パーティーの後始末
アレックス視点のお話です
最近の彼女は一体どうしたというのだろう?書斎の机に向かいながらずっとそんなことを考えている。俺は昨日の婚約披露パーティーに参加してくれた招待客と、当日は来れなかったものの贈り物をくれた人たちへの感謝の手紙を書いていた。通常の夜会などではここまでしないが、今回のパーティーは俺たちを祝うためのもの。謝意を伝えるのは当然のことで、言わば後処理的な感じだ。
手紙はモリスヴェイン家と分担しているとは言えそこそこの量がある。だから次々と書いていかないといけないのだが、ベルのことが気になって手につかない。
本当に心臓がいくらあっても足りない。あんな・・・・あんな・・・・
アルたんだなんて!!
俺は両手で顔を覆い隠しながら身もだえした。机の上に広げた手紙がバサバサと散らばった。もしここに執事がいたらまた変質者を見るような視線を向けられていたことだろう。
しばらくの間そのままの姿勢で固まっていたが、何とか気持ちを落ち着けてゆっくりと顔をあげた。初めてベルにそう呼ばれたとき、俺の願望を知られているのかと思った。
・・・・ベルに『アル』と愛称呼びしてほしいと願いながらも、まだ俺に対して心を開いてくれていないベルに対してそれを伝えることは憚られた。彼女に嫌われるのが怖かったから。
そんな臆病者な俺にベルの方から距離を詰めてくれるとは思わなかった。自分の立場が悪くなることも気にせず上司となる人に俺をとりなそうとしてくれたり、俺の好みを調べてくれていたり、そしてアルたんと呼びながら上目遣いで見つめてくるあの・・・あの・・・可愛らしい顔!!!
何とか持ち直したはずの気持ちをさらに強く乱し、再び身もだえしながら机に突っ伏した。先ほど机の上で散らばっただけの手紙が今度はバラバラと床に散らばっていった。
二人きりの時にアルたんと呼んでくれと言った覚えはないが、あれが彼女なりの距離の詰め方だったのだろう。まあ距離を詰めるどころか幸せすぎて昇天するところだったが。でもあの可愛い顔であんな仕草までされたら悪い虫がさらに寄ってきてしまう。だから本当に二人きりだけの時にしてもらいたいと思ってその日も次の日も無理やり帰らせたというのに・・・・。
不意にあの日のことを思い出し、突っ伏した体勢のままでぐっとこぶしを握り締めた。あの日、ベルと二人で初めて参加したマリンガム侯爵邸での夜会。俺が贈ったドレスを身に纏ったベルは本当に美しかった。でもあのドレスにはデビューの時にかけていた認識阻害の魔法はかけていない。ベルから片時も離れることなく男共が近づいてきたら追い払おうと思っていたからかける必要が無かったのだ。
それなのに!第二王子とレイラが突然来ることになったせいで男共がわらわらと群がり次々に彼女とのダンスを望んだ。すぐにでもベルのそばに飛んで行って奴らから守りたいと衝動に駆られたが第二王子がまだ帰っていない手前、そうすることも叶わなかった。何もしていない時でさえあれだけ寄ってきていたのだ。あんな可愛い姿を見てしまったらさらに群がってくるに違いない。
そんな俺の心も知らず彼女はパーティー当日もその可愛い姿を隠そうとはしなかった。俺にケーキを食べさせようとしてきたときなんて、幸せすぎて魂が抜け出てしまいそうな気持と他の男に見せたくないという欲でごちゃごちゃになってしまった。それでも彼女が差し出してくれたケーキを食べないという選択肢はない。たとえ嫌いなものだとしても!!
その結果完全なる好意でやってくれていた彼女を傷つけてしまったが、それでも彼女は献身的に俺を介抱してくれた。聖女がいるならまさに彼女のような人だろうと思う。ちらっとレイラとセイドリアンを見ると信じられないものを見るような目をしていたが、俺が満足そうな顔をすると途端に呆れ果てたような顔に変わった。喜んで何が悪いというのだろう?
それでも大勢の前で彼女の可愛さを露見してしまったことは心から悔やまれる。レイラとのことを真に受けた頭の弱い連中が俺の目が届かないところで彼女に言い寄るかもしれないと思うと胸に黒いものが渦巻いてくる。
まだ起こってもいないことに腹を立て、さらに強くこぶしを握り締めるとピリッと鋭い痛みが走った。手を開いてみると爪が食い込み赤く染まった掌。ベルが他の男に言い寄られているところを想像しただけでこんなに嫉妬するなんて・・・。自分の心の狭さに嫌気がさして最早笑えてくる。
俺は床に散らばってしまった手紙を拾い集めると、煩悩を断ち切るように手紙の続きを書き始めた。書きかけの手紙を仕上げ、リストに書かれた名前の横にチェックを入れる。そして次に記された名前を確認すると、よりにもよってマリンガム侯爵。
パーティーには参加しなかったが祝いの品を送ってくれたのだ。書かないわけにはいかない。俺はフゥとため息をつき、ペンを走らせながら感謝の気持ちを書き連ねていく。
その時、ふとあることを思い出した。
そういえば、マリンガム侯爵邸での夜会でクリスが変なことを言っていたな。
第二王子にレイラとの仲を見せつけた後、ベルの姿が見えないと思ってきょろきょろと探しているとどこかに姿を消していたクリスが神妙な顔で話しかけてきた。
『アレックス、べルティーナ嬢にちょっとしたトラブルが起きて、あまり大事にしたくないんだ。頼むから話を合わせてくれないか?』
『トラブルって・・・・ベルに何かあったのか?!』
『それは・・・・べルティーナ嬢に口止めされていてね、彼女のためにも聞かないでくれ』
『・・・・・・わかった』
ベルのためと言われてしまっては仕方がない。彼女に何があったのか根掘り葉掘り聞きたい気持ちでいっぱいだったが、ぐっとこらえて了承の返事をした。
そんなやり取りが合ってからのドレスを汚してしまったという三文芝居。正直この茶番は何なんだと思ったが話を合わせることにした。汚れたことにしたドレスはクリスが破棄したらしい。まあ、ベルが他の男と踊ったドレスなんて捨ててもらって全く構わないが。
でも、その三文芝居をすごい目で見ている奴がいたな。たしかベルの学園時代の友人のトーマスとかいう子爵令息だったはず。直感的に彼は何かを知っているような気がしたが、ベルの最初のダンスを奪った男になんて声をかける気にもなれなかった。
だからあの日何があったのか俺はまだ知らない。ベルにもドレスのことを訪ねてみたがクリスと口裏を合わせているらしくドレスの替えはあるから大丈夫と返されただけだった。何かを隠しているのは明白なのにそれを知ることができないのが歯がゆい。
・・・・・・・本当ならベルと何でも話し合える仲になりたい。隠し事など無く、お互い信頼しあえる仲に。そう思いながらもベルを前にすると胸がいっぱいになって何も話せなくなってしまう。公爵家の嫡男として社交性もかなり鍛えられてきた。そのお陰で大抵の相手にならすらすらと言葉が出てくるようになった。それなのにベルの澄んだ翠の瞳を目にすると心が吸い込まれてしまったように固まってしまい、何も言えなくなってしまうのだ。我ながら情けない。婚約が決まった時はどれだけベルを想っているかを伝えようと思っていたのに・・・・。
ベルは全身で俺への想いを伝えてくれている。俺も恥ずかしがっていないで自分の気持ちを伝えなければ。レイラのことも、いい加減説明しなければいけない。そもそもこれを始めたのはベルのため・・・・・。彼女も俺に対して好意を持ってくれていることを知った今、無下に彼女を傷つけるのは得策ではない。
そう思いを新たにしてまた書きかけのまま止まってしまっている手紙の続きを書きはじめた。
しばらくしてすべての手紙を書き終えると書斎の窓から一斉に魔法で各家宛に飛ばした。とりあえず火急の用は終わった。俺は少し休もうと書斎を後にし、自室へと向かう。
部屋の前まで来て取っ手に手をかけたところでピタッと止まった。
パーティーの日、彼女がこの扉を開けるのを止めるだけの余力があってよかった。いくら俺に好意を持ってくれているとは言え、この部屋の中を見てしまってはその気持ちも冷めてしまうかもしれない。いや、場合によっては嫌われてしまうかもしれない。
いつか、この部屋を見ても俺を好きだと言ってくれる日が来るのだろうか。そんな夢のようなことを考えながら静かに中に入り、バタンと閉めた。




