなすり付ければいい。笑顔の奥にそんな黒い部分が隠されていると思うとぞっとする。いや、貴族らしいというべきか。むしろ先ほどのナターシャ様より今の方が聞いていたイメージそのもの。
「・・・・・わかりました。それで治癒の魔鉱石を開発した家門の娘なので私に礼を、ということですか?」
「そうです!治癒の魔鉱石ができれば弟を苦しみから解放してあげられます。すぐに良くなるわけではないことは分かっています。ですが治療を受けられるというだけでも私たちにとっては希望なのです。今日のお茶会にべルティーナ様がいらっしゃると聞いて、どうしてもお礼を伝えたいあまりに・・・・場をわきまえず失礼いたしました」
また深々と頭を下げるアミカ様を見ながらふぅと小さくため息を吐いた。アミカ様は私がモリスヴェイン伯爵の娘だから感謝の言葉を口にしたのであって、私が開発に携わっているからというわけではなさそうだった。もしそのことまで知られていたなら、単にナターシャ様の耳が良いだけでは済まなくなる。でも表情だけではそこまで知っているかどうかは分からない。
再び視線をアミカ様に戻すとまだ申し訳なさそうにしている。先ほどの謝罪は場の雰囲気を壊したことだけでなく、恐らく他の令嬢たちの前で治癒の魔鉱石の名前を出してしまったこと。だけど話すように促したのはナターシャ様だ。ナターシャ様のことだから事前にアミカ様が治癒の魔鉱石について話すことも知っていたのだろう。だからアミカ様が謝ること自体がおかしな気がする。そう思っていると
「皆様、アミカさんはついうっかり治癒の魔鉱石のことを口にしてしまいましたけど、これは国王陛下が直々に箝口令を敷いている重要な事柄。外部に漏れたら大変な騒ぎになってしまいますわ」
ナターシャ様は頬に手を当て、少し顔を傾けてからいかにも困ったような顔でふぅっとため息を吐いた。いやいや、あなたが言わせたんでしょ。
「だけど皆様もアミカさんの弟さんを想う悲痛な心情を聞きましたでしょ?ですから今日の主催である私の顔に免じて内緒にしていてほしいんですの」
「も、もちろんで・・・・」
「万が一」
ナターシャ様の言葉に笑顔でこたえようとした取り巻きたちの言葉を遮ってナターシャ様が冷ややかな声を出した。
「もし万が一、この話が漏れるようなことがあれば皆様を疑うことにもなるかもしれません。くれぐれも今回のことでアミカさんを責めたり、他言したりしないようお願いいたしますわね」
先程の困った顔とは打って変わって微笑んではいるものの目が笑っていない。その冷たい笑顔に取り巻きの令嬢たちだけでなく私まで凍ってしまいそう。
・・・・どうやら私はナターシャ様が最近調子に乗ってきている取り巻きたちにくぎを刺すために利用されたらしい。わざと令嬢たちに治癒の魔鉱石のことを教え、これ以上アミカ様をいじめたら濡れ衣を着せて粛正するぞと脅しているのだ。
治癒の魔鉱石が製品化されたらそれまでの脅しだけど、ナターシャ様ならいくらでも脅しの材料を作り出しそう。つくづくこの方にいじめられなくて良かった。もしアレックス様に公爵令嬢という存在がいなかったら間違いなく私は標的にされていただろうから、ある意味厄介事から守られている・・・・のかしら?
「お茶が冷めてしまいましたわね。すぐに代わりを持ってこさせますわ」
先程までの冷たい雰囲気が嘘のように、パッと笑顔になったナターシャ様が侍女に指示を出してお茶会が再開された。それからの時間は特に問題が起きることもなく、穏やかに時間が過ぎてお茶会はお開きになった。
「本日は楽しい時間をありがとうございました。あっという間に時間が過ぎてしまいましたわ」
「楽しんでいただけて良かったですわ。またお誘いいたしますわね」
そんな挨拶を交わして私は馬車に乗り込んだ。侯爵邸が見えなくなったころ、糸が切れたように背もたれにボスっと倒れこんで深く息を吐く。
「つっっっっっかれたーーーーーー」
今日のお茶会で改めて学んだことは一つ。ナターシャ様はやっぱり要注意人物だということ。
屋敷に着くまでの間うたた寝をしていた私はナターシャ様に『私の言うことが聞けないの!?』と鞭で打たれる夢を見ていた。




