想定外のお茶会 1
遅くなりました!
ハートウェル侯爵令嬢とのお茶会のお話です
私は今とても困惑している。さきほどから顔が引きつらないように顔に力を入れるほどには。
目の前には着飾った令嬢たちと美味しそうなお菓子と紅茶。そこまでは普通のお茶会・・・・なのだけれど、その令嬢たちの様子が異常だった。
「べルティーナ様こちらも召し上がって下さいませ」
「べルティーナ様のお話、もっと聞きたいですわ」
「私もですわ。私たちの憧れですもの!」
私に次々とお菓子を勧めてきながらキラキラとした瞳を向けてくる令嬢たち。ありがとうございますと言いながらまた一口、紅茶を飲んだ。動揺を隠すように紅茶を飲んでいるせいか、始まって間もないのにすでに2杯目の紅茶を飲み干しそうだ。
「皆様、お気持ちは分かりますけれど、べルティーナ様が困っていらっしゃいますわ」
「あら、私ったら申し訳ございません」
「べルティーナ様とたくさんお話したくて・・・・失礼いたしました」
「い、いえ・・・」
カップを口につけながら本日のお茶会の主催であるハートウェル侯爵令嬢をちらりと見て、そもそも今のこの状況はあなたにあるんだけどねと思った。
思えばこのお屋敷に着いた時から様子がおかしかったのだ。
どんな嫌味や嫌がらせをされるんだろうとドキドキしながら来たのだけど、実際の反応は全く違った。
お茶会の準備がされた庭園に案内されると、そこにはすでに私以外の招待客はみんな揃っていて、おしゃべりを楽しんでいた。笑い声が辺りに響き渡る朗らかな雰囲気だったのに、私が来ていることに気が付いた途端その笑い声がぴたりと止んだ。
一人を除いて私を値踏みするように見つめる令嬢たち。その冷ややかな視線に自然と顔が強張った。侯爵令嬢はというと、真剣な目で私をまっすぐ見つめている。
え、私やっぱり歓迎されてない・・・・よね?まあ、当たり前か。いくらアレックス様の婚約者になったからっていきなりそんな掌返したようなことできないわよね。しかもただのお飾りならなおさら。
自分で言いながら改めてみじめな立場だなと思い、はははと乾いた笑いが口からもれた。その時侯爵令嬢がすっと立ち上がりこちらに近づいてきた。思わず身体がビクッとしてしまった。
背中に冷や汗が流れるのを感じながらゆっくり近づいてくる侯爵令嬢を見つめることしかできないでいると、私の目の前まで来た侯爵令嬢はいきなり私の両手をぎゅっと掴んだ。
『べルティーナ様!!来てくださってありがとうございます。お待ちしておりましたのよ!』
びっくりして顔をあげると目の前にはキラキラした目でこちらを見つめる侯爵令嬢。私は状況が理解できずポカンとした顔でその顔を見つめ返した。ふと周りを見回すと他の令嬢たちも私と同じようにポカンとした顔をしている。侯爵令嬢が私を歓迎するのは彼女たちにとっても予想外のことだったようだ。
侯爵令嬢は私の手を引き席に案内してくれた。侯爵令嬢の隣の特別席。なんでそこだけ空いているのかと思ったらまさかの私の席だった。
他の令嬢たちは先ほどの値踏みするような顔はなりを潜めニコニコと笑顔を向けてきた。この方たち学園時代に見覚えがあるわ。だてに長いこと取り巻きやってきてないわね、侯爵令嬢が予想外の行動をしても何事もなかったように合わせるなんて。
呆れると同時にホッとする。もし侯爵令嬢が私を歓迎してくれなかったら、この令嬢たちはそれに倣ってわたしをいじめていただろうから。紅茶を飲みながら気持ちを落ち着けていると再び侯爵令嬢が話しかけてきた。
『べルティーナ様、うちのシェフの自慢のお菓子ですの。どうぞ召し上がって』
『あ、ありがとうございます。とてもおいしそうですね』
先程同様驚いた顔をする令嬢たち。どうやら今の会話の中に驚くポイントがあったらしい。
え、私変なこと言った?お礼言っただけだよね?それとも侯爵令嬢がお菓子を勧めてきたこと?お菓子を勧めただけで驚くって普段一体どんななのよ・・・・。
その声掛けが合図だったように令嬢たちが一斉に私の機嫌を取り始めて今の状況の出来上がりというわけだ。
お菓子を勧めただけで機嫌を取り始めるって・・・・私にはわからない彼女たちだけの暗号でもあるのかしら?
ふぅっと小さくため息を吐きながらカップをおろした。緊張と混乱で紅茶をすでに2杯も飲んでしまっているのだ。その上勧められるままお菓子まで食べてしまったらお腹がパンパンで苦しくなってしまうかもしれない。
だから私は勧められたお菓子に手を付けることなくただ笑顔を貼り付けて令嬢たちの話を聞いているだけだった。そんな私を見かねてか侯爵令嬢が令嬢たちをたしなめてくれたというわけだ。鶴の一声とはまさにこのことで、先ほどまでぺちゃくちゃ話していた令嬢たちが途端に静かになった。
「べルティーナ様、私が突然お茶会にお誘いしたから驚かれたでしょう?」
「え、ええ。少し」
本当はかなりだけど。でもそんなことは言えない。
「私べルティーナ様には感謝しておりますの。それと・・・・尊敬も」
「感謝・・・・ですか?」
思わぬ言葉を聞いて正直驚いた。グレースに聞いていた侯爵令嬢はそんなことをいう人ではなかったはずだ。純情そうな顔をしながら人が見ていないところで気に入らない人をいじめ倒すとか。しかもそのすべてを取り巻きにさせる。
ここには取り巻きしかいない上にここは侯爵令嬢の屋敷。つまり気を遣う相手は誰もいない、まさにやりたい放題の場所なのだ。そんな場所で私を貶めるならともかく、持ち上げる意味が分からない。
頭にはてなを浮かべながら固まっていると侯爵令嬢は私の様子を気にする素振りもなく続けて言った。
「べルティーナ様もご存じとは思いますけど、以前私とアレックス様の縁談がございましたでしょ?」
「え、ええ。存じておりますわ」
「私、まさか断られるとは思っておりませんでしたの。見目も良い方ですし、家柄は申し分ありませんでしょ?レイラ様との噂ももちろん知っておりましたけど在学中はそんな素振りも見せておられませんでしたし・・・・・。断られた後も何かの間違いかと思ってずっとアレックス様に私の魅力を伝えていましたの」
頬に手を当てふぅ・・・・とため息をつく様は確かに優雅で絵になる。
でも自分で自分のこと美人だって言っちゃうあたりやっぱり苦手だなと思う。そんなこと口が裂けても言うわけにはいかないから、表情は変えないまま侯爵令嬢の次の言葉を待つ。
「だからべルティーナ様と婚約したと聞いた時はとても動揺しましたわ。だから・・・・ほんのすこぉし意地悪してしまおうかなとも考えていましたの」
頬に手を当てた姿勢のままわずかに顔を傾けうふっと彼女は笑った。
ゾッ
今、背中に悪寒がーーー!やっぱり今日って私をいじめるためのお茶会?!でもでもそれじゃあ感謝と尊敬の意味が良く分からないし。はっ!いじめる機会をくれてありがとうってこと?!混乱しながらも必死に平静を装っていると侯爵令嬢は慌てて口を開いた。
「もちろん今はそんなこと考えておりませんわよ。先ほども言いましたでしょう?べルティーナ様に感謝しているんですの」
「あの、感謝される覚えはないのですが・・・・」
「あのままアレックス様と婚約してしまっていたら、レイラ様との睦まじい様子を見続けなければならないでしょう?アレックス様をお慕いする身としてはそんなこと・・・・・辛すぎますもの」
「っっ」
目に悲し気な色を浮かべて儚く笑う侯爵令嬢を見て胸が詰まった。
この方は・・・・本当にアレックス様のことを心から想っているんだ・・・。私はアレックス様を慕うどころか嫌っているからまだ耐えられるけど、愛人に嫉妬しながらお飾りとして過ごすって地獄だと思う。
「あのデビューの日、アレックス様はレイラ様とずっと一緒にいらしたでしょ?その時不謹慎にも婚約者としてこの光景を見なくて良かったと思いましたの。だからべルティーナ様がアレックス様と婚約してくださって本当に感謝しておりますのよ。辛いお立場でしょうけど私にできることでしたら何でもおっしゃって下さいね」
なるほど、侯爵令嬢のこの態度はただ単に惨めな思いをせずに済んだ感謝ではなく、お飾りに甘んじている私の立場に対する同情っていうわけね。納得。
「ありがとうございます、侯爵令嬢」
「べルティーナ様、そんな他人行儀な呼び方なさらないで。どうかナターシャとお呼びになって」
「は、はい。ナターシャ様、あの・・・・尊敬というのは?私尊敬されることなんて何も・・・・」
「何をおっしゃいますか!」
それまでの柔らかな雰囲気が一気に消え去り、力強くそう言われて面食らってしまった。
「アレックス様に冷遇されながらもなお尽くされるいじらしさ、時にはレイラ様相手に堂々と立ち回れる勇ましいお姿!そして何より自分の力で現状を変えようとされるその姿勢!!どれも私にはできないことですもの。尊敬するなという方が無理ですわ」
ずいずいっと顔を近づけて熱弁するナターシャ様の目にはあのキラキラした輝きが戻ってきていた。
いつの間にか両手も握られていて顔も近い。ふと他の令嬢たちを見てみると皆同様に笑顔でうんうんと頷いている。さすがイエスマンね。はは・・・と再び乾いた笑みを浮かべていると令嬢たちの中で一人、こちらをじっと見つめてくる令嬢がいる。
みんなナターシャ様に倣ってニコニコしているのにその令嬢だけは緊張したような顔をしている。
あ、目が合っちゃった。何か言いたそうにしているけど、こちらから声をかけた方がいいかしら?
でもナターシャ様に両手を握られているこの状況で令嬢に声をかけるのも不自然な気がする。声をかけようか悩んでいると、その令嬢がおずおずと手を上げて口を開いた。
「あの・・・・少しよろしいでしょうか?」




